星恋月夜(ほしこいづくよ)

文字の大きさ
10 / 25

8.泣き顔(前編)

しおりを挟む
 翌日から、殆ど毎日のように春名が押しかけてきた。
 メッセージアプリのIDを教えると、連絡が毎日のように届く。
《星が見たいなあ。今日は見ないの?》
 春名はどうやら星に興味を持ったらしい……のかもしれない。
 毎日は無理だが、バイトのない日、時間のある日は、二人待ち合わせをして星を眺めに出かけることが増えた。
 祐輔が説明をすると、表情をくるくると変えながら聞き入ってくれていた。本当に興味を持ったのか疑いもしたが、どうやら嘘ではないと感じた。
「ギリシャ神話とか好きだったなあ」
 そういえば星にまつわる神話も多い、彼女は小学生の頃、星の名前の由来になった神の名前を覚えたこともあったようだ。
 初対面のあの怖さが嘘のように、春名はニコニコと笑って、祐輔を見返してくる。
(なんなんだよ……)


 春名と出会って十日ほどたった土曜日。
 夕方の家庭教師のバイトが終わって携帯電話を覗いてみたが、春名からの連絡はなかった。毎日のように送ってきていたのに、今日は何もない。
 バイト前にもバイト中にも、生徒に見つからないようこっそり覗いてみたが、春名からは何もなかった。
(今日は何にもない、か……)
 なんとなく寂しい気持ちになった。
 毎日毎日、しつこいほどにいろんなメールを送りつけてくる春名だった。
《こんなオムライスのお店見つけた☆ 奢ってよ》
 ローカル雑誌かフリーペーパーと思われる記事に掲載されている料理店のカット写真を、携帯で撮影した写真も添付されていた。
 星のこと以外の、日常の話題も送ってきている。
《オリオン座って、夏には見られないの?》
 春名は知らなくてどこかで聞いたのか、そんな疑問を送ってきたりもした。
 こんなにたくさんのメッセージのやりとりをすることのない祐輔には、とても新鮮ではあった。
 女子はこのような可愛いメッセージのやりとりが好きらしい、と周囲の男子に聞いたことがあったが、春名も例に倣ったタイプと思えた。
 そんな春名から急にメッセージが途絶えている。だからと言って、こちらからメールする必要も無いし、そんな理由もない、何より度胸はない。
 春名はその辺の女の子と同じように、いろいろ予定だってあるだろうし、人脈が広そうではあるし、それに、別に自分の……「彼女」ではない。
(カノジョ……)
 考えてみたら、春名のことを殆ど知らないことに気づいた。
 苗字がなんていうのかすら知らない。
 なんとなく同じ大学だろうということはわかったけれど、本当に同じ大学という決定的な証拠もない。だったとしても、何学部なのかも知らない。
 いつも春名に対して敬語を使ってしまっているが、年上なのか同級生なのかすらわからない。
 知ってるのは「春名」という名前だけだ。
(あとは、彼氏がいるってことか)
 祐輔はぶんぶんと首を振って自転車をこぐ足に力を加えた。
(そうだ、恋人がいるのに、夜にしょうもない男と出かけるなんて、どうなのかな)
 元気がなかったのは、彼氏とケンカでもして……暇つぶしに自分と遊んでいたのかもしれない。
(うん、たぶんそうだったんだ……)
 自分のなかに、たった何日かの間で春名の存在が大きくなっていることは、祐輔自身気づいていなかった。
 それに気づかず、なんだかもやもやした気分がこみ上げてくる。
 振り回されていただけなんだ、と思うと腹立たしさも湧き上がる。
 それがなんだか悔しくて、振り払うように更に自転車をこいだ。
 せっかくの土曜日なのに。
(ああ、そっか、土曜日だから春名さんは彼氏と一緒にいるんじゃないのか)
 彼女が自分に会いに来たのは、ただ純粋に星を見たかった、それだけだ。
(今日なら、長く星が見てもらえると思ったんだけどな……)
 それに、と嘆息する。
(今日からコンタクトにしたのにな……)
 春名の言葉を真に受けたわけじゃないが、眼鏡をやめてコンタクトにしようと決意した祐輔だ。そして思い切って、この前眼科に行ってみた。
 ついに今日からコンタクトを一日中装着できるようになったのに。
 決して懐が温かいわけではないが、長い目で見て、コンタクトを使用してみるのも良いと考え、奮発してみたのに。
(別に春名さんに見てもらいたいわけじゃないけどね!)
 眼鏡を直してくれたのも春名だったけれど。
(でも、春名さんに言われたことがきっかけだったし)
 自分のなかで、たくさんの言い訳が思い浮かぶ。誰に話すこともないというのに。
 今日一日コンタクトにしていて、周囲の評判はなかなかいいものだった。
 ──アパートの駐輪場につき、とぼとぼと部屋に向かう。
「ん?」
 いつかの場所に、彼女の姿があった。
 もちろん春名だ。
 どきん、と胸が高鳴る。
 あの時と同じように、腰を下ろしていた。
 体育座りをして顔を伏せていた。
「春名……さ、ん……?」
 顔をあげた春名は、今日もあの日と同じように目が腫れていた。
「…………」
(この前より、ひどい……?)
 泣き腫らしたような目をしていた。
 ゆっくりと立ち上がり、お尻をぱんぱんと手で払った。
「待ってらしたんですか? 連絡くれたらよかったのに」
「………………」
 彼女は何も言わない。
「な……何かあったんですか? ちょっと、休んでいきますか? 麦茶くらいしかないですけど」
 鍵を開け、ドアを大きく開いて、春名に小さく手招きした。
 春名の顔をを見て、祐輔は胸が痛くなった。
 瞬間、春名は、ふらふらとよろめき、段差にけつまづいた。
「あっ」
 ……かと思うと、開いたドアにゴツン……と頭の前頭部を命中させた。
「ええっ!?」
 よりによって頭を打つなんて。
 部屋に急いで上がらせ、座るように言うと、祐輔はタオルを持ってきて水に浸して絞った。
「これ、当てましょう。おでこですか?」
 春名は俯き加減で頷いた。
「前髪、濡れますけど、仕方ないと思ってくださいね」
 彼女は大人しく従い、タオルを当てていた。
 しばらくタオルで頭を冷やしたあと、祐輔は春名の頭を手で触った。
「この辺ですよね? 痛みますか」
「痛いい」
「あっ、強すぎました? すみません。たんこぶになってるみたいですから、たぶん大丈夫ですよ。たんこぶができないと、かえって危険なんだそうですよ」
 大丈夫ですからね、と祐輔は告げ、タオルと洗面器をちゃぶ台に運んだ。
 麦茶しかありませんが、と言ったとおり、冷蔵庫には麦茶しかなく、コップに注いで差し出した。
 一緒に、ビニール袋に氷を入れた袋を渡した。
「どうぞ」
「……ありがとお」
 春名はたんこぶの上に袋を乗せた。
 ちょっと間抜けな様子だったが、それは言わないでおいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...