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【第1部】14.条件
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アパートの前に辿り着いた。
「ここで大丈夫です」
そういえばわたし一人暮らしはじめたんですよ、と聡子。
「さっさと言えよ」
「なんでですか」
「……おまえんちで、すればよかったなって」
「最低ですね」
「……悪いか」
「別に悪いとは言ってませんよ」
でもそれしか目的がないなんて、と聡子はがっかりする。
「惚れた弱みだから仕方ないですけど、身体だけしか興味もたれないっていうのは……やっぱり悲しいですね」
「別に身体だけじゃ……」
おまえと話してるとおもしろいし、可愛いし、気が強い女だから守ってやりてえって思うし、とトモがぼそぼそ言うのが聞こえた。
「聞こえないです」
「……うるせえよ」
「でも、いいですよ。もう少し智幸さんと親しくなったら、部屋に入れて上げますね。性欲旺盛な智幸さんにも慣れていかないといけないですからね」
「うるせー。これからも我慢するんだよ」
「ほんっとにエッチですね」
「否定はしねえ。俺にはなんの楽しみもねえし、女を抱くくらいしかなかったっつーか……ちょっとずつ慣れてくれよ」
「がんばります」
やっぱりあがりますか、と聡子は部屋に誘う。
「いや……やめとく。もう少し親しくなってからのほうがいいだんろ。おまえに信用される男になりてえし。……外であんなことしたばかりの男が何言ってんだって話だけどさ」
「……わかりました」
「もう店辞めたんなら、おまえとどうやって連絡取ればいいんだ? 番号変えたんだろ」
そういえばそうですね、と双方頷き合った。
「新しい電話番号とID、教えますね」
「登録し直すな」
まるで恋愛初心者みたいだ、と聡子は思う。
「新しいIDとか電話番号に連絡してもいいのか」
「もちろん、いいですよ。三ヶ月後にまた消すかもしれませんけど」
「おい」
冗談じゃねえぞ、と乱暴な口調ながらも、トモは本当に困惑した表情だった。
「おまえも登録、な」
「はい」
お互い改めて登録し直した。
「完了ってな」
出来ましたよ、とトモと目が合うと、照れてしまった。
「じゃあ、これで」
「おう、夜分に悪かったな」
「いえ。おやすみなさい」
「お、おやすみ」
二人は挨拶をかわした。
以前のように、ぽんぽんと頭を撫でようとしたのか、トモは手を伸ばしたが、すぐにその手を下ろした。
「ガキ扱いしてるみたいだよな」
「いえ、トモさ……智幸さんが撫でてくれるの、嬉しかったですよ」
「そ、そうか」
彼は笑うと、頭を撫でた。
そして、顔を近づけ、キスをしてすぐ離れた。
(まるで小説の主人公みたい……)
身体が熱くなり、顔まで赤らんでゆく。
「おまえが照れたらこっちまで恥ずかしくなんだろ。ガラでもねえことしちまったのによ」
「ふふ……」
「そ、そんな嬉しそうな顔しやがってよ」
そんなに悦ぶならもう一回するか? とトモは笑った。
「じゃあ今度はわたしが」
と、聡子はトモの肩に手を置いて背伸びをし、頬にキスをした。
「お……おやすみなさいっ」
聡子は背を向けて、逃げるように帰っていった。
呆然とするトモを残して、聡子は走っていく。
「おい……」
聡子は振り返り、手を振った。
「甘過ぎだろバカ……」
合図のように、トモが片手を上げた。
ほろ苦かった恋が、いつの間にか甘くなっていた。甘すぎるくらいだ。もしかすると、もっと苦くなるかもしれないし、味がしなくなるかもしれない。
聡子は唇に手を当て、きゃーっと悲鳴をあげた。
身体から先に関係は始まったのに、どうしてこんなことになったのだろう。
(三ヶ月は、トモさんと一緒にいられるんだ)
大人の恋が、どうやって始まるのか、いつ始まったのか……わからないままだ。
きっと手探りで続いていくんだ、聡子はドキドキする胸を必死で抑えた。
【第一部:fin】
「ここで大丈夫です」
そういえばわたし一人暮らしはじめたんですよ、と聡子。
「さっさと言えよ」
「なんでですか」
「……おまえんちで、すればよかったなって」
「最低ですね」
「……悪いか」
「別に悪いとは言ってませんよ」
でもそれしか目的がないなんて、と聡子はがっかりする。
「惚れた弱みだから仕方ないですけど、身体だけしか興味もたれないっていうのは……やっぱり悲しいですね」
「別に身体だけじゃ……」
おまえと話してるとおもしろいし、可愛いし、気が強い女だから守ってやりてえって思うし、とトモがぼそぼそ言うのが聞こえた。
「聞こえないです」
「……うるせえよ」
「でも、いいですよ。もう少し智幸さんと親しくなったら、部屋に入れて上げますね。性欲旺盛な智幸さんにも慣れていかないといけないですからね」
「うるせー。これからも我慢するんだよ」
「ほんっとにエッチですね」
「否定はしねえ。俺にはなんの楽しみもねえし、女を抱くくらいしかなかったっつーか……ちょっとずつ慣れてくれよ」
「がんばります」
やっぱりあがりますか、と聡子は部屋に誘う。
「いや……やめとく。もう少し親しくなってからのほうがいいだんろ。おまえに信用される男になりてえし。……外であんなことしたばかりの男が何言ってんだって話だけどさ」
「……わかりました」
「もう店辞めたんなら、おまえとどうやって連絡取ればいいんだ? 番号変えたんだろ」
そういえばそうですね、と双方頷き合った。
「新しい電話番号とID、教えますね」
「登録し直すな」
まるで恋愛初心者みたいだ、と聡子は思う。
「新しいIDとか電話番号に連絡してもいいのか」
「もちろん、いいですよ。三ヶ月後にまた消すかもしれませんけど」
「おい」
冗談じゃねえぞ、と乱暴な口調ながらも、トモは本当に困惑した表情だった。
「おまえも登録、な」
「はい」
お互い改めて登録し直した。
「完了ってな」
出来ましたよ、とトモと目が合うと、照れてしまった。
「じゃあ、これで」
「おう、夜分に悪かったな」
「いえ。おやすみなさい」
「お、おやすみ」
二人は挨拶をかわした。
以前のように、ぽんぽんと頭を撫でようとしたのか、トモは手を伸ばしたが、すぐにその手を下ろした。
「ガキ扱いしてるみたいだよな」
「いえ、トモさ……智幸さんが撫でてくれるの、嬉しかったですよ」
「そ、そうか」
彼は笑うと、頭を撫でた。
そして、顔を近づけ、キスをしてすぐ離れた。
(まるで小説の主人公みたい……)
身体が熱くなり、顔まで赤らんでゆく。
「おまえが照れたらこっちまで恥ずかしくなんだろ。ガラでもねえことしちまったのによ」
「ふふ……」
「そ、そんな嬉しそうな顔しやがってよ」
そんなに悦ぶならもう一回するか? とトモは笑った。
「じゃあ今度はわたしが」
と、聡子はトモの肩に手を置いて背伸びをし、頬にキスをした。
「お……おやすみなさいっ」
聡子は背を向けて、逃げるように帰っていった。
呆然とするトモを残して、聡子は走っていく。
「おい……」
聡子は振り返り、手を振った。
「甘過ぎだろバカ……」
合図のように、トモが片手を上げた。
ほろ苦かった恋が、いつの間にか甘くなっていた。甘すぎるくらいだ。もしかすると、もっと苦くなるかもしれないし、味がしなくなるかもしれない。
聡子は唇に手を当て、きゃーっと悲鳴をあげた。
身体から先に関係は始まったのに、どうしてこんなことになったのだろう。
(三ヶ月は、トモさんと一緒にいられるんだ)
大人の恋が、どうやって始まるのか、いつ始まったのか……わからないままだ。
きっと手探りで続いていくんだ、聡子はドキドキする胸を必死で抑えた。
【第一部:fin】
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