英雄は根に咲く

ぼん

文字の大きさ
35 / 126
第二部:覚悟の種が揺れる

第6章:絆という名の盾 第5話:背中を預ける日

しおりを挟む
 谷の奥にひっそりと佇む遺構の一角──水音が反響する洞窟の奥深く、魔獣の巣はそこにあった。

 依頼の対象は、その巣と魔獣の殲滅。既に戦いは終わり、血と泥の混じった空間に、静寂が戻っていた。

「……全員、無事」

 リリィが周囲を見渡し、短く呟く。

 魔獣の死骸を確認しながら、カイが手を振った。

「よし、終わり! 依頼完了だな。長いこと歩いた割に、オチはあっけなかったな~」

「戦闘は短くて済んだ方がいいわ。傷も少ないし……本当によかった」

 クレアの声には、ほっとした響きがあった。

 ニコがうなずく。

「みんながいたからこそですね。……本当に」

 ガルドは何も言わず、その会話の輪の一歩外にいた。斧の手入れをするふりをして、目は皆の姿を確かめていた。

 ──守りきった。それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 依頼報告用の証拠を集め終え、一行は帰路についた。

 谷を登り、崩れた足場を回避しながら、元来たルートを逆に辿っていく。

 幾度となく通った渓谷の風景が、なぜか今は柔らかく感じられる。水の流れ、風の通り、苔の匂い。すべてが“無事に帰れること”の証に思えた。

「……なんか、空気が軽いよね」

 ニコがふと呟いた。

「それはお前がケガしてねぇからだろ」

 カイがからかうように返す。

「違いますよ。……なんというか、皆の歩幅が、合ってる気がするんです」

 その言葉に、クレアが少しだけ振り返った。

「……確かに」

「最初の頃はバラバラだったもんね。足音も、呼吸も、視線も」

 リリィが珍しく、言葉を重ねた。

「でも今は……一つになってる。そんな気がする」

 誰も、それに反論しなかった。

 ガルドは無言のまま、それでもその会話の中心から離れようとはしなかった。いつの間にか、自然と“その中”にいる。誰もそれを意識しなくなっている──それが、何よりの証だった。

 昼を過ぎ、太陽の光が谷の上から差し込む頃、登り道に差しかかった。

「うへー、ここが最後の鬼門だな」

 カイが腕を振って伸びをする。

「帰ったら、甘いもの食べたい……」

 ニコが苦笑する。

「じゃあ、皆で食べましょ。今度は街で、ちゃんとした甘いもの」

 クレアが笑った。
 リリィはうつむきながら、ぽつりと。

「……そういうのも、悪くないかも」

 ガルドは、そのすべてを背中で聞いていた。微かな息遣い、靴音のリズム、草を踏む感触。仲間の存在が、自分のすぐ後ろにあることを、確かに感じ取っていた。

 崖の上まで登りきったとき、視界が一気に開けた。

 乾いた風が、草を揺らして吹き抜けていく。遠くに見えるのは、出発地点となったギルドの補給拠点。そこから先には、街と、日常がある。

「よっしゃー! ここまで戻ればもう安心だな!」

 カイが両腕を掲げて伸びをした。

「……ふぅ」

 ニコも息をついて、地面にしゃがみ込む。

「やり切ったわね。……ガルドさん、無理してない?」

 クレアが声をかけると、ガルドは小さくうなずくだけだった。

 左肩にはまだ包帯が巻かれている。クレアの治癒術で出血は止まり、痛みも抑えているとはいえ、完全には癒えていない。

 それでも彼は、一言も弱音を吐かず、崖すら他の誰より早く登りきっていた。

「ほんとにもう、鉄壁どころか、鋼鉄製かよ……」

 カイが肩をすくめると、ふと思い出したように言った。

「なぁ、おっさん。……いや、ガルドさん」

 その呼び方に一瞬、全員が振り返る。カイは苦笑しながら、真正面から彼を見た。

「……正直な話、最近すげぇ頼りにしてんだよ。おっさんが前にいるとさ、なんか俺もちゃんと動こうって思えるんだよな」

 唐突すぎるその言葉に、リリィが少しだけ目を丸くした。

 ニコは、ふっと微笑んだ。

 ガルドはと言えば──何も言わなかった。眉も動かさず、ただ、静かに皆の中に立っていた。

 クレアがやわらかく笑って言う。

「皆、そう思っているわよ。きっと」

「……信頼って、言葉だけじゃなくて、背中でわかるもんだな」

 カイがぽつりと呟いた。

「背中で……」

 ニコがガルドの背を見る。

 大きく無言でそしていつも前に立つその背中。怖さや重たさじゃない。今は、安心と支えの象徴だった。

 リリィが視線だけでニコに頷く。もう、彼の背中は“壁”ではない。
 
 ギルドに戻った一行は、無事に依頼達成の報告を終えた。

 ギルドの受付にいるマルタが、いつもの朗らかな声で言う。

「いやぁ、全員揃って帰ってきてくれて、ほんとによかった! 今回の依頼、難易度高めだったから心配していたんだから!」

「ふふ……おかげさまで、少しだけ強くなれた気がします」

 クレアが微笑み、ニコもうなずく。

「それにね、マルタさん。僕たち、ちょっとだけ変わったんですよ」

「ほう、どんなふうに?」

 マルタが首を傾げる。

 ニコは、隣に立つガルドの背中を見てから、静かに答えた。

「……背中を預けるって、こういうことなんだなって。初めて、ちゃんと分かった気がします」

 その言葉に、マルタは目を細めて頷いた。

「うんうん、それってとっても大事なことよ。何をするにしても、信じられる背中があるって、強さになるもん」

 ガルドはその会話にも加わらなかったが、最後にマルタと目が合ったとき、ほんのわずかに頷いた。それは彼なりの“同意”だった。

 その夜、ガルドは一人、外に出ていた。

 月の明かりが街の石畳に降り注ぐ。少しだけ夜風が肌を撫で、肩の傷に冷たさを伝える。けれど、彼の歩みは止まらない。

 自分の背中を、誰かが見ているという、その感覚があれば。

 彼はもう、誰も拒まない。守ることを誇りとして抱いている。

 無言のまま夜空を見上げ、そっと瞼を閉じた。

 ──静かに、そして確かに。盾の男は、仲間の中に立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

処理中です...