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【第1部】9.金平糖
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「どうぞ」
ママが応えた。
「失礼します」
視線をそちらにやる。
同じように全員の視線がそちらに向いた。
「こんばんは」
現れたのは聡子だった。
思わず手も口も止めてしまった。
「こんばんは」
「ミヅキ、急かしてごめんね。ご挨拶してもらいたかったから。こちらうちのオーナーの神崎様。初めてよね」
ママが神崎を紹介し、ミヅキは近くまで歩み寄る。
「は、初めまして。ミヅキと申します。よろしくお願い致します」
まるで名刺交換をするかのような挨拶だった。だが名刺は持たされていないようだ。
深々とお辞儀をする姿に、トモは焦る。
(馬鹿! 胸元押さえろ! 見えるだろ!)
しかしミヅキはトモの視線には気付かず、神崎に何度も頭を下げていた。
(まあ会長はエロオヤジじゃないから大丈夫だけどよ……)
「ミヅキさんですか、初めまして。どうぞよろしく」
神崎も立ち上がり、頭を下げた。
堅い挨拶はここまでね、とママが言ったことで、ビジネスもどきの挨拶は終わり、聡子はトモの存在に気付いたようだ。トモと目が合うと嬉しそうな表情を見せた。
「影山さん、次は何飲まれます? コーラのおかわりですか? オレンジジュースにされますか?」
「…………」
トモの隣にレイナがいることに気づき、聡子はカズの隣に腰を下ろした。
表情が曇っている。残念とでも思っているのだろうか。
「ミヅキのほうがいい?」
「別に。俺は楽しく美味しく飲食出来たらいい」
「本心じゃなさそうですよ? 全く、ミヅキもあんな顔して……」
聡子ががっかりした顔を見せたことが気になったようだ。
「あの子のあの表情、接客としては失格ですからね」
嫌な客や苦手な客でも、楽しく美味しく飲食してもらう、それが仕事だとレイナはまた言った。
(プライドを持って仕事してる女だな)
素直に感心した。自分の知っている水商売の女にはいないタイプだ。ミヅキは彼女に可愛がられているようで、時々話に登場する。同性に尊敬されるタイプか。かなり芯の強い女性と見受けられた。職業が職業なら、キャリアウーマンだっただろう。
(気が強そうだけど、俺の好みじゃあないか……)
芯が強い女性なら、簡単に誘いに乗るタイプではないだろう。
(ミヅキも決して簡単な女じゃないけどな)
「ミヅキ、影山様のお隣に来てくれる?」
レイナは立ち上がり、理由は何も言わず、最初と同じくカズの隣に座った。レイナの言葉に驚いたようだが、カズに声をかけたあとにトモの隣に座ると、
「こんばんは」
と笑った。
「おう……」
「お久しぶりですね」
「ああ、久しぶりだな」
聡子はトモのグラスにアルコールが入っていないのを見て、
「今日は、飲まれないんですか」
と残念そうに言った。
「ああ、今日は運転手だからな」
「そうですか。じゃあ、今日わたしはお酒を作れないんですね」
「……悪い」
「いえ。仕方ないです。今日は会長さんと御一緒だから、なんとなくそうなのかなって」
「ん」
久しぶりに会った聡子に、少しどぎまぎいている自分がいる。前回会ったのは──聡子が酒造会社の男とデートをした日の夜だった。あれ以来会っていなかった。ひと月経過したくらいだろうか。呼び出すこともしなかったし、自分も一昨日まで、京都に二週間ほど研修に行っていた。
神崎やカズがいる手前、いつものような猥雑なことは言えない。今日この後に会おう、などと言うこともできない。
(ひと月抱いてねえか……)
胸元の開いたドレスを横目に、そんなことを思った。
そういえば先程のことを注意しておいたほうがいいだろう、とトモは口を開いた。
「おまえ、頭を下げるときは胸元を押さえろ」
「え?」
「その格好で頭下げたら、丸見えになんだろ」
「……あ」
すみません、と聡子は慌てて胸元を押さえて詫びた。
「今押さえても遅い」
「気をつけます」
「……ったく」
トモは酒を飲めない分、ばくばくと料理を平らげる。
「コーラのおかわり飲まれますか?」
「いや……ウーロン茶もらえるか」
「わかりました。お入れしますね」
聡子はアイスペールと、ウーロン茶の入ったピッチャーを手に取ると、新しいグラスに注いでくれた。
「どうぞ」
「サンキュ」
聡子はただそこにいてトモと他愛ない話をしていた。
時折神崎やカズのほうを見やったが、彼らは彼らで会話を楽しんでいる様子だ。
料理を平らげ、少し腹を押さえた。
(食べ過ぎた……)
「大丈夫ですか?」
「ん?」
「お腹押さえてらっしゃったから……」
「ちょっと食べ過ぎたかなって思っただけだよ」
「胃薬が必要でしたらおっしゃって下さいね」
「そこまでじゃないよ。酒入ってないし、どうにかなる」
心配すんな、と笑った。
「わかりました」
聡子も、小さく笑って頷いた。
(あ、そうだ)
彼女には渡したいものがあったことを思い出す。
ママが応えた。
「失礼します」
視線をそちらにやる。
同じように全員の視線がそちらに向いた。
「こんばんは」
現れたのは聡子だった。
思わず手も口も止めてしまった。
「こんばんは」
「ミヅキ、急かしてごめんね。ご挨拶してもらいたかったから。こちらうちのオーナーの神崎様。初めてよね」
ママが神崎を紹介し、ミヅキは近くまで歩み寄る。
「は、初めまして。ミヅキと申します。よろしくお願い致します」
まるで名刺交換をするかのような挨拶だった。だが名刺は持たされていないようだ。
深々とお辞儀をする姿に、トモは焦る。
(馬鹿! 胸元押さえろ! 見えるだろ!)
しかしミヅキはトモの視線には気付かず、神崎に何度も頭を下げていた。
(まあ会長はエロオヤジじゃないから大丈夫だけどよ……)
「ミヅキさんですか、初めまして。どうぞよろしく」
神崎も立ち上がり、頭を下げた。
堅い挨拶はここまでね、とママが言ったことで、ビジネスもどきの挨拶は終わり、聡子はトモの存在に気付いたようだ。トモと目が合うと嬉しそうな表情を見せた。
「影山さん、次は何飲まれます? コーラのおかわりですか? オレンジジュースにされますか?」
「…………」
トモの隣にレイナがいることに気づき、聡子はカズの隣に腰を下ろした。
表情が曇っている。残念とでも思っているのだろうか。
「ミヅキのほうがいい?」
「別に。俺は楽しく美味しく飲食出来たらいい」
「本心じゃなさそうですよ? 全く、ミヅキもあんな顔して……」
聡子ががっかりした顔を見せたことが気になったようだ。
「あの子のあの表情、接客としては失格ですからね」
嫌な客や苦手な客でも、楽しく美味しく飲食してもらう、それが仕事だとレイナはまた言った。
(プライドを持って仕事してる女だな)
素直に感心した。自分の知っている水商売の女にはいないタイプだ。ミヅキは彼女に可愛がられているようで、時々話に登場する。同性に尊敬されるタイプか。かなり芯の強い女性と見受けられた。職業が職業なら、キャリアウーマンだっただろう。
(気が強そうだけど、俺の好みじゃあないか……)
芯が強い女性なら、簡単に誘いに乗るタイプではないだろう。
(ミヅキも決して簡単な女じゃないけどな)
「ミヅキ、影山様のお隣に来てくれる?」
レイナは立ち上がり、理由は何も言わず、最初と同じくカズの隣に座った。レイナの言葉に驚いたようだが、カズに声をかけたあとにトモの隣に座ると、
「こんばんは」
と笑った。
「おう……」
「お久しぶりですね」
「ああ、久しぶりだな」
聡子はトモのグラスにアルコールが入っていないのを見て、
「今日は、飲まれないんですか」
と残念そうに言った。
「ああ、今日は運転手だからな」
「そうですか。じゃあ、今日わたしはお酒を作れないんですね」
「……悪い」
「いえ。仕方ないです。今日は会長さんと御一緒だから、なんとなくそうなのかなって」
「ん」
久しぶりに会った聡子に、少しどぎまぎいている自分がいる。前回会ったのは──聡子が酒造会社の男とデートをした日の夜だった。あれ以来会っていなかった。ひと月経過したくらいだろうか。呼び出すこともしなかったし、自分も一昨日まで、京都に二週間ほど研修に行っていた。
神崎やカズがいる手前、いつものような猥雑なことは言えない。今日この後に会おう、などと言うこともできない。
(ひと月抱いてねえか……)
胸元の開いたドレスを横目に、そんなことを思った。
そういえば先程のことを注意しておいたほうがいいだろう、とトモは口を開いた。
「おまえ、頭を下げるときは胸元を押さえろ」
「え?」
「その格好で頭下げたら、丸見えになんだろ」
「……あ」
すみません、と聡子は慌てて胸元を押さえて詫びた。
「今押さえても遅い」
「気をつけます」
「……ったく」
トモは酒を飲めない分、ばくばくと料理を平らげる。
「コーラのおかわり飲まれますか?」
「いや……ウーロン茶もらえるか」
「わかりました。お入れしますね」
聡子はアイスペールと、ウーロン茶の入ったピッチャーを手に取ると、新しいグラスに注いでくれた。
「どうぞ」
「サンキュ」
聡子はただそこにいてトモと他愛ない話をしていた。
時折神崎やカズのほうを見やったが、彼らは彼らで会話を楽しんでいる様子だ。
料理を平らげ、少し腹を押さえた。
(食べ過ぎた……)
「大丈夫ですか?」
「ん?」
「お腹押さえてらっしゃったから……」
「ちょっと食べ過ぎたかなって思っただけだよ」
「胃薬が必要でしたらおっしゃって下さいね」
「そこまでじゃないよ。酒入ってないし、どうにかなる」
心配すんな、と笑った。
「わかりました」
聡子も、小さく笑って頷いた。
(あ、そうだ)
彼女には渡したいものがあったことを思い出す。
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