星恋月夜(ほしこいづくよ)

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19.恋情

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 春名が持ってきたフライドチキンとケーキの箱を開け、温めて彼女の前に出した。
「鈴木君は食べないの?」
「僕は……うーん、お腹が空いてなくて」
「あ、そっか、食事したんだもんね」
「……すみません。春名さんは食べてくださいね」
「鈴木君と一緒に食べようと思ってたけど、仕方ないか」
「ごめんなさい」
 謝らないで、と彼女は笑った。
 量はたくさんなかったので、彼女が一人で平らげることはできた。ケーキは二つあるということで、一つはもらうことにした。
「夜遅い時間なのに、いいんですか?」
「今日はもういい。っていうか、食べたあとに、そんなこと訊かないでよ」
「すみません」
「鈴木君は謝りすぎ」
「はい……」
 いつもの春名の調子に、なんだか安心する祐輔だった。

 後片付けまで終わると、春名は、
「そろそろお暇するね」
 と帰り支度をはじめた。
「あっ、はい、じゃあ、送ります」
「……うん、お願いしてもいいかな」
「もちろん。今日は素直ですね」
 いつもは遠慮をする春名だったのに、今日は違う回答だったので思わずそう言ってしまった。
「一言多いよ?」
「あっ、すみません」
「いいけど。事実だし」
 ぷいっと顔を背けた春名が可愛らしく見えて、吹き出してしまった。
「何よ」
「何も」
「十一時前でしょ、一人は無理……」
「送りますよ、ちゃんと」
 そんな薄情じゃありませんから、と祐輔が笑うと、春名も笑った。
 先に玄関を出ようとした春名が、くるりと向き直った。
「ねえ」
「どうしました?」
 彼女は少し言い辛そうに口ごもっている。
 トイレかな、と祐輔は小首を傾げたが、
「わたし……鈴木君の彼女になってもいいんだ、って思っても大丈夫?」
 上目遣いにそう言った。
「確認……」
 相思相愛であることは確認したが、それだけだった。自動的に恋人の関係になるわけではないのだと改めて気づいた。
「……僕と、付き合うってことで、しょうか」
「……うん」
「僕で、いいんですか? 車持ってないですし、野暮ったい大学生でしかないですよ」
「うん、鈴木君が、いいから」
 顔を赤らめ春名が見上げてきた。
(うっ……こんな顔、反則!)
 出会った時とは大違いだ。
 しおらしく、潤んだ瞳で見上げている。
「……僕の、恋人になってください」
「はい。お願いします」
 大きく頷いたあと、彼女は両手で顔を覆った。
「ど、どうしました?」
「こんなの、初めてで恥ずかしくて……」
「ぼ、僕だって恥ずかしいんですよ……」
 緊張しっぱなしで心臓がドキドキいってるし、と呟いた。彼女には聞こえたようで、
「わたしだって」
 と言われてしまった。
 よくよく見てみると、春名の耳が真っ赤だった。
「今じゃ鈴木君にこんなドキドキしてるのに……出会った日の自分を殴りたい」
「はは……」
 行きましょうか、と祐輔も靴を履いた。
 狭い玄関で、二人の身体はぶつかり、
「あっ、すみません、先に出てもらっていいですよ」
 と春名を促した。
 だが春名はドアを開けようとはせず、また祐輔のほうに向き直った。
「この前の……続き、してもいい?」
「え? 続き……?」
 何のことだろうときょとんとして、春名を見下ろした。
「今は駄目です、人の彼女に手を出せない、って言われたから……」
「あ……」
 思い出した。
 前回春名に会った夜、彼女のアパートの前で春名とのやりとりのことだ。春名の唇が近づいてきたのを、掌で止めたのだった。
「もう、今は……いいよね?」
「…………」
 祐輔は拒絶できず、いや拒絶する必要はないのか、どう答えたらいいのかな、と考えたが、思案しているうちに、あの時のように春名が背伸びをし、顔を近づけてきた。
 頬に手を添えられ、顔をぐいと引き寄せられた。
 目を閉じた彼女の顔がすぐそばにある、と思うや否や、もう唇が重なっていた。
 少し冷たくて……柔らかい。
 なのに身体がカッと熱くなった気がした。
 すぐに春名が離れる気配がして、祐輔は呆然とした。
「鈴木君……? 大丈夫……?」
 とんとんと腕を軽く叩かれ、我に返った。
「あ……はい、大丈夫です」
「ほんとに?」
「だ、大丈夫です」
(初めての……)
 自分にこんな日が来るなんて思いもしなかった。
 そう思うと顔が強張ってしまう。
「春名さん」
「はい」
「嬉しくて、顔がにやけそうです……」
「そのわりには顔が固まってるよ」
「……そ、そうですか」
「でも、嬉しいって思ってくれるなら、よかった。わたしも、嬉しいしさ」
 ドアを開け、春名が先に外に出た。
 冷たい空気が、熱くなった身体には心地よかった。
「じゃあ、自転車取ってきます」
「うん」
 顔を見合わせ、少し照れながら頷いた。
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