大人の恋愛の始め方

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【第3部】祐策編

7.クリスマスデート

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 真穂子はフリーだ。
 その事実が判明し、祐策は、人には言えないが嬉しいという感情を持っていた。
 彼女を欲しい、という気持ちが日に日に大きくなっていく。
 少しは自分のことを気にかけてくれてるのだろうか、と、おっさんが「おまえに気がある」と言ったあの言葉を思い出す。
(いやいや、自惚れるな……)
 会社で真穂子の姿を見ると、自然と口元が綻ぶことに自分では気づいていないが、目が合うと真穂子が笑ってくれる、心臓が飛び出てきそうなくらい高鳴る。
(中学生かよっ)
 ドキドキで仕事が手に付かな……いことは全くなく、寧ろやる気がわいてくる。寒さもどかへ行ってしまうくらい身体が熱くなる。自分がこんなに単純な男だとは思わなかった。落ちたり上がったり、全く忙しい男だ、と自分で思った。


 同居人の和宏には、恋愛相談をしている。松月堂のどら焼きの一件以降、祐策が会社の女性に好意を持っていることは知れてしまっているが、和宏は人に言いふらすことはしない。堅気の和宏は、一般的な思考の持ち主だろう、と祐策の信頼は厚くなっている。
「もうすぐクリスマスですし、イルミネーションイベント、誘ってみたらどうですか」
「イルミネーション?」
 はい、と彼は頷いた。
「ちょっと人は多いですけど……見る価値はあるみたいですね。俺は行ったことないんですけど、周りは行ってよかった、って言ってましたよ」
「そうなんだ」
 和宏は勧めるのにその彼が行ったことがないというのが驚きだった。訊くと、その季節に恋人がいたことはないし、男同士で行こうにも、誰も皆当然恋人優先だという。
「そりゃそうか」
「是非行ってみてくださいよ」
 祐策は和宏のアドバイスを活かすことにした。


 祐策の誘いに、真穂子は応じてくれた。
 イルミネーションイベントの後に、食事をして帰る、そんなシンプルな計画だった。
 クリスマスイブは仕事だったため、終わったと真穂子と待ち合わせをして出かけることにした。
「車は駅の駐車場に置いてきましたよ」
「そのほうがいいみたい。電車で向かったほうがいいって訊いたから」
 さっきまでは髪を束ねていた真穂子だったが、今は髪を下ろして祐策の隣を歩いている。
 少しヒールのあるパンプスを履いているようで、あまり背が高い方でない祐策より少し下回る程度の高さになっている。
(トモさんもカズも背が高いからな……三原も高いほうだし……そういえば若もかなり高いよな……)
 高虎は百八十を超えているし、トモも和宏も百八十弱あると思われる。もう一人の同居人の三原という青年も自分よりが背が高いし、おそらくトモや和宏たち同様百八十弱はあるだろう。自分は百七十二なので、日本人の平均身長くらいだと思われた。
(雪野さんは百六十ありそうだな……)
「どうかしましたか?」
 じっと見ていたことに気づき、祐策は慌てて目を反らした。
「あ、いや、ごめん」
「?」
「雪野さん、いつもと雰囲気違うなって」
 慰労会や忘年会でも、真穂子は就業時と同じように髪を束ねて参加している。格好もかなりラフだったように思う。
 しかい今の彼女は髪を下ろし、コートで見えないが、恐らくロングスカートで何かカットソーやセーターを着ているのだろう。
(デート……って感じなのかな)
「たまにはよそ行きの格好にしようかと」
「う、うん、いいと思う。か、可愛いと思うし……」
 顔を赤らめている祐策に、真穂子もつられたように赤面し、
「ありがとうございます」
 と礼を述べた。
 電車の中は、仕事帰り学校帰りの乗客と、二人と同じくイベントに向かうような乗客でいっぱいだった。真穂子が潰されないよう、祐策は力んで立っていた。
「宮城さん大丈夫ですか」
「俺は大丈夫。雪野さんは?」
「大丈夫です」
 電車が揺れる度に真穂子と身体が接触し、彼女は大丈夫なのかと気になってしまう。
(俺がもっと背が高かったら、胸のなかに預けてもらうけど……。顔が近い……)
 息がかかりそうな距離に、真穂子はうつむき、祐策は天井を見上げてやり過ごした。
 ようやく電車を降りたときには、身体が火照っていた。
(暑かった……)
 暖房が効いていたのもあるが、心臓が落ち着かなかった。
「行こうか」
「はい」
 イベント会場に向かう人もごった返しだった。
 もう開会のセレモニーは終わっているようで、到着したときにはそこかしこの通りが電飾で煌めいていた。
「わあ……きれい……」
 どれだけのLED電球が使われているのだろう、と普段工事をする側の人間の心境で考えてしまったが、
「うん、めちゃくきれいだな」
 祐策も素直な感嘆の声をあげた。
 電飾で城を象ったり、サンタクロースとトナカイが浮遊しているようなものある。汽車をはじめとした乗り物など、子供も喜ぶ装飾もたくさんあった。
「すごいな……」
 通り沿いの店も装飾され、キラキラとしている。
「面白いな」
「眩しい……」
 二人はうっとりとそれらを見上げた。
 写真撮ろうかな、と真穂子が言ってスマホで撮影を始めたので、祐策も真似をして写真を撮った。写真を撮ることなど滅多にない祐策だが、イルミネーションを撮影するどさくさに紛れ、真穂子の横顔を一枚、撮影した。イルミネーションに照らされた横顔は、暗い中で白く映し出されていた。
(うまくはないけど……撮れた……)
 隠し撮り、というものに該当するため、罪悪感があったが祐策はそっとカメラロールにしまい、次の写真を撮影した。
 何枚か撮影した真穂子は、次の被写体を見つけたのか、祐策の先を歩いた。
 はしゃいでいるような真穂子に、祐策の顔が自然と綻んでいく。会社では見ることのない真穂子の姿を見て、温かな感情が次から次へと溢れそうになる。
「綺麗ですね」
「うん、綺麗だ」
「来られてよかったです。誘ってくださってありがとうございます」
「いや、俺も、よかった」
 顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
 人混みのなか、はぐれないように注意をした。
 真穂子は、時折祐策のブルゾンの袖を掴んでいた。
(手……つなぐのは……ありなのかな……)
「俺の、腕、掴んでいいよ。は、はぐれるといけないし」
「え……あ、はい、なら少し、失礼します」
 手首を掴むように祐策の腕をおずおずと掴まれ、祐策は真穂子の少し先を歩いた。
(心臓が持たねえ……)
 手を繋いだら心臓が飛び出るかもしれない。
(雪野さんは……俺のこと、どう思ってるんだろうな……脈ないことはないと思うけどさ)

 
「ごめん」
 がっくりと項垂れ、祐策は真穂子に向かって頭を下げた。
「ほんとに」
「気にしないでください。ねっ」
 うつむき加減の祐策の顔を、真穂子は覗き込むように宥めた。
「うん」
「混んでましたから、帰りも遅くなっても仕方ないです」
 和宏に教わった美味しい店に帰りに寄って食事をして行こうと計画していたが、イベント会場を抜けるのに混雑で時間がかかり、駅に辿り着くのも遅延し、結局お目当ての飲食店はとうに営業は終了していた。そもそも遅い時間に食事をするのも憚られるとは思ったが、和宏がお薦めだと言っていたし、是非とも真穂子と行きたかったのでショックは大きい。
「……うん」
「また、来ましょ」
「え……」
「また、ね。お店がなくなったわけじゃないんですから。予約をしていたわけじゃないですから、お店にも迷惑はかかっていませんよ」
 ねっ、と真穂子は諭した。
 がっかりしている場合ではない、と祐策は頷いた。
「ごめ」
「謝らないでくださいね」
 ごめんと言いかけた祐策に、ぴしゃりと真穂子が遮った。
「うん」
「宮城さんはおなか空いてますよね」
「あ……うん、まあ……」
「じゃあ、ラーメン食べにいきましょう」
「ラーメン?」
「行ってみたいラーメン屋さんがあるんですよ。一人じゃ入りづらくて」
 行きましょう、と真穂子は祐策の袖を引いて駐車場に向かった。
 真穂子の行きたいと言っていたラーメン屋は、祐策も入ったことはなかった。遅くまで営業をしているようで、午後十時近くでも入ることが出来た。ただ客は少なくはなかった。
「ここ、仕事帰りに入ろうと思ってもいつもいっぱいで。……でも並ぶ度胸もなくて」
「そうなんだ。行きたい店があったら、俺を連れてってよ」
「ほんとですか? やった」
 じゃあそうしますね、と真穂子は言い、ひとまず店に入ることにした。
 二人は温かいラーメンを食べて満足した。
 嬉しそうな真穂子の顔を見て、祐策も自然と笑顔になった。人を見て嬉しいと思えるようになった自分に驚く。


 駅からはいつものように真穂子に送ってもらう祐策だ。
 今日は酒は入っていないのに、身体が熱い。
「いつも送ってもらって……ありがとう。ごめん」
「いえいえ、おやすいご用ですよ。誘ってもらったんですし。ラーメンごちそうになっちゃいましたしね」
「いや、それはいつものお礼も兼ねてるし……」
 お互い顔を見合わせて笑った。
「もう遅いから、気をつけて帰ってよ」
「はい、気をつけます」
「また……誘ってもいい?」
「もちろんです」
 その表情にも言葉にも嘘はないと思えた。
「じゃあ、また」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 真穂子はハザードを二度点滅させて去っていった。
(本当は俺が送る側になりたいけどな……)
 自動二輪の免許もバイクもあるが、真穂子を後ろに乗せていいものか、と悩む。冬は寒いし、彼女は車に慣れているので、わざわざ自分の後ろに乗りたいなどと思わないだろう。
(もっと、雪野さんを知りたいな……)
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