英雄は根に咲く

ぼん

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第二部:覚悟の種が揺れる

第7章:雷と風の兄弟 第2話:カイ──焔の牙との再会

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 断層地帯の切れ目から吹き込む風が、不意に熱を帯びる。まるで警告のように、俺の背中の精霊たちがそっと身構えた。

 足音が近づき、洞窟の入り口に巨大な影が現れる。

 炎のような赤髪――レグナ。その姿をひと目見ただけで、胸の奥に古傷のような疼きが蘇る。

 あの時も、こんなふうに空気を変える男だった。

「よぉ、カイ。ずいぶん楽しそうにやってるじゃねぇか」

 レグナが、岩棚を踏みしめながらこちらに近づく。無造作な足取りのはずなのに、一歩ごとに地面がわずかに軋む。

 その後ろには、冷たい瞳のジーナ、薄く笑うトム、無表情なメル――焔の牙の仲間たちが並ぶ。

「随分と派手なパーティ組んでるな。しかもガキ連れとは……お前、昔はもっと自由だったろ?」

 嘲るような言い方。でも、その声には不思議と嫌悪はない。ただ“試す”ような響きが混じっていた。

「ま、こいつらといると退屈しねぇからな」

 肩をすくめて返す俺。強がり半分、本音半分だ。

「子供扱いはやめてください」

 と、ニコが一歩前に出て、じっとレグナを見返した。柔らかな瞳に、ほんの少しだけ決意の色。

「俺たちは、それぞれに理由があってここにいる。……カイさんも、そうです」

 ニコの言葉が静かに響く。

 レグナがわずかに目を細めた。

「へぇ。しっかりした子分だな、カイ」

「子分って柄じゃねぇよ。こいつら、意外と強いんだぜ」

 受け流す俺を見て、ジーナが鼻で笑う。

「お人好しになったものね、カイ」

「そっちだって、俺にあきれてなかったっけ?」

「今でもあきれてるわよ」

 ジーナの返答にどこか安堵する。懐かしい。けれど、それだけじゃない――

 今の俺には、“帰る場所”がある。

 レグナが、ふと声の調子を落とした。

「……で? “本気”はどうした?」

 不意に、真正面から投げかけられる問い。

「昔みてぇに、力だけを信じて走ってたお前が、今は何を見てるんだ?」

 その一言が、胸に鋭く突き刺さる。

「さあな。今は、こいつらと前に進むのが面白くてな」

 素直な気持ちのつもりだったが、レグナは“ふっ”と息を吐いた。

「……ずいぶん丸くなったじゃねぇか。でもな、甘くなった分、強さは失っちゃいねぇか?」

 レグナの視線は重い。冗談のようでいて、本気で俺の“変化”を計ろうとしている。

「答えは、そのうち見せてやるよ」

 とだけ、俺は言った。

 断層地帯の風が強まり、周囲の岩肌が鳴る。

 レグナは話を終えると、わざとらしく背を向ける。

「――行くぞ」

 その背中は、巨大な炎の塊のようだった。

 彼らが歩き去る。その残り火のような熱だけが、しばらく空気に残る。

 静けさが戻った瞬間、俺は無意識に拳を握っていた。

(……チクショウ、やっぱりまだ、あいつには敵わないって思ってるのか、俺)

 仲間たちの視線を感じ、俺はいつもの軽口でごまかした。

「なんだよ、珍しい奴らに会ったな。さて、行こうぜ」

「カイさん……」

 ニコが何かを言いかけたが、俺はわざと明るく笑った。

 “燻るもの”が胸の奥に残り続けている。それは、かつての自分と、今の自分――

 どちらが本物なのかを問われたような、不安にも似た熱だった。

 レグナたちの背が断層の向こうに消えていくと、さっきまで張りつめていた空気が、嘘みたいに軽くなった。

 俺は肩の力を抜いて深呼吸する。けれど、心臓の奥に残る熱は、簡単に冷めてくれなかった。

「……知り合いだったんだね」

 クレアが控えめに尋ねてくる。

「まあな。昔、ちょっと一緒に魔獣狩りやっただけだ」

 できるだけ軽く答える。クレアはそれ以上、何も聞こうとしなかった。ただ、俺の横を静かに歩いてくれる。その沈黙が少しだけありがたい。

「カイ、さっきの人……怖い」

 リリィがぽつりと呟く。普段は感情を表に出さない彼女が、ほんのわずか眉を寄せていた。

「平気だよ。見た目は怖いけど、妙なところで律儀なんだ、あいつは」

 そう答えた瞬間、胸がちくりと痛んだ。本当にそう思っているのか? それとも――自分に言い聞かせているだけなのか。

 ガルドが少しだけ間を置いてから、低く言った。

「……強かった。昔、同じ任務に出たことがある。あれは“敵”なら厄介だ」

 ガルドのような男がそう評するほどだ。やっぱり、あいつの力は特別なんだろう。

「ま、今は味方でも敵でもないさ」

 俺はそう締めくくった。

 俺たちは再び歩き出す。断層地帯の風は鋭く冷たいはずなのに、肌の奥ではレグナが残した熱が燻り続けている。

 ニコが、少しだけ距離を詰めて俺の隣に並ぶ。

「カイさんは……あの人のこと、どう思ってるんですか?」

 いきなり本質を突く。やっぱり、こいつは不思議だ。

「うーん。昔は憧れたこともあった。でも今は……うまく言えねぇな」

「……今は、違う?」

「違うな。昔の俺なら、たぶんあいつみたいになりたかった。でも今は――」

 言葉に詰まった。

 “自由”のままでは、きっと手に入らなかったものがある。それを今、仲間たちと歩きながら、少しずつ実感している。

「今は“誰かと進む”ほうが面白い気がしてる。なんでだろうな」

 答えにならない答え。けれど、ニコは優しく微笑んでくれた。

「それで、いいと思います」

 “それで、いい”――その言葉だけで、また胸の中が少し楽になる。

 断層の裂け目を抜けると、さらに風が強まる。岩棚の隙間から、遠くで焔の牙の一団が前を進んでいるのが見えた。

 レグナは時折立ち止まり、後ろも振り返らずに仲間たちに指示を飛ばしている。その背中はどこまでも大きく、孤独だった。

「……ああいう人が、一人で進み続ける理由、わかる気がする」

 俺がぽつりと呟くと、リリィがちらりと横目で見てくる。

「どうして?」

「怖いからかもな。立ち止まるのも、誰かに預けるのも。あいつはたぶん、それができないんだろ」

 俺自身、ずっとそうだった。誰とも深く関わらず、自由でいることだけを選んできた。でも、今は――

「俺も前は、そうだった。……だけど、今はちょっと違う。こうして誰かと一緒に歩くのも、悪くないって思えるようになったんだ」

 恥ずかしくて、つい照れ隠しに頭をかく。

「へんなカイ」

 リリィが無表情でそう呟き、ニコが吹き出した。クレアも小さく笑う。ガルドは無言で前を向いたまま、肩をひとつ揺らした。

 仲間と歩く道。そのぬくもりと、まだ拭いきれない燻る想い。

 ――どちらも、今の俺には必要なものなのかもしれない。

 その時、不意に風が止み、空間が妙な静けさに包まれた。遥か前方、断層の岩壁を突き抜けるような轟音――魔獣の咆哮が響き渡った。

「……始まるな」

 ガルドが小さく呟く。

「よし、気を引き締めて行こうぜ!」

 俺は前を向き直し、風と雷の精霊にそっと呼びかける。

 レグナの熱と、焔の牙の記憶が、まだ俺の中に燻っている。だが、それを抱えて進むしかない。

 ――今の俺は、“一人じゃない”。

 その確信を胸に、断層の風の中へと、俺たちは歩き出した。
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