英雄は根に咲く

ぼん

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第二部:覚悟の種が揺れる

第8章:仮面の記憶 第1話:クレア──仮面の微笑

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 朝靄の漂う静かな野営地。

 私は焚き火を囲む仲間たちの輪の中で、いつものように穏やかな微笑を浮かべていた。

 パンをちぎり、干し肉を温め、小さな鍋でスープを作る。慣れた手付きで作業を進めていると、自然と皆の会話も弾みだす。

「クレアさん、今日のスープ、いい匂いです!」

 ニコ君が両手を合わせて期待に満ちた顔をしている。

「ずるいぞ、ニコ。褒めるのは俺の役目だっての」

 カイが寝ぼけた髪のまま、横から首を突っ込む。

「大げさね。ほめても祈りは増えないけど、素直な気持ちは嬉しいわ」

 私は微笑んでスープをすくい、二人の手のひらにそっと分け与えた。

 ガルドは少し離れた岩陰で盾を磨きながら。

「……朝食、まだか」

「もう少し待っててね、ガルドさん」

 私の声に、ガルドは短くうなずいた。

 リリィは弓の弦を張り直しながら、静かに周囲の気配を探っている。会話には加わらないが、皆のやりとりに目を向けていることが分かる。

 目が合うと、リリィは小さく会釈した。

 こうして皆が集まる朝のひととき――私は、この時間が好きだった。

 子どものころ修道院の石畳を踏みしめながら、朝の礼拝に並んだ記憶がふとよぎる。鐘の音、祈りの歌、そして“皆と心をひとつに”と言い聞かされた日々。

 信仰と奉仕――修道女たちが大切にしていた笑顔は、

「誰かのために微笑むこと」

 私自身も、誰かの不安や痛みに気づけば、自然と「大丈夫だよ」と声をかけてしまう。それはもう癖になっている。

(あの頃から、私は“誰かのため”の顔を身につけてきた)

 気づけば、笑顔は祈りと同じ。本当の自分が何者かを考える暇もなく、与えられた役割の中で“いい子”でいることが当たり前になっていた。

 今も、旅の仲間の間で同じことを繰り返しているのかもしれない。

「ねえ、カイさん、今日も地図の確認お願いできる?」

「まかせな。朝飯の後な」

「また適当な道選ぶんじゃないの?」

 ニコが笑い、カイが「信用しろって!」と軽口を返す。

 そのやりとりも、私にはどこか懐かしく、愛しかった。

「クレアさん、どうかした?」

 ニコの声で我に返る。

「ううん、何でもないわ。さあ、配るね」

 仮面のように笑顔を整え、私はパンを皆に分け与えた。その手先が、ほんの少しだけ震えていることに、自分だけが気づいていた。

 旅の道を歩き出しても、私の心には昔の修道院の日々が断片のように浮かんでいた。

 石畳の冷たさ、朝ごと響く鐘の音、幼い子どもたちの声。

 “困っている子には寄り添いなさい”“人には笑顔で接しなさい”――

 年長の修道女が優しく諭してくれた言葉が、時折今も胸の奥で小さく鳴る。 けれど、本当は――誰かを励ますたび、自分の弱さや寂しさが置き去りになっていくようで、不安になることもあった。

 “祈りは人のためにあるもの”そう教え込まれた日々の名残は、今も自分の素顔をどこか遠ざけている。

 ガルドが前を進み、カイが軽口を叩きながらついていく。

「今日は東側の崖沿いだ、間違いない」

「はいはい、カイさんの“間違いない”は信用してませんから」

 ニコが笑い、私もつい小さく笑う。リリィはその横で黙って皆の後ろを見守っていた。

 ――皆の役に立ちたい。みんなのために、今日も調和を崩さないよう、明るく振る舞う自分がいる。

 道脇に、小さな白い花が咲いているのを見つけて、足を止めた。しゃがみこみ、そっと指先で花弁をなぞる。

(この花は、誰のために咲いてるんだろう)

「クレア、遅れるよ!」

 カイが声を上げる。

「ごめんなさい、すぐ行くわ」

 立ち上がり、歩きながら自問する。

 私は今、仲間のために笑っている。でもそれは本当に“祈り”なんだろうか――それとも、ただ“居場所”をなくすのが怖くて、微笑み続けているだけ?

 旅の中、祈りの言葉が自然に口をついて出る。

「今日も皆が無事でいられますように」

 それを聞いたニコが隣で笑顔になる。

「クレアさんの祈りって、なんだか安心します」

「ありがとう。でも、私も誰かに支えられているのよ」

 仲間の中にいても、ふとした拍子に孤独がよぎる。それでも、祈ることと笑顔をやめることはできなかった。

 リリィがそっと声をかけてきた。

「……無理してない?」

「え?」

「……さっき、顔が少し寂しそうだった」

 その言葉に、一瞬だけ胸が詰まる。

「ありがとう、リリィ。心配させてごめんね」

 努めて笑顔を作る。リリィは何も言わず、歩調を合わせてくれた。

(私は“いい子”の仮面を外せる日が来るんだろうか)

 森の中、木漏れ日が差し込み、光の玉が静かに漂う。

 修道院で過ごしたあの日々も、今この瞬間も――“誰かのため”に生きている。でも、いつか自分自身の祈りを持てるだろうか。

「クレアさん、並んで歩きませんか?」

 ニコがそう声をかけてくる。

「うん、一緒に行きましょう」

 そう答えたとき、どこか胸の奥が少しだけ温かくなった。

 今はまだ仮面の笑顔でも、それでも“ここにいてもいい”と、そう思えた自分が確かにいた。
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