英雄は根に咲く

ぼん

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第二部:覚悟の種が揺れる

第7章:雷と風の兄弟 第4話:カイ──雷は己を撃つ

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 焦土の戦いが終わり、焼けつくような熱の残滓が風の中に漂っていた。

 ブルーミング・ルーツと焔の牙が並び立った焦げ跡――あの場で交わした言葉と、レグナの鋭い視線が、いまだ胸の奥を離れない。

 (理想か、現実か……)

 仲間と進むこと。それが今の自分の“現実”だと信じたかった。でも、レグナの言葉は確かに核心を突いていた。「お前が守りたいのは“理想”か? それとも“現実”だ?」――あの問いが頭から離れない。

 焦げた地表を踏みしめながら、俺たちは次の安息ポイントへと向かっていた。

 先頭を歩くガルドの背中。無言で歩くリリィ。ニコとクレアは小声で何か話している。俺は――今にも体が勝手に駆け出しそうな気がして、わざと仲間たちから少し距離をとった。

(俺は、もっとできるはずだ――)

 自分の中に、暴れだしそうな力が渦巻いているのが分かる。焦燥、苛立ち、そして……“恐れ”。

 あの戦いで、もし俺がもっと速く、もっと強く攻撃していれば――そんな思いがぐるぐると渦巻く。

「……カイさん?」

 ニコの声に、肩が跳ねた。

「……ん、どうした?」

「顔が暗いですよ。何かあったんですか?」

「いや、なんでもねぇよ。気にすんな」

 精一杯、明るく振る舞ってみせる。

 でも、ニコはじっと俺の顔を見つめるだけだった。

 その時、遠くからまた魔獣の咆哮が響いた。

 焦土の洞窟――ここではどこまでも休息を許してはくれない。

「行くぞ!」

 仲間たちが武器を構え、戦闘態勢に入る。

 この場には焔の牙はいない。ブルーミング・ルーツだけで、魔獣の大群に立ち向かわなければならなかった。

 俺は胸の内で、風と雷の精霊に呼びかける。

「今度こそ……俺が全部守ってみせる」

 ――そう、思っていた。

 魔獣の群れが地を揺らして現れる。

 リリィの矢が一閃し、ガルドが盾で最前線を支える。クレアの光が全体に行き渡る中、俺は一気に前線へと飛び込んだ。

「カイ、危険だ!」

 ガルドの警告が聞こえたが、俺は耳を貸さなかった。

 “力”を誰よりも速く、誰よりも正確に――それだけを考えて、雷と風の精霊術を同時に放つ。

 轟音と閃光が、魔獣の群れを貫く。

 一瞬にして三体を仕留めた。だが、四体目の魔獣が俺の死角から回り込み、鋭い爪を振り上げる。

(まずい――)

 気づいたときには遅かった。

 リリィが間に入り、肩を負傷する。クレアがすぐに回復をかけるがリリィの顔はわずかにしかめられている。

「……ごめん」

 思わず、言葉が漏れる。

 ガルドが低い声で言った。

「カイ、お前の突撃がなきゃ、リリィは怪我しなかった」

 リリィは無言で首を振った。

「私のミス。……でも、次からは、もっと冷静に」

 その言葉に、心がさらに痛んだ。

(俺のせいだ――俺が、“守る”つもりで仲間を危険に晒した)

 皆の顔を、まともに見られなかった。

 焦土の奥に、小さな火口が口を開けている。俺はふらりとそちらへ歩き出す。

 火口の縁に腰を下ろした。焦げた風が、炎の名残を含んで頬を撫でる。

 遠くで仲間たちが動く気配を背に受けながら、俺は膝に肘をついてうつむいた。

(結局、俺は何も変わってない……)

 “守る”つもりで独りよがりの行動をして、仲間を危険にさらす。それは、かつての俺が繰り返した失敗そのものだった。

 自由に、気ままに、強く生きる――その信条が、今はどうしようもなく苦しい鎖に思える。

(レグナみたいにはなれない。けど、誰かの背中を任されるほど器用でもない)

 苛立ちと自己嫌悪が入り混じる。

 焦げた岩肌の上、手のひらに光の玉がそっと浮かび上がる。精霊達が、何も言わずにそこにいる。俺の迷いも、不甲斐なさも、全部知っているような静けさだった。

 ――気がつけば、足音が近づいていた。

「カイさん」

 ニコの声だ。振り返らずにいると、彼は隣に腰を下ろす。しばらく、ふたりで沈黙が続いた。

 火口の熱が微かに立ち上り、空気が揺れる。

「……みんなには、謝っといてくれ」

 やっとの思いで口を開く。

「俺が、無茶したせいで」

「みんな、もう気にしていませんよ」

 ニコはそう言って、じっと火口を見つめていた。

 しばらく、また沈黙。

 俺の中の焦りや悔しさ、すべてが空に溶けていきそうだった。

「カイさんの精霊術、僕はすごく安心できます」

 不意に、ニコがぽつりと呟いた。

「……え?」

 驚いて顔を向けると、ニコはにこやかに笑っていた。

「さっきも、カイさんがいてくれたから、全力で戦えました。無茶をしなくても、カイさんの精霊術がちゃんと僕たちを守ってくれてる――そう思えるんです」

「……俺、ただ無駄に突っ走っただけだろ」

「そんなことありません」

 ニコの声はきっぱりしていた。

「カイさんがいると、僕も、みんなも“戦える”そのための力を貸してくれるから、安心できるんです」

 胸の奥が、じんわりと熱くなった。

「……役に、立ってるってことか?」

「もちろんです。すごく」

 何気ない言葉が、ずっと欲しかった“答え”だった気がする。

 自分がこのパーティにいる意味――誰かの役に立っている、という実感。それは、ただ“強い”ことより、ずっと重みのあるものだった。

「ありがとな、ニコ」

 俺は照れくさくて、つい頭をかく。

「こっちこそ……頼りにしてるんだぜ?」

「はい!」

 ニコが満面の笑みを浮かべて頷いた。

 火口の熱が、ほんの少しだけ心地よく思える。

 雷と風の精霊の光が、ゆっくりと明滅する。その明かりが、自分の中の迷いを少しずつ溶かしていくようだった。

「そろそろ戻ろうか」

「うん。みんな待ってる」

 立ち上がり、肩を並べて仲間のもとへ歩き出す。

 振り返れば、さっきまで重かった背中が、少しだけ軽くなっていた。

 ――雷は、己を撃つ。痛みとともに、何かが抜け落ち、そこに新しい風が生まれていた。
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