星恋月夜(ほしこいづくよ)

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20.知りたい(前編)

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 春名が怒っている。
 昨日のクリスマスイブから関係が進展し、今日も学校が終わってから春名が来てくれた。そして今日は部屋で一緒に過ごしているが、途中春名の機嫌が悪くなってしまったのだった。
(そんなことで怒るのか?)
 というようなことだった。
 これまである程度春名に振り回され、性格もなんとなく一筋縄ではないと思っていたが、強ち外れてはいなかったようだ。
 きっかけは、祐輔の誕生日のことだった。
「鈴木君の誕生日っていつ?」
 そう尋ねられて、
「十二月二十四日です」
 とごく普通に答えた。
「えっ」
「……昨日ですね」
 十九歳になりました、と言うと、春名の顔色が変わった。
「なんで……」
「え?」
「なんで言ってくれなかったの」
「えと……昨日が誕生日だってことをですか?」
 うん、と彼女は頷く。
「特に訊かれませんでしたし、言うことでもないかなと思って」
 元々自分のことを他人に話す性格ではないし、アピールするものでもないかと思っているのだが、春名の頬が膨れていた。
「どうしました?」
「教えてくれてもいいじゃない……」
「あの、だから、わざわざアピールするようなことでもないかなと」
 顔が怒っていた。
(え、なんで怒られないといけないの……?)
 祐輔にはわからなかった。
 誕生日を言わないと怒られるものなのか。
 これから仲を深めていけば、教え合うことも出てくるだろうけれど、昨日から付き合い始めて、訊かれてもいない誕生日を言うだなんて、まるで何か贈り物を催促するようではないだろうかと思った。
(女心はわからない……)
 腹を立てたからといって、春名に殴られることはなさそうだが、むっとしている様子だった。
「春名さん? どうして怒るんですか?」
 困った顔で彼女を見るが、祐輔のほうを向かず、膝を抱えてテレビの視聴をしだした。
(はあ……)
 付き合い始めていきなり険悪な空気か、と内心嘆息する。
(やっぱり、合わないのかな……勢いだけじゃあ、な……)
 どうすればいいのかわからないし、機嫌の取り方もわからないので様子を見ることにした。
 テレビを見ている春名の側で、気にしないようにテキストを取り出した。
 ローテーブルを挟んでいるだけの距離だ。狭い部屋だ、離れてもこの程度だ。
 今日出された課題をやらないといけない。明日までというわけではないが、明日はバイトがあるので、きっと時間が取れない。学生は冬休みに入ったし、受け持っている生徒の家庭教師は、年内は年末まで予定が入っている。
(春名さんとも会う時間はないだろうし……)
 春名はきっと実家に帰省するはずで、自分も大晦日から年始くらいまでは帰省しようかと計画している。大学に入ってから一度も帰省していないからだ。
 ちらりと春名が盗み見をしているのか、視線を感じた。
(はあ……)
 立ち上がり、ベッドに移動する。腰を下ろして、そこでテキストを開いた。
「帰ったほうがいい?」
「……別に、いいですよ、いてくださっても」
 テレビが見たいんでしょ、と小さく笑った。
「…………」
 そうしてテレビの音だけが聞こえる空間になった。
 暫くすると、ふいに春名が立ち上がり、祐輔の隣に座った。
 ドキリとした。
 彼女が自分を好きだと言ってくれても、自分が彼女に恋をしている気持ちのほうが大きいのだということだからだろう。
「どうしました?」
 俯いている春名の様子に、もう怒っていないようだと感じた。
「……ごめん」
「何がですか?」
「空気悪くした」
 わかってるんだ、と驚いた。
「別にいいですけど」
「怒った?」
「僕が? なんで怒るんです?」
 怒ってるのはそっちでしょ、と言いたいのを堪えた。
「わたし……こういう性格だから」
「こういう?」
「気が短いっていうか」
「ああ……そうですね」
 初対面に殴られたし、と出会いを思い出した。
「ごめん」
「大丈夫ですよ。機嫌は直してもらえそうですか?」
「……うん」
 とんっ、と祐輔に寄りかかってきた。
 持っていたテキストを傍らに置いて、春名の言葉に耳を傾ける。
「誕生日、お祝いしてあげたかったのに」
「別にいいんですって。これまでも、特に誰かに祝われたことはないし、あー家族くらいですかね。それ以外は特に……」
「だったら!」
 彼女は腕を絡め、頭を擡げてきた。
「だったら、余計に……お祝いしてあげたかった」
「僕は、その気持ちだけで充分ですけどね」
「一年待たなきゃいけないじゃん……」
「じゃあ、来年、祝ってください」
「来年? 来年お祝いできるかな」
「出来ないんですか?」
 なんでそんなこと言うんだろう、と祐輔は首を傾げる。
「ううん、お祝いするわよ。……鈴木君に、愛想尽かされなければ、だけど」
「ああ、そういうこと……」
 春名はこれまで付き合った相手とは長く続いては来なかったようだ。
 前の彼とはそれなりに長かったようだが、何せ本命じゃなく遊びの相手という認識を持たれていたので、彼女には黒い遍歴なのだろう。
「そういう春名さんこそ、僕に愛想尽かしそうですけどね」
「むっ……」
「最初に散々言われましたからね」
 もう言わないでよ、と春名は怒った表情を見せた。
「そんな僕を好きになったのは誰でしょうかね」
「……わたしだけど。そんな性格悪い女を好きになったのは誰よ」
「あー……僕ですね」
 顔を見合わせて、二人は笑った。
「じゃあ、来年、お祝いさせてよね」
「はい、お願いします」
 本当にこの人は僕を好きになってくれたんだな、と思うと嬉しくて仕方がなかった。
「誕生日プレゼント、遅れてでも、あげたいなあ」
 春名がぼそりと言った。
「僕には充分ですけどね、そのぅ……誕生日に春名さんが彼女になってくれたので……」
「そんなの……」
「僕の家はさほど裕福ではなかったのですけど、プレゼントをもらえた小さい頃でも、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼント、一緒でしたし。今年が一番……よかったなあって思ってますから」
 キザなこと言ってる、と春名は笑った。
 今時漫画やドラマでも言わないか、と祐輔は悄げてしまった。悄げたつもりはなかったが、黙り込んでしまったものだから、春名が気を遣うように言い出した。
「何か欲しいものない? 望遠鏡……とまではいかなくても、何かそういうの」
「僕には充分だって言ってるじゃないですか」
「……けど」
「いいんですよ」
 と祐輔は春名を見た。
「寧ろ僕が春名さんにあげられるものがあるのかな、ってそっちのほうが不安です」
「不安に思わなくても……石油王じゃないってわかってるから、そんな金品を要求したりしないよ」
「石油王だったらどうするんですか?」
「石油王なの?」
 春名は半目で祐輔を見る。
「違いますけど」
「……石油王だったら、わたしみたいなのを好きにならないでしょ」
「みたいなの、って……自分をそういう風に言わないでくださいよ」
 春名のことをまだよく知っているわけではない。
 気が強くてちょっと乱暴で、でも泣くと可愛い、ということは知っている。たぶん不器用な人だとは思う。
「正直、石油王じゃなくても、春名さんが欲しいものをプレゼントしてあげられないと思うって話ですよ。貧乏学生だし、車もないし」
「車がなくてもいいってば」
「春名さん、腰掛けOLになりたいんでしょ?」
 ぶっ飛ばすよ、と言われ、冗談に聞こえないなと首を竦めた。
「わたし、面倒な性格だから」
「面倒?」
「……鈴木君が引いちゃうかもしれない」
「はあ……」
「今までだって、最終的には面倒だからって振られてるし」
 そうなんですか、と相槌を打つしかできなかった。春名の男性遍歴は気になるが、興味があるわけではない。知ってしまったらもっと気になってしまう。身体の関係もあっただろうし、恋愛経験すらゼロの自分と比べられることが出てくるだろう。
「そりゃあ、僕だってわからないですけど……。そもそも、僕は……もうわかってると思いますけど、女性と付き合うのは春名さんが初めてですし、どうしたらいいのかわからないことばかりで、これからもそうだと……。僕には比較対象もないですから、春名さんを傷つけることがあるかもしれないし、嫌な気持ちにさせることもあるかもしれません」
「……そうかもしれないけど」
「今の僕には、どういうことが面倒とか、そういうことはわかりません。今は、全部新鮮だし、嬉しいし……好きだから、これに尽きます」
 彼女の顔を覗き込み、はにかんだ。
 みるみるうちに春名の顔が赤らんでいく。
「そ、そんなこと言われたの初めて……」
「そうですか」
「だって、中学生や高校生だってそんなこと言わないよ……」
「はあ」
「鈴木君、ピュアすぎ!」
 ばしっと腕を叩かれ、ぎゃっと悲鳴を上げた。
「ご、ごめん」
「いえ、ちょっと痛かっただけで」
「ごめんなさい……」
(乱暴なのは変わらないけど、なんか謝り方とか、しおらしさがあるなあ……)
 出会った頃の春名は、謝るどころか悪びれもしなかったのに、本当にすまなさそうに祐輔の腕を撫でてくれた。
(好きな人の前では、しおらしくなるのかな)
 何人いたかわからない元彼たちの前では、女の子らしい態度だったのかもしれない。
(そもそも、春名さんは……可愛いほうだと思うし)
「春名さん、大丈夫ですから」
「ほんとに?」
「うん」
「これからもこんなことがあるかもよ」
「初対面で殴られたことに比べれば全然」
「あー……もう、消えたい」
 あはは、と思わず声を出して笑ってしまう。春名にとっては「黒歴史」なのかもしれない。でも、それがあったことで功を奏するならいいのではないかと思ってしまう自分がいた。
「機嫌、直りましたか?」
「機嫌? ああ……うん、拗ねてごめん」
「拗ねてたんですね」
「うん、ちょっと。……わたしのこういうところにも慣れてってよ」
「はい、わかりました」
 頷くと、春名は立ち上がり、祐輔の前に立った。
 見下ろされ、ドキン、と心臓が高鳴る。
「……?」
 ふいに肩を押され、ベッドに倒れ込んだ。
「わっ……」
 そして、春名も一緒に倒れ込んできた。 
 ……前にもこうして倒れ込んできた春名を受け止めたことがあった。
 あの時は酔って、泣いていた。後の話で、あの頃に、好きな男にはほかにも女がいて、別れを切り出されてショックを受けたようなことを聞いたわけだが。知らなかった祐輔は、ただ寄り添うだけだった。
 同じように倒れ込んできた春名だが、背景は全く違う。
 ドキドキの種類も度合いも異なっている。
(まだ慣れてないのに……)
 女子との触れあいの経験のない祐輔は、春名がスキンシップをしてくるだけでドキドキしてしまうのだ。
(春名さんは慣れてるかもしれないけど……)
「鈴木君の心臓の音、聞こえる」
「はあ……まあ、めちゃくちゃドキドキしてると思いますね」
「……うん」
 左胸の辺りに耳を当てられ、早い鼓動を聞かれているかと思うと、羞恥で顔を背けた。
「わたしにドキドキするの?」
「そ、そりゃあ、まあ……」
「そっか」
「好きな人とこんなに密着したら、ドキドキしないわけないですよ……」
「なんか嬉しい」
「え……」
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