星恋月夜(ほしこいづくよ)

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5.天体観測(後編)

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 祐輔は、星のよく見えるスポットへと自転車を走らせた。
 本当はこんな人を連れていきたくはないけど、仕方がない。
(服を弁償できないし……)
 祐輔たちが来たのは、河川公園だった。
 今の時期は、公園で花火をする人たちが多い。
「ここ?」
「いえ、もうちょっと向こうです」
 花火をして遊ぶような場所で、落ち着いて星は眺めることができない。
 少し離れた、外灯のない場所へと移動した。
「ここですよ」
「ここ?」
「外灯がないから、星がくっきり見えるんですよ」
「ふうん……なんかいかがわしいことしてもバレなさそうな場所だね」
「いか……いかがわしい!? 僕は別にそんなことは」
「しないよね、わかってるって」
「……ったく」
 そんなことを考えたことはなかった。
 春名はそんなことを言ったが、ここに来て誰とも鉢合わせたこともないので、考えが過ったことすらなかったのだ。
「ごめんごめん」
 春名は笑ったが、祐輔は不機嫌な表情になった。だが暗くて彼女には見えなかっただろうが。
 自転車を降り、ちょっと待ってて下さい、と祐輔は春名から望遠鏡を受け取った。
「わあ……天然のプラネタリウムだね」
 両手を広げて空を仰ぐ春名を横に、祐輔は三脚を立て、望遠鏡を組み立てる。
 その姿を感心したような春名は見ていた。
「鈴木君は星が好きなのね」
「ええ、好きですよ」
 得意げに言って、
「あ」
 と口をつぐんだ。
 だがそれは嘘ではないし、言ってはいけないことはないと思った祐輔は、
「星は僕の癒しですよ」
 と応えた。
 癒しねえ、と春名は呟く。
 組み立てた望遠鏡を覗き、祐輔は空に焦点を合わせた。
「まずは月を、と」
「月?」
「はい、どうぞ」
 春名に覗くよう勧めた。
「うわ……こんなにハッキリ月の表面を見たのって初めて!」
 スコープから顔をあげ、祐輔のほうを見て感嘆の声をあげた。
「今日は満月じゃないけど、明日になればもっと満ちるから、また違って見えますよ」
「へえ……」
「今はそこそこのクラスのデジカメなら、月面は撮影できますよ。八十倍とかその辺なら」
「スマホは?」
「まあ厳しいと思います」
「そうなんだ……わあ!」
 また覗き込み彼女は簡単の声をあげる。作ったものではなく、心から驚いているように思えた。
 その後も、スコープから見える月を見て彼女はしきりに声をあげた。
 その様子に、祐輔は口元を緩める。
「月の満ち欠けが、人間に影響を及ぼしてるって知ってますか?」
「影響? えーと、満ちたら命が生まれて、欠けたら亡くなるって聞いたことがあるけど、そういう話?」
「ええ……そんなふうに。昔の俗信には、月には力があるっていうものが多いんですよ。三日月が上がる時沈む時に見たら病気になると云われたり、満月になると力が漲るとか云われたり」
「あは、それってなんか……狼男とかみたい?」
「……そうかもしれませんね」
 祐輔は笑った。
「月天心、って知ってますか?」
「つきてんしん? 曲名みたいだね?」
「あー、確かにそんな歌を歌ってる歌手もいましたね。日本では……冬の満月が頭の真上を通ってる時……それを『月天心』って呼ぶんですよ。とってもキレイですよ」
「へえー……。ほんと詳しいね。鈴木君の専攻は天文学なの?」
「いえ違いますけど……」
 曖昧に返事をする祐輔。
「これは趣味ですよ」
 工学部の学生だが、建設工学を専攻しており、天文学の授業があるわけではない。
「ふーん……」
「次は星を見てみますか? 天の川、見ることができますよ。天の川は七夕より、八月の上旬のほうがよく見えるんですけどね」
 饒舌にしゃべる祐輔の説明を聞き、そのたびに春名は「へえー」と頷いていた。

「ねえ、将来は? 天文学者?」
 唐突に春名が言った。
 小一時間ほど夜空の観測をし、祐輔は望遠鏡を丁寧にしまっていた時だった。
「星に詳しいよね、天体観測する人になる?」
 春名は純粋にそう思ったらしく、口にしたようだ。
「……なれたらいいけど、それでゴハンは食べていけるかどうかわかりませんし。第一、なりたいと思ってもなれるのはほんの一握りの人だけですよ。現実は公務員がいいかな? なんて、趣味を仕事に出来るなんて……絵空事ですよ」
 乾いた笑いが空しく通り抜けた。
「春名さんは? なりたいものはないんです?」
「ないな」
「腰掛OLとかじゃないんですか?」
「あんた、失礼じゃないの?」
 春名のように思ったことを素直に口に出してみたのだが、祐輔が言うと注意をされてしまった。
「す、すみません」
「……でも当たってるかも。留年しない程度に勉強して単位取って、ほどほどにいいところに就職して、安定した企業か公務員のオトコ掴まえて、結婚して、子供生んで、平凡に暮らすのがいいかな」
「…………」
「と思ってるけど。ま、そんなのはなるようになるんだろうって思うよ、そういう『平凡』ってのが難しいんじゃないのかなって気がするんだよね、最近は」
 祐輔は言葉を失う。
(殆どの人の現実はそうかもしれないけど……)
「冷静に考えてみて思ったんですけど、春名さん、よく平気ですね」
「何が?」
 春名は素っ頓狂な受け答え。
「夜に見ず知らずの男と出歩くなんて、警戒心なさすぎなんじゃないですか?」
「誰が?」
「春名さんが」
 祐輔は「あなたですよ」と春名に掌を向けた。
「彼氏がよく思わないんじゃないですか」
 恋人がいるかどうかは濁して答えてはくれなかったが、きっといるだろう。
「ぷっ」
 彼女は噴き出した。
「鈴木君、警戒するほどの男の子には見えないけど」
 カチーン。
 祐輔はムッとして顔を背けた。
(当たってるけど……その通りだろうけど……僕だって一応男の端くれなんですけど……。別にいいけど……心配してるのに)
「じゃあさ、わたしを襲える?」
「なっ……」
「しないでしょ」
「しませんよ!」
 望遠鏡をしまい終えた祐輔は、自転車の前篭にそれを乗せた。
「ね、鈴木君って、ダサいって言われない?」
 また春名が唐突に言った。
 またしても、祐輔の心はえぐられた。
「そりゃ思われてないことはないと思いますけど……直接言われたことはないです。思っててもそれを本人に言う人なんていないと思いますしね。春名さんは言うだろうけど」
「うん、じゃあわたしが言ってあげるね。キミ、ダサイね」
 祐輔はムスッとした。
 薄々わかってはいたが、春名は言いたいことをハッキリ言う性格らしい。
「じゃあ聞きますけど、どこがどういう風にダサいんですか」
 そうね……と春名は、祐輔をなめる様に見ながら、彼の周りをゆっくり歩いて一周した。月明かりの下で、彼女は不敵に笑う。
「どこがって……いうか、全体的に?」
「……男子大学生の半分は、こんな恰好してますよ」
「んー……そうねえ」
 春名はしかめっ面になる。
 ぷっ、と春名が噴き出すと、祐輔もたまらず噴き出し、お互い顔を見合わせて笑った。
「ごめんごめん」
「悪いと思ってないですよね」
「バレた?」
「別にいいですけど」
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