星恋月夜(ほしこいづくよ)

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12.真実

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「あの……だ、大丈夫ですか……?」
 立ち尽くしたままの春名に、祐輔は恐る恐る尋ねる。春名はぼうっとしたままだったが、祐輔に声をかけらたことで我に返ったようだった。
「あの、部屋に入りませんか?」
「え……」
「まずは、頬、冷やしましょう」
 部屋にどうぞ、と祐輔が促すと彼女は頷いた。
 ローテーブルの前に座らせ、祐輔は洗面所からハンドタオルを持ってくると、水に濡らして春名に差し出した。
「早く冷やしましょう」
 だが春名が手を出そうとしないので、
「当てますよ」
 祐輔が頬にハンドタオルを当ててやった。
 顔色が悪い春名の視線は、じっとローテーブルに落ちたままだ。
 いろいろ尋ねたいことはあるのだが、そんな空気ではないなと思い、言葉を飲み込んだ。
(隣が……春名さんの彼氏の部屋……。偶然なんだろうけど……)
 春名の長いまつげを見やり、動かない彼女の顔をこっそりと見つめる。
(いや……待て。違うな、僕の部屋が隣だってことのほうが偶然なんだろう。春名さんと出会った日の翌日に、この人はここにいた。僕を攻撃するために待ち伏せてたって思ったけど、そうじゃない、彼氏の部屋に来たら、たまたま僕が来たんだ……)
 壁に耳を当てて音が聞こえるか、と尋ねたりもした。両部屋の壁に耳を当てるわけじゃなく、彼氏側の部屋の壁だけに耳を当てていた違和感もここで解決する。
(この部屋にちょくちょく来るのは……彼氏に会いたかったから……なんだな)
 そうか、そういうことか、と祐輔は内心で納得した。
(僕じゃ、なかった……)
 星を見たいと言ってわざわざ来ていたのも、ただの口実だったのだろう。
 それに気づいて、胸の奥がざわざわし、途轍もない寂しい感情が押し寄せてきた。
 ズキズキと胸が痛むのはなぜだろう。
(なんでこんなにショック受けたみたいな気持ちになってるんだろう)
 泣きそうな気持ちになった。
「美幸に……告白したの……?」
「えっ!?」
 唐突に口を開いた春名の問いに、祐輔は素っ頓狂な声を上げた。
 春名の瞳がゆらりと動き、祐輔を見た。
「してませんよ。してないのに、なんかフラれたみたいになってますけど」
「美幸が……名前で呼び合うくらい仲良かったんだね」
「前にも言いましたよね、憧れの先輩だって。それだけです。春名さんにはどうでもいい話でしょうけど」
 つい口調が嫌味になってしまう。
 それに美幸が自分のことを二度ほど名前で呼んだのが不思議だった。
 それよりも、
「……お二人は、知り合いだったんですね。というか、彼氏さんが同じ人だったみたいですけど」
 言わなくていいことが口から飛び出していた。
「……三股かけられてたみたい。いつだったか、知っちゃって……前回、鈴木君にハンカチ借りた日に」
「…………」
(もしかして、あの日、それで泣いてた……?)
「三股じゃ済まなさそうだけど。美幸とわたしは、異母姉妹」
「……えっ!?」
 驚いた拍子に、ハンドタオルをぼとりと落としてしまった。
「あ、すみません」
(異母姉妹……ってことは、お父さんは同じってことだよな……)
 ハンドタオルを手にし、裏返して春名に差し出した。
 自分でどうぞと言わんばかりに、彼女の手に乗せてやると、受け取ってくれた。
「わたしの母親が妊娠している時に、美幸の母親と不倫してたの、父親が。わたしが先に生まれて、そのあとに美幸が生まれた……。そのあと父親はわたしの母親と離婚して、美幸の母親と再婚してる」
「えー……」
 言葉では簡単に説明できても、現実は複雑だったと思われた。
(あっ……)
 春名を見て美幸の面影を感じた理由に気づいた。
(お父さんが同じ……)
 もちろん全く違う人物ではあるが、似た部分があるのかもしれない。
(だからか……)
「直輝も……先にわたしが付き合ったのに、美幸に盗られた。盗られたのはわたしのほう」
 泥棒猫、と言われたことが引っかかっていたのかもしれない。
「えと……」
 中学生の頃、美幸の存在を知ったのだと春名は話し出した。
「あのう、僕が聞いていい話なんですか? 無理に言わなくても」
「聞きたくない?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「じゃあ、適当に聞き流してくれていいから」
「はあ……」
 中学生の頃、学校帰りに美幸が現れ、突然罵倒されて驚いたと言った。
(そりゃ、驚くよね……)
 母親に尋ねると、離婚した父親の再婚相手の娘で、連れ子などではなく同じ父親の娘だと知らされ、衝撃だったという。
 当時、父親は時々会いに来て、外で一緒に食事をすることがあったという。春名の母親は看護師で、父親は医師だったらしい。美幸の母親はごく普通の専業主婦だったそうだが。
「後から知ったけど、父親はその時また既に美幸の母親と離婚していて、別の人と浮気してたそうよ」
「えー……えー……」
(なんか……医者でもクズな人がいるもんなんだな……)
 父親が春名に会いに行っていると知って、どうしてだか恨みを募らせていたようだ。矛先は次の浮気相手の女性やその家族ではないのか。そちらで子供をもうけていたかどうかはわからないとのことだが。
(美幸さんも……なんだか、よくわからない……)
「美幸は、鈴木君と同じ高校だったみたいだけど……わたしは全然違う所に住んでたの。一度美幸が来たくらいで、もう会うこともないと思ってた。母は、父と別れてから勤務先を変えて引っ越してるし。……大学はたまたま、と思いたいけど」
 よくわからない、と春名は口調を変えずに淡々と言った。
 美幸が一方的に春名を恨んだり妬んだりしていたように思える。
「直輝は……どうかな、ほんとに、たまたまと思いたいんだけど」
 直輝とは、人を介して参加した飲み会で知り合って意気投合したという。
 今思えば直輝は、自分を気に入った女子を片っ端から口説いていたように思うと春名は言った。奥手な女子や男を知らなさそうな女子は簡単に手中に入れていたようだ。
(そんな男もいるんだ……)
「わたしとは会う回数が減って、ほかの女の子からの電話や連絡も多かったし」
「…………」
「所詮遊ばれただけなんだなあって」
 乾いた笑いを洩らす春名だったが、その顔は笑ってはいない。
「でも……春名さんは、好きだったんでしょう?」
「……うん、好きだった」
 ズキリ、と胸が痛んだ。
 ふと祐輔にぴんと来るものがあった。
「あのスカート……」
「……なに?」
「いえ……」
 言わないほうがいいかな、と祐輔は口を噤んだ。
「スカート……ああ、鈴木君とぶつかって破れたスカートのこと?」
「あ……はい……大事なものって、最初に言ってましたよね……」
「そうね、直輝がくれたものだった……けど、もうとっくに処分してる」
「えっ!」
 捨てたんかい、と祐輔は内心でツッコミを入れた。
(じゃあ、僕はもう必要ないんじゃ……)
 スカートの弁償のために、春名に振り回されてきたというのに。
「直輝と美幸が繋がってるって気づいて……探ってるうちに、美幸だけじゃないってわかって、直輝のことはどうでもよくなってたから」
「そう、ですか」
(どうでも、よくなってた……のか)
 僕はただのストレスの捌け口だったのかな、と虚しさを感じた。
(探って……)
 春名は、ずっと押さえていたハンドタオルを下ろし、
「もう、そろそろいいと思いますよ」
 それを見た祐輔はそう告げた。
 春名は小さく頷いた。
「まだ痛むかもしれませんけど、冷やしましたから……ましにはなったと思います」
「ありがとう……」
「アパートまで送りますよ」
「え……」
「春名さんのタイミングで声かけてください」
 祐輔は立ち上がり、タオルを洗濯機に放り込みに行く。そのあとは、冷蔵庫を開け、何か食べるものがあったかと確認した。
「何か食べますか?」
「……ううん、いい、帰るよ。鈴木君の時間、とっちゃったし……」
「そうですか」
 ゆるりと春名は立ち上がった。
「帰るよ」
「送ります」
「いいよ、別に」
「もう暗いですから」
 遠慮をしても結局は祐輔に送られるということはわかっていた。
 気づけば辺りはすっかり暗くなっている。
 日が暮れるのが早くなったものだと思う。

 春名のアパートまで、祐輔は自転車を押しながら歩いた。
(僕は……利用されていただけなんだな)
 直輝のアパートに来て、女と一緒の現場を確かめるつもりだったのだろう。その後も、口実や言い訳を持って祐輔のアパートを訪れ、壁に耳を当ててみたり……浮気の現場を──自分がそちら側だったわけだが──たまたま祐輔が直輝の隣の部屋だったので、利用するにはちょうどよかったのだ。
「もう、僕の部屋に来る必要はなくなりましたね」
「え……?」
「それじゃ」
 真実に気づいて、胸が痛んだ。
 心のなかに春名が入りこんでしまっていることを認めるわけにはいかず、感情を押し殺すしかなかった。

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