大人の恋愛の始め方

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【第2部】28.温泉

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 一月二日午後。
 温泉旅行の手土産を持って、神崎邸を訪れた。
 邸宅の玄関にはたくさんの靴が並んでいる。
 正月ということで、訪問客が多いのかもしれない。
 神崎には予め訪問することと時間を伝えていたので、遠慮無く上がった。
「お邪魔します……」
 リビングに行くと、そこは宴会場と化していた。
(うげ……)
 神崎、同居人だった三人以外にも、神崎の甥・高虎がそこにいた。そんな気はしていたのだ。玄関に、女性用の靴、子供の靴があったため、高虎が家族で来ているかもしれないとは思っていた。
「おお、トモ! 明けましておめでとう! 今年もよろしくな!」
 これはできあがってる……、とトモは陽気な高虎を見て思った。隣の聡子は露骨に嫌そうな顔をしている。
 高虎を一旦無視し、トモは会長の近くに歩み寄った。聡子も同じように歩み寄る。二人は神崎の側で正座をし、
「会長、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します」
 と頭を下げた。
「明けましておめでとう。こちらこそ、よろしく頼むよ。聡子さんも、よろしくね」
「はい、よろしくお願い致します」
 深々と頭を下げる二人に、楽にしなさいと言ってくれた。
「もう昼は食べたか?」
「はい、軽く二人とも済ませました」
 テーブルの上には、何か食べ物があったであろう皿が並んでいる。酒もあったであろう、空の瓶やビール缶が転がっていた。
(ん? 高虎さんはご家族で来られたんじゃないのか?)
 聞いてみると、高虎の妻と娘は、別室にいるらしい。娘が眠くなったといって、妻がついて休ませているとの話だった。
(挨拶は後にするか……)
 様子を見渡すと、高虎がいる以外はいつもと変わりが無い。
 みな酒が入って陽気になっている。カズだけは、相変わらず世話焼きをしてるようだ。やはりいつもと変わっていない。なんだかほっとする。ここが実家であるかのような気分だった。
「会長、以前いただいた引越祝いで、温泉に行ってきたので、その手土産をお渡ししたくて」
「おお、そうか、そうだったな」
 どうぞ、と聡子が温泉旅館で買った餡餅の箱と、別の店で買った菓子の箱を差し出した。
「こちら、どうぞ」
「ありがとう」
 神崎は嬉しそうに受け取ってくれた。
「あの旅館の餡餅だね、あそこのは美味いんだよね。わたしも大好きだ。ありがとう、あとでみんなでいただこうか」
 丁寧に受け取った神崎は、傍らにそれを置いた。
「二人とも、そちらに座りなさい。何か……飲むかね」
 神崎の言う「何か」はアルコールのことを指していた。トモは車の運転をするし、聡子に酒は飲ませられない。
「いえ、大丈夫です」
「わたしも、大丈夫です」
 代わりにカズが茶を運んでくると、二人の前に出してくれた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「どうだったかね、温泉は。ああ、市川、これをいただいたよ。あとでいただこう」
 神崎は土産をカズに預け、カズは礼を伝えてきた。
「温泉は? ゆっくりできたかね?」
「はい、それはもう。あんないい旅館に泊めさせてもらえて、感謝しかないです。なあ!」
 トモは隣の聡子に同意を求める。聡子も大きく頷いた。
「あんなに素敵な宿、びっくりしました。なんか、もう、すごくて! ただただびっくりして、お料理も美味しくて、お湯もすごくよくて……。ありがとうございます。本当に、感謝してもしきれないくらい嬉しくて……」
「いやいや。本当ならね、元旦に宿泊できるように手配したかったのだけど、もう満室でね……申し訳ないよ」
「申し訳なくなんてないですよ」
 年末年始に宿泊予約をねじり混ませられるだけですごいのに、とトモは思った。
「そうです、本当にありがたくて……」
 聡子もただひたすらありがたいことを伝えている。
 愛し合ってばかりだった話は伏せて、露天風呂がとてもよかった話や、近隣の観光地でも楽しんだ話を聞かせた。聡子のほうがエピソードを楽しそうに話すものだから、神崎は目を細めて嬉しそうに聞いてくれた。
「あ、すみません……楽しかったのでつい」
「かまわないよ。そんなに楽しんでもらえたなら、贈ってよかったと思うよ」
 嘘ではなく神崎は本当にそう思ってくれてるようで、聡子の無邪気さに更に微笑みを浮かべていた。
「なあトモー」
 神崎と二人が話をしているというのに、高虎が割り込んできた。
「温泉行ったんだって?」
「あ、はい」
「いいなあ。楽しかった?」
「はい」
「楽しかった?」
 聡子にも同じ質問をした。
「……楽しかったですよ」
 聡子は仏頂面で答える。一度会っただけの高虎を毛嫌いしているからか、対応は素っ気ない。初対面で、舐めるように見られ、軽い調子で、どこの店の女なのかと言われたのが余程腹が立ったのだろう。かなり根に持っている。
「そうかそうか。たっくさん愛し合って大満足か? 羨ましいなあ」
 聡子の顔が引きつった。いつもなら人にこんなことを言われれば、顔を赤らめるはずだが、今の顔はどちらかというと恥より怒りの表情をしていた。
(まずい……)
 トモ自身も、会長の前でそんなこと言わないでくれよ、と高虎の口を閉じてやりたかった。
「トモ、ちょっと来てくれ」
 高虎が突然立ち上がり、トモの腕を引いた。
 酔っ払いが何だよ、と絶対口には出来ないことを思ったが、彼に従った。酔っ払ってはいるが、足取りはしっかりしている。いつも陽気だが、さらに陽気になっているといったところか。
「ちょっとトモを借りるね」
 聡子は顔をしかめ、二人を見上げていた。
 部屋の外に出ると、高虎はトモの肩を抱いた。
「温泉、楽しかったみたいだな、よかったな」
「ええ、まあ」
「なんだよ、愛し合ったんだろ? さっきの彼女、めちゃ顔が怒ってたのをみると、事実なんだなあってすぐわかった」
 まさかわざとそんなこと言ったのかよこの人は、と呆れてしまう。
「で、何回セックスしたんだ? おまえの性欲だと、着いて一回、風呂上がりに一回、二日目の朝起きて一回……えーっと」
 指折り数え始める高虎に、
「そんなこと言いませんよ」
 と吐き捨てる。
「でもしたんだろ? いつもと違うシチュエーションに興奮しただろ?」
「………………まあ」
「ほらあ、おまえわかりやすいもんな。いいよなあ、気持ちいいセックス、俺もしたいなあ」
「奥さんとしたらいいじゃないですか」
「だってうちの奥さん、娘が生まれてから、あんまり俺に構ってくれなくなったし、セックスも雑になってさあ」
「そんなこと人に言わないほうがいいと思いますよ」
 トモは呆れた顔で言い返した。
「そう? 前は話してくれてたのに? 毎日毎日女抱いてたおまえがさ、一人の女で満足してるってことは、あの子が相当いいカラダってことだろ? 興味わくじゃん」
「別に身体だけじゃないですよ」
「最初はカラダだったんだろ?」
「……否定はしませんけど」
「露天風呂でヤったんだろ-、いいなあ」
 トモは高虎の背後に忍び寄る人影に気付いたが、高虎のほうは全く気付いていなかった。
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