伝えたい、伝えられない。

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9.揺れる感情

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 相変わらず真緒は引っ込み思案だが、創平が話しかけると答えてくれるようにはなった。
 真緒の好きなキャラグッズを見つけると、つい真緒を思い出してしまう。深い意味はないが、真緒が気に入るかなと考えている自分がいる。
「倉橋さん、あの、さ……メッセージのIDの交換とか、するのはだめかな」
 意を決して創平は言った。山岡のいない隙にだ。
 彼女が一瞬ためらったのを見逃さなかった。
(嫌なのかな……)
 悲しい気持ちになってしまう。
(そりゃ、俺が訊いてくるとは思わないよな)
「あ、ダメならいいんだ。こないだ、倉橋さんの好きなキャラクターのおまけ、見つけて、どれ選ぼうか迷って、それでその時に連絡先知ってたらどれ持ってるのかなって聞けたなぁって思って……別にたいしたこときこうとしてたわけはざゃないし」
 創平は訊かれてもいないのに、ペラペラと捲し立てた。
『ええ、いいですよ』
 真緒は頷いた。
 途端に顔が綻んでしまう。 
 二人はメッセージのIDを交換しあった。
「じゃ、見つけたら知らせてもいい?」
『はい』
 じゃ、と二人は頷きあった。
 それを山岡が見ていたのか、創平と目が合い、ニヤニヤとしていた。
(いたのかよ)
 いない隙にと思ったのに。
「なんだよ……」
「進展したなあって」
「うるさい、別にそんなんじゃない」
「じゃあどんなの」
「音楽の趣味合うってだけだよ」


 山岡と創平の二人は食事に出かけることにした。
 山岡は外食はしない派だが、妻の里佳子が夜勤のため、たまには外食することにしたのだ。
「真緒ちゃんのこと、好きなら好きって言ってつきあえばいいのに」
「別に好きじゃない」
「そう? 最近、真緒ちゃんに優しくなってきたなあって」
「そうかもしれないけど、そんなんじゃない」
「もしかして……障碍がネックか?」
「だから、そんなんじゃないって。なんであの子を好きにさせようとするんだよ」
「あの子も満更じゃなさそうだけどな? 最初はおまえにめちゃビビってたのに」
「俺が怒鳴ったからな」
「えっ、そんなひどいことしたの」
「話せないって知らなかったから……」
「じゃあ今は同情?」
「違う、そんなのはない。あの子は周囲と対等でいようと必死でやってるの、今じゃわかるし。同情なんて失礼だ」
「よくわかってるじゃん」
 創平はもくもくと食事をする。
 なぜ山岡は真緒に好意を持たせたがるのかわからなかった。


「倉橋さん、青葉建設の社長の息子に言い寄られてるっぼいぞ」
「……ああ」
「驚かないんだな、本人からきいた?」
「そんなの、言われるわけないだろ」
「でもおまえは知ってたんだろ?」
「ん、前に事務所に来てたことあって、その時に気づいた。山岡もいたよな?」
「あー、いたかもしれないけど、人づてに聞いた程度だったから」
 古川一真が真緒にご執心という話は、ちらほら聞いてはいたが、直接的な場面は見たことがなかったらしい。
「去り際に手話で何か言ってて『考えといて』って……あとで知ったけどその時の手話のなかに『好き』ってのがあったから」
「そうなの? 積極的だな……」
 山岡も無言になる。
 が。
「『好き』って単語、よくわかったな。好きって言うつもりなの?」
「ちげーよ」
 またかよ、と山岡の調子に辟易して睨んだ。
「おまえが指文字教えてくれただろ。そのあと倉橋さんと、この音楽が好き、って話をしたときにそれ使って、指文字じゃなくて『好き』っていう手話がこういうのなんだ、って知ったからさ」
「そっか」
 山岡は頷いていた。
「青葉の御曹司なら、申し分ないんだろ。悪いようにはならないだろうな」
「松浦、それ本気で言ってる?」
「……おまえが言ったくせに」
 言ったけどさ、と山岡は苦笑する。
「で、青葉の息子に言い寄られて、倉橋さん嬉しそうだったか?」
「……困ってた、ように見えた、かな」
「だろ? 飲み会の時もさ、御曹司が社長に二次会に連れてかれてホッとした顔してたぞ」
「…………」
 けどな、と、山岡は続けた。
「あのあとな、社長と古川さん飲みに行ったろ?」
「うん」
「倉橋さんと親密になりたいーみたいなこと言ったらしいよ。つきあいたい。どうしたらいいか、って」
「……へ、へぇ……」
 周りから固めていく気かなあ、と山岡は言った。
 そうこう話しているうちに二人は食事を終え、店を出た。
 古川とつきあうのだろうか、そう思うともやもやした。
(なんだよ……倉橋さんと……)
「おまえも言ってただろ。そのへんの男じゃ釣り合わない、青葉の御曹司なら、って」
 ぼそり、と山岡に対して言った。
「うん、言ったよ。青葉の御曹司なら、経済的にも問題なさそうだし、手話も理解できるみたいだし、ついでにイケメン。真緒ちゃんと並べば美男美女。ビジュアル面では問題ないよな。けど生まれてくる子供がもしハンデがあったとして……まあ、これは金と周囲の理解があるならな」
 金かよ、と創平は鼻で笑ったが、山岡は現実を言っているのだった。
「子供って……そんなことまでおまえが考える必要ないだろ」
「そりゃそうだな」
 真緒が古川一真とつきあって結婚して、子供が生まれ……つまりは出来るようなことをする──嫌悪感が生まれてきた。
(なんかムカつく)
 苛立ちが溢れてきた。
「あーあ、元請会社にうちのアイドル取られたくないなあ」
 盛大にため息をついた山岡に、創平は内心激しく同意した。
「ああ。取られたくない」
「だろ?」
「うん」
「御曹司に取られるくらいなら、誰か身近なやつがかっさらってくれたほうがいいんだけどなあ」
「……」
「おまえとかさ」
 並んで歩く山岡が、笑って創平を見た。
「なんで俺……」
「真緒ちゃんのこと嫌い?」
「別に……前ほどは」
「じゃあ好きだろ」
「嫌いじゃないけど……そういうのはわからない。まあ、好感は持てるようになった」
「真緒ちゃんもきっとそうなんじゃない?」
 優しく笑う山岡が少し不気味だが、どうしてだか不快ではなかった。
(好きとかそういうの、わかんねえ……モヤモヤはするけど)
「じゃあさ、せめて、御曹司に言いよられてたら追っ払ってやりなよ」
 そんなの抜きで、と彼は言う。
「俺らのアイドルなんだから」
「わかった」


 山岡のせいで、真緒と会うと妙に緊張してしまう自分がいる。
 おはよう、と言えば、声にならなくても返してきてくれる。
 お疲れ、と言えば、お疲れさまです、と言ってくれる。
 キャッチボールが嬉しかった。
(ヤバい……)
 動悸が激しくなる……。
(あいつが変なこと言うから)
 気にしないでおこう、と自分では思うのだが、いつも以上に真緒を目で追ってしまっている。
(フィルターかかってるだけだ)
 眩しく見えるのは、気のせいだと。
 ……真緒が、来社した若い男性と話すだけで心はもやりとする。
(気のせい気のせい)
 また古川一真がやってきて、真緒に何かを渡していた……という話を聞いただけで苛立ちが募る。受け取ったのか、受け取らなかったのか。
 青葉建設の社長の息子、古川一真。あいつに勝てる自信はない。どう見たって自分のほうが格下だ。学歴も見た目も身分も。
 でも勝ち負けじゃないんだ。
(けど俺はそもそもの印象が最悪なんだよな……)
 よくここまでこれたな、と我ながら感心する。嫌われても仕方ないはずなのに。
(ID交換も強引だったかな……)
 交換はしたが、まだ一度も連絡はしていないし、連絡も来ていない。
(あー……なんか腹立つ)
 一人暮らしのアパートに戻ってから、ベッドの上で寝転がりながらスマホを眺めている創平は、最近自分の感情が掻き乱されていることに気づいて、ため息をついたのだった。
(誰かと……付き合う……日が来るよな……)
 目を閉じても、真緒の顔が浮かんでくる。
(いやいやいや)
 慌てて目を開けて、脳裏に浮かんだ顔を振り払った。
「おかしいだろ、俺」
 真緒のことを考えると、胸の奥が苦しくなる。
 これは何なのか……今更これまでの発言の罪悪感なのか。
(いや、なんか違う……)
 心音が早くなる。
(倉橋さんに会いたい……)
 うとうとしていると、スマホが小さく鳴ったことに気づいて目を覚ました。
 メッセージが届いている。
(ん?)
 真緒からだ。
「えっ!」
 思わず叫んで、身体を起こした。
《お疲れ様です。せっかくなのでメッセージを送ってみることにしました。
 わたしが揃えたのは今はこれだけです》
 写真が送られてきている。
 以前はお茶についていたキャラクターのおまけが、今は別のシリーズでキャンペーンか始まっていた。今彼女は、全六種のうちの四種が集まったようだ。
 創平は、無意識だったが嬉しくなってすぐに返信をした。
《お疲れ。明日昼にコンビニに行くので探してみるよ》
 ややあって、真緒から返事が来た。
《わたしも朝コンビニに寄ってみます》
(えっ、それで揃ったら口実なくなるじゃんか……)
 などとは言えない。
《揃うといいね》
 などと思ってもないことを文字にして送る。
「うわー、こんなの本心じゃねえよ!」
《頑張ります。おやすみなさい、また明日》
 真緒からのメッセージに胸が高鳴った。
《おやすみ》
 最後にウケが悪くはないであろうスタンプを送った。
 心臓がバクバク言いながらも、心地よさや爽快感があった。
 真緒からのメッセージに喜び、顔が間抜けなことになっていることは気づけない。
(もしかして俺……倉橋さんのことが……好き、とか……?)
「好き……」
 口に出してその二文字を発すると、身体が熱く火照っている気がした。
 好きという感情が、どういうものだったか、そういう気持ちを持ったことがあったのか……創平は混乱するだけだった。

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