大人の恋愛の始め方

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【第3部】祐策編

8.近づく距離

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 二人の距離は近づいたが、それ以上は踏み込めないでいる祐策だった。
 年が明け、折を見てデートには誘うが、自分の気持ちを伝えることができないでいた。
 あと一年ちょっとは縛りがある。
(俺の過去のこと知ってるとは思うけど……)
 元とはいえヤクザの男なんていやだよな、と気弱になる。
(でもお姉さんが若の奥さんか……お姉さんの時、どうだったんだろう……)
 もめたのかな、反対されなかったのかな、それとも過去のことを知らないのだろうか。会社経営をしているからさほど気にされなかったのだろうか。
(俺は……そうもいかない……)
 車も持っていないし、ローンを組むこともできない。
 好きだと言っても、上手くいってもいかなくてもその先のことを考えることができない。一時の感情でうまくいっても、将来まで怖くて考えられない。
 一緒に出掛けてくれるくらいだし、俺のことは嫌いじゃないだろうけど、と消極的だ。


 別の日。
 一緒にラーメンを食べて、真穂子に送られて帰ったところに、ちょうど和宏も帰ってきたところだった。
 和宏が挨拶をしたので、真穂子も車を降りて挨拶をした。
「寒いですし、よかったらお茶でもいかがですか」
 和宏は言う。
 真穂子は和宏がヤクザとは関係がないことを知っているのかわからないが、普通に接している。そうこうしていると、中から人が出てきた。
「おう、祐策か! おかえり」
「若……神崎さん」
「え」
 真穂子が驚いた声をあげる。
「ん? あれ、まほちゃん!? ええ!?」
 神崎高虎が広い玄関から出てきて、門扉で三人と出会したのだ。
 真穂子と高虎が顔見知りなのはわかっていた。しかし、その驚きようが妙に思えた。
(あ、そっか。雪野さんがここに来ることはないもんな) 
 和宏は祐策たちと高虎を見比べている。
「えっ、祐策と!? えっ、そうだったんだ!? まほちゃんの……そうだったんだ!? 好きな男って祐策!? そっかそっか、よかったなあ! 祐策、俺の義妹のことよろしくな!」
「ちょ……お義兄さん!」
 真穂子は困惑し、慌てている。
「好きなやつって祐策のことだったんだ。なんだ、おんなじ会社だったんだな?」
「もうっ、うるさいですよ!」
 祐策と和宏はぽかんとして二人のやりとりを見ていた。
(好きな……やつ?)
 神崎高虎のせいで、お茶でも、という和宏の誘いは有耶無耶になってしまった。
 そうして真穂子は慌てて帰っていった。


 まだまだぎこちない距離の二人だというのはわかっている。
 帰るつもりだったはずなのに、祐策が帰ってきてからまた屋内に高虎は入ってきた。自分は帰るところでなかったのだろうか。
 そして、高虎が首を突っ込んでくる。
「祐策ってまほちゃんのこと好きなんだろ」
 ブッと茶を吹き出す祐策。
 和宏は慌てて布巾で机を拭いてくれた。
「いきなりなんですか」
「付き合ってんのかと思ったよ」
「付き合ってませんよ」
「付き合えよ」
「そんな簡単に言わないでくださいよ」
 フンッと祐策は鼻を鳴らして高虎を睨んだ。
 肩を竦め、高虎は笑う。
「まほちゃんはいい子だぞ」
「……知ってますよ」
「だったら付き合えよ」
「だからそんな簡単なことじゃないんですって。どちらか一方的な感情だけでは成り立たないでしょう」
 おまえ成長したな、と高虎は笑った。
「馬鹿にしてます?」
「してないよ」
「してますよね」
 へらへらと笑う高虎に、祐策は苛立った。
「俺は神崎さんみたいに顔がいいわけでも、頭がいいわけでもないんです。何の特技もない元ヤクザが、普通の女性に告白して、嬉しいなんて思わないでしょうよ」
「玉砕するのが怖いんだな」
 ぐっと言葉に詰まり、高虎から目を逸らした。へらへらしているくせに、人を見抜く目や力があり、それでいて人を引きつける力もある、不思議な男だ。
 その男が図星を射したものだから、祐策は口をつぐんだ。
「……同じ会社ですからね、俺だって人並みに気まずさとか、恥ずかしさとか、そういう感情がありますよ。俺はともかく、雪野さんのほうが……嫌な思いをするんですから」
「フラれる前提かよ」
「……ええ、前提ですよ」
 悪いかと言わんばかりの口調で言い返すしかできなかった。
「今のままでいいです」
「本気か?」
「いいです」
「行動しなきゃ、まほちゃん、誰かにさらわれるぞ?」
「さらうも何も、そうなっても雪野さんの意思なんですから」
「ちっさい男だったんだな、祐策は。もっと骨のある男だと思ってたのにな」
 なんだこいつ、と祐策はかつての「若」に刃向かう気持ちが芽生える。心底癪に障ったる。人の恋愛に口を出さないでほしい。言ってやろうかとすら思った。
「……そっか。悪かったな。じゃ、そろそろ俺帰るわ」
 高虎は立ち上がり、リビングを出て行った。
(……ムカつく)
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