英雄は根に咲く

ぼん

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第一部:冒険の根を張る

第3章:水の底に揺れるもの 第3話:空白の協力

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 水底の通路は、徐々に傾斜を増しながら地下へと伸びていた。濡れた岩肌を慎重に進み、苔むした段差を越えるたび、周囲の静寂が一層深まっていく。

「この辺り、地形が複雑に入り組んでる。おそらく……古い水脈跡が交差しているね」

 クレアさんが小声で告げると、先頭のリリィが小さく頷いた。彼女は相変わらず無言のまま、すっと手を上げて進行方向を示す。長弓を背負い、足音ひとつ立てずに歩くその姿は、まるで風そのものだった。

 合流地点の小さな岩室で、リリィははっきりとこう言った。

「必要なら、案内する。けど……仲間になる気はないから」

 その言葉に、場の空気が一瞬凍った。けれどクレアさんもガルドさんも反論はせず、ただ頷いた。

「それでいいよ。今は、無理に名前を並べなくても」

 そう返したクレアさんの言葉に、リリィはほんの少しだけ、目を細めたように見えた。

 今も、その距離感は崩れない。けれど、彼女の矢は常に正確で、確実に“守る”ために放たれていた。

 滑りやすい岩棚に差し掛かったとき、ガルドさんが後方の僕に手を伸ばして支えてくれる。彼の無骨な掌は頼もしく、言葉がなくともその意思は伝わった。

「ありがとう」

 僕が呟くと、彼はわずかに頷き、再び前方へ目を向けた。

 リリィが立ち止まり、手で「待て」の合図を送る。クレアさんも立ち止まり、何かに気づいたように視線を走らせる。

「精霊の残滓。罠があるわ」

 リリィが腰を落とし、岩壁のくぼみを確認する。そこには、感知型の落とし穴罠が仕掛けられていた。薄い結界が張られており、知らずに踏み込めば地底水路へと落とされる類だ。

「……なぜ、こんな深部にまで罠が?」

 僕が思わず問いかけると、クレアさんが静かに答える。

「たぶん、遺物目当ての探索者か、封印区画を守る結界の残骸。いずれにしても、ここが“人の手が届いた場所”ってこと」

 リリィは結界の端に短い矢を差し入れ、器用に罠を解除していく。やがてぱきんと音を立てて罠が壊れた。

「……助かった」

 僕が言うと、リリィはちらりと視線だけを向けたが、何も言わず歩き出した。

 道はさらに狭くなり、水の気配が濃くなっていく。耳を澄ませば、遠くから滝のような水音が響いていた。

「この先、広い空間に出る」

 リリィが呟く。僕たちは頷き合い、武器を構えた。

 開けた空間には、大小さまざまな岩がせり出し、天井から垂れるつらら状の石柱が淡く光っていた。壁面のひび割れから、細く水が流れ落ちている。その水が浅く広がり、足元はすでに湿っていた。

「視界、悪いわね……」

 クレアさんが杖を掲げ、光の精霊術を展開する。光の玉がふわりと浮かび上がり、周囲をほのかに照らした。

「気配、右前方に一つ……いや、二つ。距離は近い」

 リリィの声に、僕たちは一斉に構えを取る。次の瞬間、足元の水面が音もなく割れた。

「来る!」

 鋭い水音とともに、《水潜蛇(すいせんじゃ)》が現れた。先日のものより小柄だが、動きは素早い。《水潜蛇》の一体がクレアさんへ、もう一体が僕の方へと向かってくる。

 ガルドさんが素早くクレアさんの前に入り、盾を構える。《水潜蛇》が牙を剥いて飛びかかった瞬間、盾と《水潜蛇》の体が激しくぶつかり、金属音が響く。

 僕は剣を抜き、前へ踏み出す。水しぶきの中、《水潜蛇》の体が滑るように迫ってくる。

「くっ……!」

 横に跳び、反撃に転じようとした瞬間――矢が飛んだ。リリィの矢が、《水潜蛇》の頭部を正確に貫いた。

「ありがとう……!」

 僕が振り返ると、リリィはすでに次の矢をつがえ、もう一体の動きを追っていた。彼女の集中力は一点に集まり、その瞳は冷静で揺るぎなかった。

 やがて、クレアさんの光の精霊術が敵の動きを止め、ガルドさんが追撃を加える。矢と剣と術と盾――それぞれが自然と連携し、二体の《水潜蛇》を無事に討伐することができた。

「……終わった?」

 水が静まり返り、リリィが矢を納めた。僕は深く息をついて剣を納める。

「皆、無事?」

 クレアさんの確認に全員が頷く。僕は軽く手を振りながらリリィへ目を向けた。

「さっきの矢、すごかった……また助けられた」

 そう言うと、リリィは一拍おいて、ぽつりと返す。

「助けたつもりはない。必要だから、射っただけ」

 その声は変わらず冷静で、感情を押し殺しているようにも思えた。でも、さっき僕を庇ってくれた矢の軌道だけは、嘘じゃないと思った。

「でも……ありがとう」

 僕がそう言うと、リリィは目を伏せたまま小さく頷いた。

 再び通路に戻り、先へと進む。足場の悪い狭路を越えた先に、小さな水場と、自然の光が差し込む岩窓が現れた。そこで短い休憩を取ることにした。

 リリィは少し離れた岩の上で、弓を点検していた。僕は手にした水筒を軽く振り、そっと彼女の隣に座る。

「……この先も案内、してくれる?」

 僕の問いに、リリィは少しだけ口元を引き結ぶと、言葉少なに答えた。

「ここまでは案内した。でも……次も必要なら、また導く」

 それは、少し遠回しな“了承”だった。

 このとき僕はまだ、彼女が何を思っているのかを完全に理解していたわけではなかった。ただ、静かに寄り添うその気配が、仲間の誰よりも確かなものであることだけは、感じていた。
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