大人の恋愛の始め方

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【第4部】浩輔編

7.仕事(後編)

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「今日は裕美ママの店じゃないんです?」
 祐策が、前を歩く高虎に言った。
 肩越しに振り返った高虎が、
「うん、今日は操ママのところ」
「わかりました」
 高虎の馴染みの店はいくつかあるらしく、目的で行く店を決めているようだ。後で知るが、高虎が勤めている会社、即ち伯父の会社の飲食事業部だということだった。
 浩輔が職場の同僚に連れて行ってもらう店とは全く違う。浩輔にとってもは、煌びやかでゴージャスな「大人の店」だった。居酒屋ではない、スナックよりは格式高い、バーのような、でもホステスのいる店だ。
 別の店には何度が行ったが、この店は始めてだ。なんだか敷居が高い気がしている。
「いらっしゃいませ、まあ神崎様」
 高虎の名前と口にしたホステスの瞳孔が広がるのを見た。
(神崎さんってVIPなんだな)
 高虎は手をあげニコニコと挨拶をする。続いた祐策は小さく会釈をした。彼は仲間内ではそこそこ話すのに、外ではわりと無口な男だった。浩輔も続き、軽く頭を下げた。あまりキョロキョロしてはみっともないので、視線だけで店内を窺った。アルコールや香水の匂い、ほかにも言い様のない香りが混じった空気が漂っている。
 居酒屋と違うのは、煙草の臭いがしないことだ。近頃はこういう類いの店でも禁煙を推進しているのだろうか。
(ふう……)
 煙草に馴染みのない浩輔は、ほっとした。高虎も祐策も喫煙をしない。よく面倒を見てくれている智幸は喫煙家だが、苦手だという相手がいれば吸うことはない。マナーや常識のある類の男だった。どうやら高虎の教えがあるらしい。
「こちらにどうぞ」
 店内同様にきらきらした女性が、三人を奥のテーブルに案内してくれた。
 席につくと、案内をしてくれた女性、それから二人の女性がそれぞれの隣に座った。こんなタイプの女性に面識のない浩輔は、少々どぎまぎしている。女性と言えば、施設と学校、そして職場の事務員くらいし免疫がない。胸元を大きく開けたり、肩を露出した衣装を着る女性とは縁がない。
「今日は影山さんはいないの?」
 三人の女性が全員同じに見えたが、しばらく観察しているとだんだんわかってきた。最初に案内してくれた女性は高虎の隣につき、茶色い髪をまとめている。祐策の隣に座ったのは、長い髪をゆるく、ふわりと軽く巻いたようなスタイルの女性だ。浩輔の隣に付いた女性は、おそらく黒髪で、さらさらのロングヘアーだ。三人とも美人は美人で間違いない。
(特徴で掴むしかない……)
 もし次回一人で来ることがあったら、絶対に区別がつかない自信がある。
(付いてきただけだしな……そんな機会はないだろうからいいか)
「この子は初めて連れてきたよ」
「そうね、初めてお会いするかなって思ったんですよ」
「三原くんね。祐策と同じ年なんだって。イケメンでしょ」
「うんうん、綺麗なお顔立ち! 俳優さんみたい」
 浩輔は戸惑うしかなかった。
「そんなこと言われたの初めてですけど……」
 軽く「イケメン」と言われることはあったが、自分では平凡だと思っている。
 祐策に尋ねた時は、
「うん、イケメンの部類」
 と言われた。祐策自身が、自分はどこにでもいるような顔立ち、寧ろ良くはない、と自分で評価をしているので、彼の浩輔の評価は当てにしていない。祐策は自己評価が低いような気がする。祐策もきちんと身なりを整えればいい男だと思うのだが。
(うーん……)
「ありがとうございます……」
 ただ礼を言うしかできなかった。

「ミサです」
 ゆる黒髪の女性はそう名乗った。
「ども」
 それぞれの女性が、それぞれ付いた自分たちと会話を始めた。
 ミサがすり寄ると、浩輔は少し遠のいた。
「あらら。そんなに怯えなくても」
「……不慣れなんで」
「かーわいい」
(ちょっと不快)
 高虎と祐策を見やるが、彼らは慣れているのか特に動じた様子はない。高虎に至っては店員の腰に手を回し、身体を寄せている。
(!?)
 高度だ、と思った。
 祐策はいつもの無口なスタイルで、とつとつと店員と会話をしていた。
 浩輔は、ミサの質問に、ぼそぼそと答える会話を薦めている。
(何話したらいいのかわかんねー……)
 ミサが身体を寄せてくる度に距離を取っていたが、もうスペースがないほど追いやられていた。このままではシートから尻が落ちてしまう。大人しく観念し、そこでとどまることにしたのだった。
「最近は?」
「……動きはないわ」
 高虎が声を潜めて茶髪の店員・カレンに囁くのが聞こえた。浩輔は耳はいいほうだ。整備をする際のエンジン音など、音の差を聞き分けていくうちに敏くなっていた。
「辞めた子はいない?」
「うん、人の出入りはないわ。去年の秋くらいから入った子がいるけど」 
「今のところ大丈夫そう?」
「ただ最近急に持ち物が派手になった気がするけど……」
「そう。念のため要注意」
「わかった」
 カレンはそう言ったあと、高虎の肩に頭を寄せた。
(神崎さんの仕事……っぽいな……)
 祐策のほうは相変わらず黙々とした空気だ。しかしゆるふわロングの店員・ユキミのほうは不快な様子もなく、酒を注いだり、祐策が時折話すのに頷いて笑っている。
(店員のほうも慣れた感じ……。なんか大人な雰囲気だけど……)
 プロだなあ、と浩輔は勝手に感心した。
「三原さん」
「あ、はい」
「お酒飲まないんですね」
 酒を注文しない浩輔に、ミサはそう言った。
「今日は運転手なんで」
「そう、残念」
 お酒作ってあげたかったのに、と言う彼女に浩輔は詫びた。
「すみません」
「謝らなくってもいいんですよ」
 腕に胸を押し当てられ、思わずぎょっとしてしまった。胸元の開いたドレスのような衣装は、浩輔には目の毒だ。
 ふいっと目を逸らした浩輔に、彼女は身体を押しつけてきた。
「三原さんって、もしかしてぇ……」
「な、なんですか」
「……ふふっ、なんでもないですよ」
 ミサは不敵に笑った。
「ちょっと、そこ-。誘惑しないであげて」
 浩輔たちのやりとりが目に入っていたのか、高虎が手をひらひらさせて割り込んだ。
「はーい、ごめんなさーい」
 本当はそうは思っていないだろう。
 ミサの密着する態度には観念したが、あからさまな態度は困惑させられた。不慣れだと気づいたことで、明らかに浩輔を惑わせている。
「好きな女性のタイプは?」
「……大人しい人」
「へえー。じゃあ、わたしは駄目ですね、わたしは騒がしいって言われるし」
「そうですか……」
「顔は?」
「特に……」
 浩輔の脳裏に浮かぶのは、高校を卒業した後に会った舞衣の姿だ。
 小柄で、ちょこまかと付いてくる彼女を思い出す。
 今頃は大学……四年生くらいだろうか。どうしているだろう。大学生になって垢抜けて、もっと可愛らしくなっているだろうか。小柄なままなのだろうか。何か運動を初めて筋肉質になったり……。
(それはないか)
 今何をしているのだろう。
(もう、誰か別の男のものになってるんだろうな)
「あーっ、今、別の人のこと考えたでしょ。彼女?」
 ぼんやりした浩輔を見抜き、ミサは浩輔の頬をつついてくる。
「やめてくださいよ……」
「ほーんと可愛い」
「やめてください」
「ごめんなさい」
 怒らないでよ、とミサは上目遣いに浩輔を見た。
 ドキリとする。
 客相手に仕事でやっていることだとわかっているが、不慣れな自分には充分どぎまぎするあざとい仕草だ。
(これで勘違いする客もいるんだろうな)
 ホストとかキャバ嬢とかみたいに、と浩輔は嘆息した。
「彼女はいないの?」
「……いませんよ」
「年上は嫌い?」
「嫌いじゃない、ですけど……」
 ナニコレナニカサソワレテルノカ、とちらりとミサを見る。
 浩輔の腕に自分の腕を絡め、婀娜っぽい瞳で下から覗き込んできた。
「そうなんだ」
「…………」
 腕を振りほどこうとしても、ミサはしっかり絡めてくる。振りほどくのも面倒になり、じっと我慢をするしかなかった。
 不快だった。
 仕事とはいえ、自分にはそんなことをする必要はないだろうに。
(好きでもない男によくこんなことができるよな……)
 烏龍茶を手にしたが、味がしなかった。
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