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18.クリスマスイブの夜に
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十二月二十四日、クリスマスイブ。
街はにぎわっている。
あの日以来、祐輔は春名と会うことはなかった。
坂本の姿は構内で見かけたが、隣には違う女性がいた。
(なっ……なんだアレ!?)
大人の関係になれたらそれでいいのか、と呆れてしまった。
しかも見るたびに相手が違う気がしている。
春名はどうも下らない男にひっかかってしまうようだ。
(でも、別れたってことなのか……)
今日は、恋人のいる友人達は宣言どおり泊まりのデートに出掛けている。
残った者や恋人を募集している者は、合コンに連れ出された。祐輔は乗り気ではなかったが、バイトもないし、
「頼む、おまえにも来て欲しい」
となぜか懇願されて渋々参加することになった。
その分、参加費は半分でいいと言われ、理由がわからなかったが、あとで判明することになった。
どうやら相手側に、祐輔を呼んでほしいという女子がいたらしかった。
(気に入られる覚えないけどな……)
垢抜けた、とまではいかないが、入学した頃よりどうやら魅力的に映ったらしく、祐輔とお近づきになりたいと思っていたらしかった。
(だとしたら、それは春名さんの影響かな……)
眼鏡をやめてコンタクトにし、髪型が変わったわけではないが、伸ばしすぎないように気をつけてはいる。服装も特に変えてはいないが、雰囲気が変わったことで、全体的に変わったように見えているらしかった。
別の学部の、一人の女子生徒が祐輔のとなりを陣取って、しきりに話しかけてきた。
適当に話を聞いていたが、あまりこういう場所はなじめないなと感じる祐輔だった。
「鈴木君の好みはどんな女性?」
そう言われ、特にないけど、と前置きをしたあと、
「気が強くてちょっと乱暴で、でも泣くと可愛い人……」
出た言葉はこれだった。
「何それー、そんな人いる?」
(いる……)
「そうだね、いないかあ……。漫画のキャラクターみたいだよね」
「うん、気が強くて乱暴だなんて、なんか物騒だよ?」
「確かに、物騒だな……」
ああこれは春名のことを言ってしまっている、と気づいた。
春名が物騒だと言っているようなものだった。
気乗りのしない合コンという名の飲み会を終え、ただただ疲れだけが残っていた。酒を飲むわけではないし、食事もそこまで口にしない。仲間のなかには、親しくなった女子と消えていった者もいるし、連絡先を交換して仲良くなっている者もいた。
祐輔は、さっさと店を出てアパートに戻ろうとしていた。
***
アパートの前で、いつかのように春名が座っていた。
「春名さん……」
二週間ぶりくらいだろうか。
あの日も寒いなか彼女は待っていたが、まだ早い時間だった。
今日はもう二十一時を過ぎている。
「なんで……」
祐輔の顔を見ると、嬉しそうな顔になった。
「よかった、帰ってきた。連絡つかないし、帰ってこなかったらどうしようかと思いながら、もうちょっとだけ待とう、って思って……」
もしかしたら彼女と泊まったりしてるかもって思ったけど、とあり得ないことを彼女は言った。
(連絡……?)
祐輔は慌ててスマホを取り出した。
着信とメッセージがいくつか入っている。
(気づかなかった……)
「すみません、見てなかったです……」
飲み会で、誰とも連絡先の交換をしていないので、スマホを見ることもなかったのだ。
慌てて春名に歩み寄ると、彼女は安堵したような笑みを浮かべた。
手袋もしていない手は、冷たくなっていそうだ。
傍らには、フライドチキンの店の名前が入った箱が置かれている。もう一つ、小さな白い箱もあった。
(……?)
「随分、待ったんでしょうね……」
「うん、まあ……それなりに」
ふにゃりと笑った春名の姿に、申し訳なさでいっぱいだった。前回は、邪険にしてしまったが今日はそんなことをしようとは思わなかった。
思い切って春名の手を取ると、彼女の手は氷のように冷たかった。
「冷たっ……。こんなになるまで……すみません」
「平気」
平気なわけないでしょうっ、と叱ったあと、彼女を部屋に上がらせた。
すぐにヒーターの電源を入れ、春名の好きなホットココアを作るため、湯を沸かす。
「ほら、温まってくださいね」
祐輔の部屋には炬燵はない。ヒーターが頼りだ。エアコンを点けはするがが、まずはヒーターを使って、併用するようにしている。
ふと見ると、春名の目に泣いた跡があった。
(なんで……)
自分が来ないことを腹を立てて泣いたのだろうか。それとも、悲しくて泣いたのだろうか……わからなかった。
「手、出してください」
「……うん」
春名は素直に両手を出した。
その冷たい手を取ると、自分の手で包む。決して自分の手が温かいわけではないが、春名の手の冷たさを感じ取るくらいの温もりはあった。自分の手が冷たければ、彼女の手の冷たさをさほど感じなかっただろう。
小さな柔らかい手を撫で擦り、熱を与える。
「気休めかもしれませんけど」
ううん、と春名は首を横に振った。
「寒かったでしょう……」
「うん」
「電話やメッセージに気づかなくてすみませんでした」
「デートだった……? 彼女出来たんだ」
「うえっ!?」
ちちちちち違いますっ、と祐輔は手を擦りながら否定した。
「でも、お酒の匂いがする。香水の匂いもするし」
「え……」
鼻をスンスンと動かし、自分から発する匂いを辿ろうとしたが、自分ではよくわからなかった。
「僕は飲んでません。香水もつけてませんし。人のが移ったのかも」
「……そう、女の子と一緒だったってわけだ」
「……否定はしません」
彼女は自分の手を包む祐輔の掌の動きに視線を落としていた。
「もう、大丈夫。ありがとう」
そっと祐輔の手から退いて、春名は小さく笑った。
お湯が沸き、ホットココアを差し出すと嬉しそうに笑った。
「鈴木君の入れるココア、いつも美味しいよね」
「……インスタントですけど」
「それでも、よ」
部屋も少しずつ暖まっていく。同時に、ローテーブルの上の、大きいほうの箱からは香ばしい香りが漂っていることに気づいた。
(ああ……フライドチキン……)
「会いたかったんだ」
と春名は言った。
「クリスマスイブだから……鈴木君は予定がないって勝手に思ってた。ごめんね、失礼なこと思って。でも……デートだったんだね」
「だ、か、ら、ちがいますって」
と祐輔は首を大きく振った。
「彼女が出来たんじゃなくて?」
違いますって、と祐輔は不服そうに言う。
数合わせの合コンに連れて行かれて、なんでイブに合コンなんだと思ったけれど、どうしてもって連れていかれて……と、ぶつぶつ言い訳をした。自分目当ての人がいたということは言わなかった。言いたくなかった。
(知られたくない……)
「わたしは、会いたかったんだ……鈴木君に。鈴木君が誰とイブを過ごす予定でも。それでも……会いたかった」
わたしのわがままなんだ、と小さく笑った。
「アパートにいなかったし、電話に出ないから、いつの間にか相手がいるんだなって思ったけど、それでも、逢いたかった」
「えっ……」
「それだけ。逢えたら嬉しいな、って……ただそれだけ」
春名は両手でココアのマグカップを包み、口をつけた。
祐輔は春名の潤んだ瞳に、胸をえぐられるような思いだった。
(僕だって……)
顔が火照ってゆくのを感じた。
「僕は、いつも……逢いたくて逢いたくて、学校で春名さんを探してました……」
どうしようもないとわかってるのに……と声を震わせる。
「でも、見かけることがなくなって……」
学部が違うのだから仕方がない。春名や坂本と出会したのは、彼らがこちらに来ていたからなのだ。
「坂本さんの彼女だってわかってたけど、僕にはどうしようもできないし……好きなのに……」
春名はマグカップを置いて、祐輔を見た。
「鈴木君、顔をあげて」
「……はい」
祐輔は真正面から彼女を見た。
「今のは、独り言?」
「…………」
「独り言じゃないなら、わたしの目を見てもう一度言ってよ」
優しい瞳だ。
祐輔の言葉を待っているようなものだった。
「僕は……春名さんが……好きです……」
なんとか振り絞って口から吐き出した。
『好き』という二文字は、たった二文字なのに途轍もないエネルギーを必要をする言葉だと思った。この二文字を言うのに、喉がカラカラになってしまう。
「ありがと。わたしも……好き」
「え……」
目に熱いものがこみ上げて、何かが頬を伝っていった。
「あ……あはは、なんでだろ……」
慌てて指で滴を掬うが、次から次へと溢れ出して止まらなかった。
春名はハンカチを取り出し、手を伸ばして祐輔の涙を拭ってくれた。
「馬鹿ねえ、泣くほどわたしが好きなの?」
呆れたのか困った顔で彼女は言う。
「……はい、たぶん」
「そんな情熱的な告白されたことないよ」
「そう、ですか……。なんかかっこ悪くて恥ずかしいですけど」
「そんなことない」
拭ってくれたあと、春名は身を乗り出して、さらに拭った。
「全然悪い気はしない」
そう言って、元の体勢に戻った。
「ありがとう、ございます……」
「うん、いいよ」
涙に濡れた目と、彼女の目が合うと、気恥ずかしくて俯いてしまった。
もう一度顔を上げると、春名はじっと見つめていた。
「な、なんですか……」
「やっと、言えたなあって思って」
「……やっと、ですか」
「うん、鈴木君に嫌われてるってわかってたけど」
「嫌ってなんか! 嫌ってなんか……ないですよ……」
いつの間にか僕の心の中に入り込んできて、気づきたくなかった気持ちなのに、利用されていただけとわかって酷く打ちのめされて。気づかないようにしていたのに、気づいたら止まらなくなって。恋愛なんて自分は関係ないと思っていたのに。
「自分がこんな感情を持てる日が来るなんて、不思議です……」
「……わたしも、そうかも」
また目が合うと、今度は笑い合った。
その笑みが眩しく感じる。
照れくさくて、なんだかくすぐったいが、温かい気持ちで溢れそうだった。
街はにぎわっている。
あの日以来、祐輔は春名と会うことはなかった。
坂本の姿は構内で見かけたが、隣には違う女性がいた。
(なっ……なんだアレ!?)
大人の関係になれたらそれでいいのか、と呆れてしまった。
しかも見るたびに相手が違う気がしている。
春名はどうも下らない男にひっかかってしまうようだ。
(でも、別れたってことなのか……)
今日は、恋人のいる友人達は宣言どおり泊まりのデートに出掛けている。
残った者や恋人を募集している者は、合コンに連れ出された。祐輔は乗り気ではなかったが、バイトもないし、
「頼む、おまえにも来て欲しい」
となぜか懇願されて渋々参加することになった。
その分、参加費は半分でいいと言われ、理由がわからなかったが、あとで判明することになった。
どうやら相手側に、祐輔を呼んでほしいという女子がいたらしかった。
(気に入られる覚えないけどな……)
垢抜けた、とまではいかないが、入学した頃よりどうやら魅力的に映ったらしく、祐輔とお近づきになりたいと思っていたらしかった。
(だとしたら、それは春名さんの影響かな……)
眼鏡をやめてコンタクトにし、髪型が変わったわけではないが、伸ばしすぎないように気をつけてはいる。服装も特に変えてはいないが、雰囲気が変わったことで、全体的に変わったように見えているらしかった。
別の学部の、一人の女子生徒が祐輔のとなりを陣取って、しきりに話しかけてきた。
適当に話を聞いていたが、あまりこういう場所はなじめないなと感じる祐輔だった。
「鈴木君の好みはどんな女性?」
そう言われ、特にないけど、と前置きをしたあと、
「気が強くてちょっと乱暴で、でも泣くと可愛い人……」
出た言葉はこれだった。
「何それー、そんな人いる?」
(いる……)
「そうだね、いないかあ……。漫画のキャラクターみたいだよね」
「うん、気が強くて乱暴だなんて、なんか物騒だよ?」
「確かに、物騒だな……」
ああこれは春名のことを言ってしまっている、と気づいた。
春名が物騒だと言っているようなものだった。
気乗りのしない合コンという名の飲み会を終え、ただただ疲れだけが残っていた。酒を飲むわけではないし、食事もそこまで口にしない。仲間のなかには、親しくなった女子と消えていった者もいるし、連絡先を交換して仲良くなっている者もいた。
祐輔は、さっさと店を出てアパートに戻ろうとしていた。
***
アパートの前で、いつかのように春名が座っていた。
「春名さん……」
二週間ぶりくらいだろうか。
あの日も寒いなか彼女は待っていたが、まだ早い時間だった。
今日はもう二十一時を過ぎている。
「なんで……」
祐輔の顔を見ると、嬉しそうな顔になった。
「よかった、帰ってきた。連絡つかないし、帰ってこなかったらどうしようかと思いながら、もうちょっとだけ待とう、って思って……」
もしかしたら彼女と泊まったりしてるかもって思ったけど、とあり得ないことを彼女は言った。
(連絡……?)
祐輔は慌ててスマホを取り出した。
着信とメッセージがいくつか入っている。
(気づかなかった……)
「すみません、見てなかったです……」
飲み会で、誰とも連絡先の交換をしていないので、スマホを見ることもなかったのだ。
慌てて春名に歩み寄ると、彼女は安堵したような笑みを浮かべた。
手袋もしていない手は、冷たくなっていそうだ。
傍らには、フライドチキンの店の名前が入った箱が置かれている。もう一つ、小さな白い箱もあった。
(……?)
「随分、待ったんでしょうね……」
「うん、まあ……それなりに」
ふにゃりと笑った春名の姿に、申し訳なさでいっぱいだった。前回は、邪険にしてしまったが今日はそんなことをしようとは思わなかった。
思い切って春名の手を取ると、彼女の手は氷のように冷たかった。
「冷たっ……。こんなになるまで……すみません」
「平気」
平気なわけないでしょうっ、と叱ったあと、彼女を部屋に上がらせた。
すぐにヒーターの電源を入れ、春名の好きなホットココアを作るため、湯を沸かす。
「ほら、温まってくださいね」
祐輔の部屋には炬燵はない。ヒーターが頼りだ。エアコンを点けはするがが、まずはヒーターを使って、併用するようにしている。
ふと見ると、春名の目に泣いた跡があった。
(なんで……)
自分が来ないことを腹を立てて泣いたのだろうか。それとも、悲しくて泣いたのだろうか……わからなかった。
「手、出してください」
「……うん」
春名は素直に両手を出した。
その冷たい手を取ると、自分の手で包む。決して自分の手が温かいわけではないが、春名の手の冷たさを感じ取るくらいの温もりはあった。自分の手が冷たければ、彼女の手の冷たさをさほど感じなかっただろう。
小さな柔らかい手を撫で擦り、熱を与える。
「気休めかもしれませんけど」
ううん、と春名は首を横に振った。
「寒かったでしょう……」
「うん」
「電話やメッセージに気づかなくてすみませんでした」
「デートだった……? 彼女出来たんだ」
「うえっ!?」
ちちちちち違いますっ、と祐輔は手を擦りながら否定した。
「でも、お酒の匂いがする。香水の匂いもするし」
「え……」
鼻をスンスンと動かし、自分から発する匂いを辿ろうとしたが、自分ではよくわからなかった。
「僕は飲んでません。香水もつけてませんし。人のが移ったのかも」
「……そう、女の子と一緒だったってわけだ」
「……否定はしません」
彼女は自分の手を包む祐輔の掌の動きに視線を落としていた。
「もう、大丈夫。ありがとう」
そっと祐輔の手から退いて、春名は小さく笑った。
お湯が沸き、ホットココアを差し出すと嬉しそうに笑った。
「鈴木君の入れるココア、いつも美味しいよね」
「……インスタントですけど」
「それでも、よ」
部屋も少しずつ暖まっていく。同時に、ローテーブルの上の、大きいほうの箱からは香ばしい香りが漂っていることに気づいた。
(ああ……フライドチキン……)
「会いたかったんだ」
と春名は言った。
「クリスマスイブだから……鈴木君は予定がないって勝手に思ってた。ごめんね、失礼なこと思って。でも……デートだったんだね」
「だ、か、ら、ちがいますって」
と祐輔は首を大きく振った。
「彼女が出来たんじゃなくて?」
違いますって、と祐輔は不服そうに言う。
数合わせの合コンに連れて行かれて、なんでイブに合コンなんだと思ったけれど、どうしてもって連れていかれて……と、ぶつぶつ言い訳をした。自分目当ての人がいたということは言わなかった。言いたくなかった。
(知られたくない……)
「わたしは、会いたかったんだ……鈴木君に。鈴木君が誰とイブを過ごす予定でも。それでも……会いたかった」
わたしのわがままなんだ、と小さく笑った。
「アパートにいなかったし、電話に出ないから、いつの間にか相手がいるんだなって思ったけど、それでも、逢いたかった」
「えっ……」
「それだけ。逢えたら嬉しいな、って……ただそれだけ」
春名は両手でココアのマグカップを包み、口をつけた。
祐輔は春名の潤んだ瞳に、胸をえぐられるような思いだった。
(僕だって……)
顔が火照ってゆくのを感じた。
「僕は、いつも……逢いたくて逢いたくて、学校で春名さんを探してました……」
どうしようもないとわかってるのに……と声を震わせる。
「でも、見かけることがなくなって……」
学部が違うのだから仕方がない。春名や坂本と出会したのは、彼らがこちらに来ていたからなのだ。
「坂本さんの彼女だってわかってたけど、僕にはどうしようもできないし……好きなのに……」
春名はマグカップを置いて、祐輔を見た。
「鈴木君、顔をあげて」
「……はい」
祐輔は真正面から彼女を見た。
「今のは、独り言?」
「…………」
「独り言じゃないなら、わたしの目を見てもう一度言ってよ」
優しい瞳だ。
祐輔の言葉を待っているようなものだった。
「僕は……春名さんが……好きです……」
なんとか振り絞って口から吐き出した。
『好き』という二文字は、たった二文字なのに途轍もないエネルギーを必要をする言葉だと思った。この二文字を言うのに、喉がカラカラになってしまう。
「ありがと。わたしも……好き」
「え……」
目に熱いものがこみ上げて、何かが頬を伝っていった。
「あ……あはは、なんでだろ……」
慌てて指で滴を掬うが、次から次へと溢れ出して止まらなかった。
春名はハンカチを取り出し、手を伸ばして祐輔の涙を拭ってくれた。
「馬鹿ねえ、泣くほどわたしが好きなの?」
呆れたのか困った顔で彼女は言う。
「……はい、たぶん」
「そんな情熱的な告白されたことないよ」
「そう、ですか……。なんかかっこ悪くて恥ずかしいですけど」
「そんなことない」
拭ってくれたあと、春名は身を乗り出して、さらに拭った。
「全然悪い気はしない」
そう言って、元の体勢に戻った。
「ありがとう、ございます……」
「うん、いいよ」
涙に濡れた目と、彼女の目が合うと、気恥ずかしくて俯いてしまった。
もう一度顔を上げると、春名はじっと見つめていた。
「な、なんですか……」
「やっと、言えたなあって思って」
「……やっと、ですか」
「うん、鈴木君に嫌われてるってわかってたけど」
「嫌ってなんか! 嫌ってなんか……ないですよ……」
いつの間にか僕の心の中に入り込んできて、気づきたくなかった気持ちなのに、利用されていただけとわかって酷く打ちのめされて。気づかないようにしていたのに、気づいたら止まらなくなって。恋愛なんて自分は関係ないと思っていたのに。
「自分がこんな感情を持てる日が来るなんて、不思議です……」
「……わたしも、そうかも」
また目が合うと、今度は笑い合った。
その笑みが眩しく感じる。
照れくさくて、なんだかくすぐったいが、温かい気持ちで溢れそうだった。
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