英雄は根に咲く

ぼん

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第二部:覚悟の種が揺れる

第7章:雷と風の兄弟 第3話:カイ──焦土に咲く命

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 焦げついた岩肌、断層の隙間から立ち上る熱気。

 地形はより複雑に、そして荒れ果てた風景へと変わっていく。

 風の流れすら淀む焦土の回廊――かつて大規模な魔獣戦があったのか、地表はひび割れ、ところどころ黒く焼け焦げていた。

「……先に進むしかなさそうだな」

 ガルドが短く告げ、パーティが歩を進める。いつもなら、ここでニコやクレアが和やかな声をかけるところだが、今回は違う。

 この層に満ちる空気そのものが、すでに戦いの予感を漂わせている。

 少し前方、焔の牙の一団がこちらを振り返った。レグナが手を上げて合図する。

「よう、ブルーミング・ルーツ。そっちの調子はどうだ?」

「まあまあだな。」

 俺が応じると、レグナは満足そうに口元を歪めた。

 ここまで来る道中、断層地帯の探索は予想以上に厳しかった。岩場の罠、熱波に乗る毒煙、何より突然現れる強力な魔獣たち――

 それでもブルーミング・ルーツの五人は、各自の役割を確かめ合いながら進んできた。

 だが、その戦い方は「全員の力を合わせる」ことを重視したもの。効率や速さよりも、お互いの傷や弱さを補い合うことに重点が置かれている。

 対して焔の牙は、まったく別のスタイルだった。

 レグナが前衛で敵を蹴散らし、ジーナが氷で足止めし、メルは風の斥候として縦横無尽に駆け回る。トムは最小限の回復だけを短い指示で繰り返し、全員が「倒すこと」「突破すること」だけを徹底している。

「お前ら、ほんとに慎重だな」

 レグナが半分あきれたように言う。

「慎重というより、無駄が多いんじゃねぇか?」

 ジーナも冷たく笑う。

 俺は、つい語気を荒げてしまった。

「無駄なんかじゃねぇよ。全員が無事に進む、それが一番大事だろ」

 レグナが一瞬、真顔になる。そして、にやりと笑う。

「理想論だな。だが、現実は“最後に立ってる奴”が勝ちだ」

 言い返せなかった。

 たしかに焔の牙の進撃は速く、そして被害も少ない。何より、彼らの連携は“最小限で最大の結果”を出すためだけに磨かれている。

 大きな揺れとともに、地面の奥からうなり声が響いた。

「巨大な魔獣だ!」

 レグナが叫ぶ。《焔殻蜥蜴(えんかくとかげ)》――巨大な炎の鱗を纏う、断層地帯の主だ。

「ガルド、前衛!」

「任せろ」

「リリィ、援護射撃!」

「了解」

 カイ自身も雷と風の精霊を呼び、即座に戦闘態勢を整える。

 だが、次の瞬間――レグナが誰よりも早く飛び込んだ。

「どけ、見てろカイ! これが“効率”だ!」

 剣に雷と炎をまとわせ、真正面から魔獣の顎に斬撃を叩き込む。

 その動きは荒々しく、だが迷いがなかった。魔獣は咆哮し、炎をまき散らす。

「ジーナ、足止め!」

「はい」

 氷の精霊術が、炎の嵐の中に青白い壁を生み出す。メルが音もなく背後から駆け寄り、魔獣の側面へ素早く回り込む。

 ブルーミング・ルーツも遅れをとらずに参戦する。だが、俺の視線はいつしか、レグナの戦いぶりに釘付けになっていた。

(本当に……すげぇな、あいつ)

 レグナは一切の躊躇なく、傷を恐れず前進し続ける。その姿は、まるで命を賭けているかのようだった。

「おい、カイ。お前も見せてみろよ、“理想”じゃなく“現実”の力を!」

 挑発混じりの声に、胸が熱くなる。

「俺だって……!」

 雷と風の精霊術を編み上げ、魔獣の正面へと突っ込む。だが、レグナの破壊力と、焔の牙の戦術連携は圧倒的だった。

 魔獣の咆哮が焦土の洞窟に反響する。

 レグナは真っ向からその顎を受け、焔と雷の斬撃で無理やり押し返していく。ジーナの氷が炎の一部を封じ、トムがすかさず後方から回復の光を差し込む。メルは一度も立ち止まらず獣の死角を突いている。

 焔の牙の戦闘は、無駄がなく迷いもない。敵の動きも味方の動きも、すべて“前に進むため”の動線として割り切られていた。

 対して、俺たちブルーミング・ルーツの戦いはどうだ。

 ニコが怪我をしないようにガルドが盾で守る。リリィは常に仲間の死角を庇い、クレアは全体の安全を最優先に回復精霊術を繰り出す。

 俺自身も、仲間の位置を確認しながら精霊術を撃つ。

 ――その結果、攻撃の手数も減るし、戦いはどうしても長引く。

(このままじゃ……)

 思いきって魔獣の脇腹に雷撃を走らせる。だが、その隙に魔獣の尾が弧を描き、すんでのところでガルドが庇う。

「カイ、無茶はするな」

「わかってる!」

 汗が額を流れる。

 レグナは一瞬こちらを見た。

「カイ、“守るために”力を使ってるつもりかもしれねぇが、そうしてる間に誰かが死ぬぞ」

 その言葉が、耳の奥に突き刺さる。

 理想を語るだけじゃ、守れないものがある。本当に大事なものを守るなら、“誰かが傷つく前に終わらせる”――レグナの戦いは、まさにそれを体現している。

 俺は食い下がる。

「でも、それじゃ誰も信じられないだろ……!」

「信じる? ……ああ、俺は仲間の力を“信じてる”から、余計な遠慮はしねぇよ」

 レグナの顔には、薄く苦みがにじむ。

「けどな、お前が守りたいのは“理想”か? それとも“現実”か?」

 静かな、だが逃げ場のない問いだった。

 思わず言葉を失う。

 その隙に魔獣の巨体が炎をまとい、跳ね上がる。

「来るぞ!」

 レグナが叫ぶ。ブルーミング・ルーツも咄嗟に列を変える。

 風と雷の精霊が俺の背後で鳴る。

「カイさん、危ない!」

 ニコが俺の腕を引く。その手の温度で、ようやく自分が動けていなかったことに気づいた。

「……サンキュー」

 素直に言えたのは、仲間と過ごしてきた時間が、俺の中で何かを変えていたからだと思う。

 だが、戦いは待ってくれない。

 ガルドが大盾を振るい、リリィの矢が獣の目を射抜く。クレアの光がみんなの背中を包む――

 仲間の命を“つなぐ”戦い方。それが今の俺たちの“現実”。

 レグナの剣が最後の一撃を放つ。

「お前も、そろそろ決めろ。どっちの道を歩くか――」

 その叫びとともに、魔獣の巨体が轟音とともに崩れ落ちた。

 重い静寂が降りる。

 真っ黒に焼けた焦土の上、俺たち二つのパーティが肩で息をしていた。

「ふぅ……やるな、そっちも」

 レグナがあえて軽口を叩く。だがその目は真剣だった。

「でもな、カイ。現実を見ろ。お前の“理想”は、誰かが倒れた後じゃ遅い」

 その一言が、また胸を刺す。

 でも、俺は――

「俺は……こいつらと一緒に進みたい。今はそれが“現実”だと思ってる」

 言い切ると、レグナはふっと息をついた。

「強くなったな。だけど、俺はまだ譲らねぇ」

 そう言って、彼は去っていく。

 焦土に咲いた命――

 それは、今もここで、俺たちそれぞれの“歩み”を照らしていた。
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