伝えたい、伝えられない。

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35.反省

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 創平と真緒の交際は順調だった。
 仲はすこぶる良好と言える。
 山岡が茶化してくることも減っている。
 十二月に子供が生まれるということで、それどころではないのもあるだろう。なんだかそわそわしている。
 彼にしょうもうない相談をしないようにと心がけてはいるが、山岡のほうが、
「何かあったら言えよ。ガチ恋応援するって言ったからには見届けたいし」
 そう言ってきた。
(見届けるって何を? わからん)
「わかってるって。……頼りにしてっからな」


 双方に別の予定がなければ、だいたいは週末休みの土曜か日曜は会っていた。結ばれてからは……土曜も日曜も会うようになっていた。
 会えば……肌を重ねる。
 真緒は拒否はしなかったし、きっと同じ気持ちで会いに来ているのだと思っていた。だがそれは「勝手に」思っていたのだと気づかされるのだった。
 土曜日は、たまには遊びに行こう、と二人で水族館に出かけた。
 肌寒くなり始めた十一月だ。去年は二人で遊園地に行ったなあと思いだした。
 手をつなぎ、少し冷える館内を巡って、たくさんの魚や、ペンギンを眺めたり。真緒が楽しんでいるものとばかり思っていた。顔色が良くないことにも気づかず、柄にもなくはしゃいでしまっていた創平だ。
 楽しんだあとは、そのまま真緒を家まで送り届けて別れた。
 その余韻のまま、翌日にも会えることを楽しみにしながら、会うことにした。

   
「真緒……今日は、今からしよっか」
 二人で作った昼食を取ったあと、今日はゆっくりしようか、と真緒をベッドの縁に座らせた。自分も隣に座り、真緒の腰を抱いた。
 そうしていつものように情事に誘う。
 昨日は出来なかったから、という意味も込めての誘いだ。
 だが真緒は首を振った。
「え?」
『すみません』
「なんだよ、気分が乗らないか?」
 したくない日は言ってくれ、そう言ったのは創平のほうなのだが。
『その、今日は……出来なくて』
 真緒はもじもじとしながら、理由を指文字でそっと伝えて来た。
「……ああ、そういうことか。女の子の日なのか」
 そっか、と創平は露骨に残念な表情を見せてしまっていたが、自分は気づけずにいた。
「仕方ないよな」
 ぽんぽんと真緒の頭を撫でる。
(女だもんな)
 毎週末彼女を抱いているが、出来ない日に遭遇したことがなかった。
(ああそっか、ちょうど予定があるって、会わなかった時とかにかぶってたのかな)
「できないなら仕方ない、我慢するか」
 その創平の言葉が、真緒を傷つけているとは思いもしなかった。
『出来なくて、ごめんなさい。あ、でも、別の方法で……』
「いいよ、別に。今日はなしで。真緒の、終わったら、教えてよ」
『……はい』
 真緒の表情が浮かないことに気づき、
「もしかして具合も悪い?」
 不躾に尋ねてしまった。
『……ちょっとお腹が痛くて。生理痛が重いみたいです』
「なんか……辛いんだな、男だからわかってやれなくてごめん」
『いえ、大丈夫です』
「じゃあ、もう今日帰る? 具合悪いなら、家で休むか?」
『……そう、ですね。今日は……帰りますね』
「なら、送るよ」
『いえ、歩いて帰ります。バスもたくさんある時間ですし』
「……そう?」
 真緒は帰り支度を始めると、そそくさと出て行く。
『あの、今日は本当にごめんなさい』
「いや、謝ることはないけど。女の子は大変だな」
『それじゃ……』
「あ、うん、気をつけてな。お大事に」
 真緒は頭を下げて部屋を出て行った。
 あっさりとした別れだった。
「あ、キスしてないや」
 別れ際にはキスをするようになったのに、今日は真緒にするのを忘れてしまっていた。
 そして、彼女が逃げるように帰っていったのがやけに気にかかった。
 創平はベッドに転がり、息を吐いた。
「はあ……」
(昨日してないから、今日はたくさんしようって思ってたのにな……。たまってんだよなあ……)
 それに、そろそろ真緒に違うことをしてもらおうと思い始めていた所だった。違う体位とか格好とか……真緒なら素直に受け入れてくれそうだし、と不埒なことを考える。素直な真緒が、自分に言われたとおりに自分の上で揺れているのを想像し、身悶えた。
 そういえば以前付き合っていた女たちは、こういう日はどんなだったっけ、とふと思い出す。思い出すなんて、真緒に対して失礼な気もするが、自分の脳内だけならとりあえずは大丈夫だろうと考える。
 機嫌が悪くなる女がいて、そういうときはできるだけ近づかないようにしていたように思う。会おうと言っても、無理、と言って会わなかったので、なんとなく察していた。気が強い女だったように思う。前の女は、部屋に転がり込んで居座っていたし、誘うと、出来ない日は同じように断ってきた。機嫌が悪くなるとか、体調が悪いとかいう様子はなかったように思う。
(あー、そうだ、茜は……ピル飲んでるって言ってたな)
「なんだよ、できねえのかよ」
 と茜には露骨に言ったことがあった。
「終わったらヤるから教えて」
 今思えばとんでもない台詞を吐いたこともあったように思う。
(もう、性欲処理の道具扱い……だったよな俺。ほんとに最低だった……)
 目を閉じ、真緒の柔らかな身体を目裏に浮かべる。
(抱きたい……けど来週まで我慢……)
 はっ、と創平は目を開けた。
(いや待て、俺、さっき最低な台詞吐かなかったか?)
 出来ないなら仕方ないとか、我慢するか、とか。
 まるで真緒と会うのが身体目当てだと思われかねない言葉だ。
(えっ……えっ……)
 ──終わったら、教えてよ。
 これはまずい、第六感がそう言っている。
 女の子の日が終わったらヤらせろ、そう言っているみたいではないか。
 さらに、具合の悪い真緒を帰らせてしまった。
 セックスできないなら帰れと言わんばかりに、だ。
(くっそ最低じゃん……)
 違う、そんなつもりじゃない、そんな意味じゃない。
 慌てて起き上がり、鍵をかけて部屋を飛び出した。
 今ならまだ真緒が歩いているはずだ。
 追いかければ間に合うはずだ、と。
(昔の最低な俺に逆戻りじゃんか……)
 真緒を傷つけたかもしれない。
 肌寒いのに上着も着ず、創平は走った。
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