星恋月夜(ほしこいづくよ)

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「おーい、春名!」
 その声に彼女はキョロキョロと辺りを見渡した。
「春名、こっちこっち」
 祐輔も同じように声の主を見やった。
 ショッピングセンターの中にある、フードコートの前を通り過ぎようとしていた時だった。
 そのなかの一軒、とんかつ屋の入り口から青年が出てきた。青年、と言いつつ、祐輔には自分と同じ年端くらいに思えた。眼鏡をかけていないから実際はわからないが。
「あれー、坂本君」
「よっ。買い物?」
 坂本、と呼ばれた彼は祐輔をちらりと見やったあと、また彼女に向き直った。
「こないだ借りた本、もうちょっと貸しといてよ。学校で言おうと思っても、おまえいっつもいないもんな」
「そう? 毎日ちゃんと学校行ってるけど? 坂本君がサボってるからじゃないの?」
「ひどいなー。まあ確かに、ちょっとだけ当たってる、けど、さ……」
 坂本、は少し言葉を濁して苦笑した。
「いつでもいいし。わたしにはあんまり参考にならない文献だったし。だからいいよ、ほんと。……で、なに、ここでバイトしてんの?」
「おう、そうそう。先月からなー。ここのとんかつ、旨いぞー。おまえらも食ってけよ」
 ニッ、と坂本は笑う。
「ごめん」
 また今度ね、と彼女は笑ってその場を去った。
 祐輔は一礼をして、彼女についていった。
「今の、彼氏ですか?」
「はずれー。同じ専攻の同級生」
「ふーん」
 そのわりには、はるな、って親しげに呼んでたけどなぁ、と祐輔は思う。
 自分が疎いだけなのかな、とも思ったが。
(専攻、って言うくらいだから、大学生なのかな。僕より年上かな……)
「お腹空いてない? 坂本君のとんかつの話きいたら、わたしはお腹空いてきたよ」
「ん、僕は……特に」
「眼鏡が仕上がるまで、食事でもしよ」
「あ、けど、僕は……」
「心配しなくても、わたしがごちそうしてあげるからさ」
「そういうことじゃ……」
 祐輔は時計を見やり、まだ六時なんだけどなー、とつぶやく。
 祐輔には、いつもより少々早い晩御飯になりそうだった。


 予定の七時より眼鏡が早く仕上がったらしい。
 食事をしようと、それならここにしようかと店に入ろうといしたところへ、彼女の電話が鳴った。
 二人は眼鏡屋へと赴く。
「仕上がっておりますよ。ちょっとこれでかけてみていただけますか? 調整しましょう」
 店員が祐輔に眼鏡を差し出した。
 きちんと直っている。
 というか、フレームが新しくなっている!
 眼鏡をかけると……視界が明るく、祐輔は目をぱちぱちさせた。
「あ、いいですいいです。ちょうどいいです」
 祐輔の声も明るくなる。
 どうやらレンズもクリーニングをしてくれたようだ。
「ありがとうございます!」
 やはり視界がくっきりしたほうがいい。
 祐輔は気分がよくなってきた。
「いえいえ、どういたしまして。あと少しだけクリーニングをしておきましょう」
 眼鏡を再び受け取り、もう一度洗浄機に入れた。
「あの、修理代はおいくらくらいになりますか?」
 彼女が言った。
「あっ」
 祐輔がさっと遮り、
「自分で払うんで」
 と伝えたが、それをも彼女は制止した。
「費用は……フレームが……円ですね」
 修理代は彼女が支払った。
 クリーニングをした眼鏡を拭いた店員が、そっと祐輔にリフレッシュした眼鏡を渡してくれた。
「ありがとうございました」
 祐輔たちは頭を下げて、店を後にした。
「よかったね、すぐに直って」
 彼女は言った。
 あ、うん、と祐輔は曖昧に頷いた。
 費用は自分で払うと言っているのに、彼女は受け付けてはくれなかった。昨日の剣幕とは大違いだ。
(代わりにスカートを弁償しろってことなのかな)
「どうもありがとうございます。礼はちゃんと言います。だけどいいんですか、払ってもらって……」
 眼鏡をかけて彼女の横顔をまじまじと食い入るように見た。
 僕に鬼のようなことを言った女は、どんな顔をしているんだ?
「何よ、いいよ別に。壊したのはわたしだし」
 昨日とはえらい違いだ。壊したことを認めている。
 祐輔に向き直った彼女は、言葉とは裏腹に、意外に可愛らしい顔立ちをしていた。
「……美幸さん……」
「はあ?」
「あ、ごめん」
 一瞬、祐輔の知っている女性に似ていると思って、うっかりその名前を口にしてしまったが、全く違うことに気づいて口を噤んだ。
 でも……似ている気がしたのだ。
「誰それ。彼女?」
「いえ、何でもないです」
「あのさ、彼女の前で元カノの名前呼ぶ男みたいだよ? 最低なタイプ」
「だから彼女じゃないですし。……それより」
 祐輔はすうっと息を吸った。
 本当は言いたくない言葉を言うことにした。
「ありがとうございます。助かりました」
「ん、よかったじゃない。こっちはそうもいかないけど」
 まだ言ってるこの人、と祐輔は内心呆れていた。
(やっぱりスカートの弁償か。僕の大事な望遠鏡を持ってったくせに……)
「……大事な服を僕が弁償できないから、望遠鏡を持ってったんでしょ? 眼鏡の修理してやったから弁償しろってことですか?」
「もう、言わないわよ」
 ぶっきら棒に彼女は言った。
「……ほんとにですか?」
 胡散臭いな、と彼女の顔を盗み見た。
「だからなんか奢って」
「奢ってって……」
 なんて女だ、と祐輔は言葉も出なかった。
 さっきは自分がごちそうするっと言ってたのに!
「冗談よ」
 彼女は鼻で笑った。
 なんだか憎たらしかった。
「は?」
 なんなんだこの人は、と彼女を睨む。
 どこまでが本音で、どこからが冗談なのか。あるいはどこまでが冗談で、どこからが本音なのか、会って二日目では全くわからない。
「あ、ねえ、ちょっとあんたの携帯貸して」
「えっ、何で」
「いいから!」
 祐輔のカバンのポケットからスマホを奪い取り、勝手に操作を始めた。
「なにするんですか!」
「ちょっとだけ貸して」
 早く、と急かされ祐輔はスマホを操作した。彼女に渡すと、タタタッピとすごい速さでタップした。
 きっと機種が違うはずなのに慣れた手つきだ。
「ラインやってないの」
「あ……はい」
「今時やってないって……。仕方ない、連絡先アプリ出して」
「はい、これ」
 携帯を返してきた。
「わたしの電話番号、登録した。これでワンコしてよ」
「へ?」
 祐輔は言われるがままに通話ボタンを押す。
『春名』という名前と、彼女の電話番号が点滅をはじめる。
 彼女の携帯が鳴った。
「オッケー。名前は?」
「鈴木」
「す、ず、き、っと。鈴木だけじゃ、ほかの子と間違えるなあ。ねえ、名前、鈴木何?」
「祐輔……」
「どんな字? これ?」
『祐介』と変換された文字を見せる。
「違う。たすくっていう字……」
『これ?』
「じゃなくて、しめす編に……」
『祐輔』
「それ」
「オッケー。登録完了だ」
 別に掛けることもないだろうに、と祐輔はぼんやりと思った。
「ライン、ダウンロードしておいてよ。そっちのっほうが絶対便利だから」
「はあ……」

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