英雄は根に咲く

ぼん

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第一部:冒険の根を張る

第4章:砂に沈む約束 第1話:砂塵の迷宮

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 地下二十一階層──砂の遺跡層。

 崩れかけた石柱と乾いた砂丘が迷宮のように広がっていた。ひとつ進むごとに靴底が沈み、粉塵が肺を刺す。渓谷の清流を抜けた後とは思えぬほど、この層は静かで乾ききっていた。

「……息が詰まるね」

 クレアさんが布を口元に当て、肩の光の玉を寄せる。淡い輝きも砂に霞み、視界はさらに狭まった。

 僕は剣の柄を握り直す。砂に吸い込まれる足音、壁を打つ乾いた風。耳に届くのは、自分たちの呼吸と砂塵の音だけだった。

「交代で前に出る。誰か一人に任せると消耗が早い」

 ガルドさんの低い声が響く。重装の彼は盾を構えて歩むが、砂に沈む足取りは重い。
 僕が一歩前に出た瞬間、足元の石畳が崩れかけた。すぐにガルドさんの盾が支えに入り、落下を免れる。

「……危ない」

 短い言葉に、背筋が冷たくなる。

 慎重に進むうち、石壁に古代の刻印が浮かんだ。砂に削られて意味はわからない。ただ「死者の影がここに眠る」とでも告げるような、不気味な気配を放っていた。

「……来る」

 ガルドさんの声と同時に、砂の下から黒い手が伸びた。乾いた骨と破れた布をまとった影──アンデッドだった。

「迎え撃ちます!」

 僕は剣を抜き、振り下ろす。骨が砕け砂に沈むが、斬り払ったはずの影がまた這い出してくる。

「数が多い……!」

 クレアさんが祈りを紡ぎ、光の精霊が砂を押し退ける。淡い輝きが霧を裂き、仲間の視界を確保した。

「俺が前に立つ」

 ガルドさんが盾を突き立て、押し寄せる影を受け止める。乾いた衝撃音が続き、砂煙が舞い上がる。

 僕は火の精霊に意識を向け、刃に炎を灯した。熱が砂を焼き、黒い影を光の渦に呑み込む。

 だが──その直後。

 耳の奥で誰かの声がした。低く湿った囁き。

「……お前は、また守れない」

 振り向くと、砂煙の中に燃え落ちる村の幻が浮かんでいた。あの日の赤。泣き叫ぶ声。掴めなかった手。

「やめろ……僕は──」

 剣先が震え、視界が滲む。

「ニコ君!」

 クレアさんの声が届く。光の輝きが幻を裂き、わずかに現実を取り戻す。

 呼吸を整えながら、僕は胸の奥を握りしめた。

「……大丈夫、僕はここにいる」

 砂塵の迷宮はまだ始まったばかり。だがその深部には、僕らの心を試すものが待ち受けているのを、誰もが感じていた。

 アンデッドの群れを払い、しばしの静寂が訪れる。

 だが、息を吐くたびに肺に入り込む砂が、僕らを休ませようとしなかった。

「……ここは、生きている人間を拒んでいるみたい」

 クレアさんの呟きに、僕はうなずく。彼女の光の玉でさえ、周囲の砂に吸い込まれるように淡くなっていた。

 進む道は複雑に入り組んでいた。石の柱が林立し、そのあいだに砂が流れ込み、通路を塞いでいく。目印を残しても、次の瞬間には砂に埋もれ、消えてしまう。

「戻る道も、すぐ塞がれるな」

 ガルドさんが低く言う。

「……じゃあ、進むしかない」

 僕は剣を握り直した。足元を確かめるたび、砂がざらりと流れ落ちる。

 やがて、広間のような空間に出た。崩れかけた石像がいくつも並び、その顔は砂に削られ判別できない。ただ、どれも同じ姿勢──頭を垂れ、両手を胸の前に合わせていた。

「祈っている……のかな」

 僕が呟くと、クレアさんは黙ったまま像を見つめた。

 その時だった。

 視界の端に、何かが動いた。振り返ると、そこに立っていたのは──自分自身。

 砂を被った少年が、同じ剣を握り、同じ顔でこちらを見つめていた。だがその瞳は虚ろで、口が勝手に動く。

「守れなかった。……また、失う」

 胸が詰まり、呼吸が乱れる。幻覚だとわかっていても、体が縫いとめられるように動かない。

「ニコ君!」

 クレアさんの手が肩を掴む。その温もりに、幻は霧散していった。

「っ……ごめん、大丈夫。僕、ちゃんといる」

 必死に言葉を絞り出す。剣を握る手のひらは汗と砂で濡れていた。

 ガルドさんは短く言った。

「油断するな。ここは心を試してくる」

 僕らは視線を交わし、警戒を強めて歩を進めた。

 やがて頭上から砂が降り注ぎ、天井の一部が崩れ落ちる。反射的にガルドさんが盾を構え、瓦礫を受け止めた。重い衝撃に足が沈み、砂が爆ぜる。

「……問題ない」

 ガルドさんは短くそう言うが、その額には砂混じりの汗がにじんでいた。

 通路を抜けた先、壁一面に大きな裂け目が口を開けていた。そこから吹き込む風は冷たく、まるで誰かの嘆きのように響いていた。

「奥に続いている……でも」

 僕の声が震える。胸の奥に、またあの囁きが蘇りそうだった。

 クレアさんが静かに言った。

「ここで休もう。心が削られてる。無理に進めば、幻に呑まれる」

 崩れた石の影に腰を下ろし、僕らは短い休息を取った。火を起こすことはできない。火種は砂に呑まれ、煙は幻を呼び寄せる。代わりにクレアさんが光を灯し、淡い輝きが周囲を支えていた。

 沈黙の中で、僕は拳を見つめた。

「……僕、まだ弱いな。幻を見せられると、すぐに足が止まる」

「弱さを認めるのは、強さだよ」

 クレアさんの声は柔らかく、それでいて凛としていた。

 ガルドさんは黙っていたが、その沈黙がかえって安心感を与えていた。彼が背を預けて座っているだけで、崩れかけの空間が少しだけ安定しているように思えた。

 長い呼吸をひとつ。

 僕は顔を上げる。

「進もう。……怖いけど、立ち止まりたくない」

 クレアさんが微笑み、ガルドさんが無言で立ち上がる。僕らは再び砂の迷宮へと歩み出した。

 乾いた風が背を押す、その先に待つものが何であれ、彼らは確かに一歩を刻んでいた。
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