英雄は根に咲く

ぼん

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第二部:覚悟の種が揺れる

第8章:仮面の記憶 第2話:リリィ──揺れる風のまなざし

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 風の匂いが変わったと気づいたのは、朝の支度がひと段落した頃だった。

 私は弓の弦を張りながら、静かに周囲の気配を探っていた。焚き火を囲む仲間たちの声が、微かなざわめきとして耳に届く。

 パンの焼ける匂い、カイとニコの軽口、クレアの優しい声――

 そのどれもが、遠い世界の音のように思えた。

 自分はどこかで、輪の外に立っている。

 会話の中に入るのは苦手だ。でも、その温かなやり取りをつい目で追ってしまう。

(クレアは、どうしてあんなふうに笑えるんだろう)

 私は、時々クレアの笑顔がまぶしく見える。

 皆に優しくけれど芯の強さもあって――困っている人を助け、当たり前のように誰かの心を軽くする。そんなふうに“誰かのため”に動ける人間を少しだけ羨ましいと感じてしまう。

 自分には、あんなふうにはできない。誰かの声にすぐ応えられないし、優しい言葉も浮かばない。気づけば黙り込んで、言葉の代わりに行動してしまう。

 皆の後ろで静かに矢をつがえ、ただ守ることしかできなかった。

(強い人だ、クレアは)

 けれど、その“強さ”は本当に生まれつきのものなんだろうか。

 朝の光の中で微笑む彼女の背中に、どこか影のようなものを感じることがある。ときどき、沈黙が長くなる。私はそういう瞬間を見逃さない。

 パーティが歩き出しても、しばらく黙って後ろを歩いた。誰もいない森の小道、鳥の声が静かに耳をかすめる。

 先を歩くクレアの姿を、無意識に目で追っていた。

(――私は、どうしてここにいるんだろう)

 この旅の仲間として加わった時から、私はずっと自分の居場所に迷っていた。誰かの助けになりたいと思う反面、気づけば心の中には“孤独”が根を張っている。

 精霊と繋がる術を持っているはずなのに――どこかで、自分だけが選ばれていない気がしていた。

 クレアの光の玉は、朝日を受けて柔らかく輝いている。

 ニコやカイ、ガルドの光の玉もそれぞれに力強い明滅を見せていた。

 でも、自分の傍に浮かぶ光は、どこか頼りなくて、手を伸ばせば消えてしまいそうだった。

(私には“選ばれる理由”がないのかもしれない)

 足元の草を踏みしめながら、私はそっと息を吐く。昨日も、その前も、自分だけが取り残されているような感覚が拭えなかった。

 風が木立を揺らし、髪を梳いていく。その感触だけが、自分がここにいることを確かめてくれるようで――

 そっと目を閉じた。

(私も、あんなふうに強くなれるのかな)

 道の途中、木洩れ日が揺れていた。

 仲間の誰かが小さく笑う声、カイの軽口、ガルドの足音。その一つ一つが、私にはどこか現実感の薄い、淡い夢の中のようだった。

 時折、風の精霊の気配が自分の周囲に寄ってくる。けれど、その光は決して自分だけを見てはくれない。

 仲間のそばを流れ、時にクレアの光の玉のそばで明るく揺れるのを見つめてしまう。

(どうして、私のそばには、いつも風が遠いんだろう)

 それでも、私は誰にもそれを打ち明けられなかった。

 寡黙でいるほうが楽だった。言葉にすれば、きっと“弱さ”が漏れてしまう気がした。

 木立の切れ間で、クレアが立ち止まって振り返る。

「リリィ、今日の調子はどう?」

「……問題ない。矢も十分」

 クレアは安心したように頷くが、私はその笑顔の奥にかすかな翳りを感じ取る。

(クレアも、きっと強がっている)

 不意に、ニコが私の隣に来て声をかける。

「リリィは、風の音が分かるんですね」

「……うん。でも、それだけ」

「すごいことですよ。僕なんて精霊の気配を感じるだけで精一杯です」

 ニコはどこまでもまっすぐな目でそう言った。

 私は少しだけ肩の力が抜けた。

(私は、ちゃんとここにいるのかな……)

 パーティは坂道を上り、視界が開ける。眼下に広がる大地と風のうねり――私は思わず足を止めた。頬を撫でる風。遠くの空に、光の玉が浮かんでいるのが見える。

 ――私も、精霊に見つけてほしい。

 心の奥でそう願った。けれど、どれだけ耳を澄ませても風の精霊が「選ぶ」気配はなかった。

(私が、誰かのために戦うのは……自分のため? それとも、誰かに“認めてほしい”から?)

 問いの答えは出なかった。ただ、仲間と並んで歩くことで、ほんの少しだけ孤独が和らいでいく。

 再び歩き出すと、カイが何気なく声をかけてくる。

「リリィ、前よりずっと表情がやわらかくなった気がするぞ」

「……そう、かな」

「うん。みんな、リリィの矢に助けられてるからな」

 カイの軽口に、ニコが笑顔を向ける。

「本当ですよ。リリィがいてくれるから、すごく安心なんです」

 私は、どんな顔をすればいいのか分からなかった。でも、その言葉は確かに、胸の奥に響いてくる。

(私は“選ばれない”のかもしれない。……でも、ここにいていいんだろうか)

 不意に、風が頬を撫でた。

 精霊の気配――いや、それはただの自然の流れかもしれない。

 それでも、風はいつも私の傍にある。

(いつか私にも“選ばれる日”が来るんだろうか)

 そんな想いを胸に、私は静かに前を向いて歩き出した。

 仲間たちの中で、自分なりにできることを探し続けながら。
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