英雄は根に咲く

ぼん

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第二部:覚悟の種が揺れる

第7章:雷と風の兄弟 第1話:カイ──自由の風

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 どこまでも、自由でいたかった。風のように気ままに、雷のように思いのままに生きる――それが、俺の流儀だ。

 俺はカイ。精霊術使いの家系に生まれて、強力な精霊術を使えた。気がつけば旅の道を選んでいた、誰にも縛られず、好きな時に好きな場所へ行く。面倒なことも難しいことも誰かのために重いものを背負うのも、全部ごめんだ。楽しく、気ままに強く――それがずっと自分の信条だった。

 ……けれど。

 ブルーミング・ルーツに加わってから、胸の奥に小さな違和感が芽生えた。

 いつのまにか“俺”という存在が、ほんの少しだけ、どこか窮屈になったような気がしていた。

「カイさん、そっちは危ないですよ!」

 いつものように、ニコが明るく声をかけてくる。俺は手を振り返すだけだ。

「へいへい、気をつけるさ」

 ――まっすぐなやつだ、と心の中で苦笑する。

 ニコだけじゃない。クレアもガルドもリリィも、皆それぞれに不器用なくらい誠実で、目の前のことを一生懸命に考えている。遠回りでも、泥臭くても、最後には誰かのために動く連中だ。

 ……まっすぐすぎる。

 なんでそんなふうに生きられるのかわからない。けれど、どこかで羨ましいとも思っていた。

 俺は自由が好きだった。だけど、気まぐれにパーティに加わってから何かが変わり始めている。

 仲間と並んで歩き、焚き火を囲み、時には一緒にバカなことをして笑い合う。

 子どもの頃は「誰とも深く関わりたくない」と思っていたのに――今では、こいつらと一緒にいる時間が、妙に居心地よく感じることがあるのだ。

「カイ、今日は風が強い。無理はするなよ」

 ガルドが、低い声で俺に釘を刺す。寡黙だが意外とよく見ているタイプだ。

「大丈夫だって! 俺、風は得意分野だし」

 軽口で受け流すと、リリィがちらりと鋭い視線を寄越す。彼女は何も言わないが、その視線が言葉以上にいろいろ物語っている。

「……本当に気をつけて」

 クレアが優しく声を添える。彼女の光の玉が、ふわりと淡く明滅した。

 パーティになってから、もうどれくらい経つだろう。最初は本当に、面白半分だった。強いやつと戦ってみたかったし、変な仲間と一緒に冒険するのも悪くないと思った。でも最近はそれだけじゃない。

 たとえば、ニコが不安そうに後ろを振り返った時。

 たとえば、クレアがそっと皆を見守っている時。

 たとえば、リリィが誰にも見せないような、ほんの一瞬の優しい表情を見せる時。

 ……その全部を、俺はちゃんと見ている。

 そして、なんでだろうな。

 “守りたい”なんて昔の俺なら絶対思わなかった言葉が、ふと浮かぶことがある。

 けれど、俺はまだ“仲間を信じる”って感覚がよくわかっていない。自由でいることと、誰かに心を預けることはきっと相反するものだ。

 それでも――このパーティと一緒にいる時間はどこか懐かしくて、温かい。

 地下ダンジョンの溶岩洞――地響きと熱気、火の粉が絶えず舞う危険地帯。それでも、俺たちは軽やかに進んでいく。風と雷、火、水――全部の精霊が俺の背中で跳ねるように応えてくれる。

「さぁて、今日はどんな魔獣が出るかな!」

 わざと明るく声を張ると、ニコがにこっと笑う。

「カイ、油断しないでくださいよ」

「しないしない! 俺はいつだって全力だ」

 大げさに胸を張ると、クレアがくすりと笑った。

 そんなやりとりをしていると――ふと、胸の奥がざわついた。

(……まっすぐすぎるやつらだな、本当に)

 でも、それが悪いとは思えない。ただ、今はまだそのまっすぐさを正面から受け止める自信がない。

 そう思いながらも、俺は前を向いた。

 風の精霊がささやく。雷の精霊が指先で踊る。

 自由に生きたい――その想いにほんの少し“誰かのため”という願いが混じり始めていることを、自分自身が一番よくわかっていた。

「おーい、みんな、あっちに新しい分岐があるぞ!」

 軽やかに声をかけ、先頭を駆ける。

 ……そう、“自由”であることは、誰にも止められない。でも、“誰かと並んで進む”ことも、きっと悪くない。

 分岐を抜けて、さらに奥へ。

 溶岩がゆっくりと流れる赤黒い洞窟は、空気が重く熱い。こんな場所でも風が渦を巻いているのは、きっと俺の精霊が勝手に動いているからだろう。

「カイ、そっちの足場、脆い」

 ガルドの短い警告が背中から飛んできた。

「サンキュー、おっさん」

 跳ねるように一歩を飛ばして足場をかわす。危なっかしいと言われるけど、実はこういうのが一番得意だ。

「ほら、ニコも来いよ」

 手を差し出すと、ニコが小さく頷いて駆け寄ってくる。

「……ありがとう」

 俺は肩をすくめてみせる。

「気にすんな。こっちのほうが楽しいからさ」

 パーティの中で、俺はたぶん一番浮いている。

 ガルドは寡黙で頼れる盾。クレアは皆を包み込む光のような存在。リリィは……近寄りがたいけど、必要な時には矢を放ち、仲間を支えてくれる。

 俺は? たぶん騒がしくて自由で、何を考えてるかよくわからない奴。だけど、そんな自分でも「役に立ってる」と思える瞬間が、最近は増えてきた。

 しばらく進むと視界が開けるとそこは、広い溶岩の窪地。奥に続く大穴の向こうから乾いた熱風が吹き抜けてきた。

「今日は気温が高いな……」

 クレアが額の汗をぬぐう。

「この辺り、魔獣の巣があるらしい。用心しろ」

 ガルドが声を落とす。リリィは弓を構え何かに耳を澄ませていた。

 俺はふと、背中に視線を感じて振り返る。

 ……いつの間にか、皆の歩幅が揃っている。

 出会った頃はこんなふうに進めなかった。誰かが先走り、誰かが立ち止まり、すれ違いの連続だった。

 けれど今は――

「カイさん、また何か思いつきました?」

 ニコが問いかけてくる。

「いや、なんでもない。ただ……一緒にいると、風の流れが変わる気がしてな」

「変わる?」

「うん。昔は、好き勝手に吹いていた。でも今は、みんなと並んで進むから、風が丸くなるというか……」

 言いながら、自分でも何を言ってるのかよくわからなくて、笑ってしまう。

 ニコもつられて笑う。

「きっと、優しい風なんですよ」

 そんな言葉が、どこかむずがゆい。

 パーティの中心にいるのは、やっぱりニコだ。まっすぐで、どこまでも素直で、みんなが頼らずにはいられない存在。

 その隣に立つのは、少し恥ずかしい気もするけど――嫌じゃない。

 突然、リリィが手を挙げた。

「……何か来る」

 全員が一斉に構える。洞窟の奥から、複数の魔獣の足音が響き始める。

「数は……三体。大型、たぶん“焔殻蜥蜴”」

 その名を聞いた瞬間、背中の精霊がざわめいた。火と雷の精霊が、一斉に緊張する。

「ガルド、前に。リリィ、左側から援護。クレアは回復の準備、頼む」

 自然に、俺が指示を出していた。

 以前の俺なら、こんなことしなかった。自分のことだけ考えて、勝手に精霊術をぶっ放していた。でも今は違う。

「カイ、精霊術のタイミング、合わせてくれ」

 ガルドが重い盾を構えて頷く。
「了解」

 俺は風と雷の精霊に呼びかける。光の玉が青白く明滅し、掌に力が集まっていくのがわかる。

 魔獣の咆哮。熱気が爆発する。ガルドが前線で受け止め、リリィの矢が正確に魔獣の目を射抜く。クレアの光が淡く仲間を包み、俺は――

「行くぜ、雷鳴!」

 風と雷の精霊が交じり合い、魔獣の足元に一瞬で閃光が走る。

 ……一撃で終わる相手じゃない。でも、今の俺たちならきっと負けない。

 戦闘の最中、ふと思い出す。昔、誰かと並んで戦うなんて考えたこともなかった。

 自由でいることは、孤独であることと同じだった。でも今は――違う。

 戦いが終わり、魔獣が崩れ落ちる。

 息を切らせながら、皆が無事を確かめ合う。

「さすがカイさん、頼りになりますね」

 ニコが満面の笑みでそう言うと、胸が少しだけ熱くなった。

「当たり前だろ、俺は最強の精霊術使いだからな」

 わざと軽口を叩くと、リリィが小さく肩をすくめ、クレアがそっと微笑んだ。

 それでいい。たぶん、それが今の俺の“居場所”なんだと思う。

 ――だが、その余韻も束の間だった。

 洞窟の奥、揺らめく熱気の向こうから、重い足音が響いてくる。

 視線の先に、炎のような赤髪の男が姿を現した。

 ……レグナ。

 かつて短い間だけ共闘した、あの“焔の牙(ほむらのきば)”のリーダー。

 あの時の圧倒的な熱量も、鋭い眼差しも、今もまったく変わっていなかった。

 その大きな影が、俺たちをじっと見据えている。静かな、でも確かな挑戦の気配――

 胸の奥が、ざわりと波立った。

(……次の一歩は、きっともう、過去の自分じゃ踏み出せない。)

 再会の予感と、言いようのない不安を胸に、俺はそっと拳を握りしめた。
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