英雄は根に咲く

ぼん

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第三部:精霊との対話

第13章:雪に染まる祈り 第4話:クレア──融ける雪の音

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 雪原の底を進む一行に、春の兆しはまだ遠い。

 だが、氷の層の下――目を凝らせば、地面の割れ目に小さな雫が滴っているのが見える。

「雪、少し溶けてる……?」

 リリィが、地面を指先でなぞった。

 カイが身を屈めて覗き込み「地下水脈が近いのかもな」とつぶやく。ガルドは慎重に足場を探りながら、ゆっくりと進行方向を見定めている。

 私は、その後ろ姿を見つめながら歩いていた。

 ニコ君は荷物の紐を締め直し、少し遅れてみんなのあとをついてくる。

「ニコ君、疲れてない?」

 声をかけると、

「大丈夫、だよ。クレアさんこそ、眠くない?」

「平気よ。ちゃんと寝たから」

 雪原の音は静かで、まるで空気まで凍っているようだった。でも――ときおり、遠くから水の流れるような、澄んだ音が耳に届く。

 それは、雪がわずかに融ける音。

 季節は巡らないが、目に見えないところで、世界は少しずつ変化しているのかもしれない。

 探索は慎重に進む。氷の下に隠された空洞、雪庇、落とし穴――

 油断すれば命取りになる。リリィは無言で矢をつがえ、カイは氷を砕く棒で進路を確かめていた。

 ガルドが低く「ここは危ない」とつぶやく。

 その声に、みんながすぐ従った。

 私も慎重に一歩ずつ、足元を確かめながら進む。

 そのとき――

 突然、雪面が小さく揺れた。

 気配に気づいたのは、リリィが弓を引くよりも早かった。

「ニコ君、下がって!」

 咄嗟に声を上げて、私はニコの腕を掴んだ。

 同時に、雪面が崩れる音。白い壁が裂け、雪煙が空に舞い上がる。

 私は、ニコを庇うように身を投げ出した。

 体が雪に埋まり、冷たさが腕を刺す。

 その瞬間、私の胸元で、光の玉が熱を帯びて輝いた。

(あ……)

 無意識に、腕に強くしがみつくニコ。そして、雪の冷たさとは対照的な、柔らかいぬくもりが私の腕を包み込む。

 ――光の玉が、寄り添っている。

 轟音が遠ざかり、ようやく雪煙が収まる。

 私は自分の手でニコの背をかばったまま、しばらく息ができなかった。

「クレアさん、大丈夫……?」

 ニコの声が震えている。

 大きく息をつき、何度も頷いた。

「うん……ごめんね」

「でも、クレアさんがいてくれたから……助かった」

 その言葉に、思わず小さく笑った。

 自分の腕に、まだ淡く光る玉の温度が残っている。

(いま……この温かさは、――)

 これまで、光の玉は“精霊の気配”として感じるだけだった。けれど、今ははっきりと“応えられた”ような、優しい感触が残っていた。

(……私の祈り、届いてたのかな)

 心の奥で、静かにそう呟く。

 雪の冷たさの中で、たしかに温かいものが残っていた。

 雪煙が完全におさまると、ガルドが大股でこちらへ駆け寄ってきた。

 カイも急いで足場を確認しながら近づく。リリィは矢を下ろし、しばらくその場に立ち尽くしていた。

「大丈夫か、クレア」

 ガルドが低い声で訊ねる。クレアは頷いて、ニコの背をやさしく押した。

「私は平気。ニコ君は?」

「ううん、全然。ありがとう、クレアさん」

 ニコが微かに震える指で雪を払う。その顔に、まだ怯えた色が残っているのが見えた。

「本当に……助けてくれて、ありがとう」

 私はふっと微笑んだ。

 自分が今、自然とニコを庇うように動けたことが、少し不思議に思えた。

(私は、何も考えずに……)

 思わず自分の胸元に手をやる。光の玉の温度が、まだ腕に淡く残っていた。

「クレア、無茶すんなよ!」

 カイが苦笑まじりに声をかける。その後ろで、ガルドも小さく息を吐いていた。

「二人とも、無事でよかった」

 リリィが短くそう言って、ニコの肩にそっと手を置いた。

「うん。もう平気」

 ニコが小さく頷き、クレアを見上げる。その視線が、どこか安心したように見えた。

 雪原の空気は、相変わらず冷たい。だが、ニコの体温と光の玉の温もりが、私の中でゆっくりと広がっていく。

 みんなで足元を確認しながら、再び歩き出す。

 リリィが先頭に立ち、ガルドが盾を構え、カイは時折冗談を交えながら仲間を鼓舞していた。ニコは私のすぐ隣で歩いている。

 ふと、私の中に、新しい感覚が生まれていた。

(祈りが、届いた――そう思っていいのかな)

 光の玉は、ただの精霊の気配でも、力の象徴でもない。今は確かに、自分の想いに“応えてくれた”のだと、私は初めて信じたくなった。

 雪の上に残る五人の足跡。

 その中に、私自身の“祈り”が小さく刻まれている気がする。

「クレアさん……」

 ニコが、歩きながらふいに声をかけた。

 私は立ち止まって、ニコのほうを振り返る。

「さっき……本当に怖かったけど、クレアさんがいてくれて安心した。なんだか、光の玉も優しくなった気がして……」

 その言葉が、心にじんと響いた。

「私も……あなたを守れてよかった。それに、私のほうこそ――ありがとう、ニコ君」

 そう伝えると、ニコは照れくさそうに笑った。

 カイが遠くから「行くぞー!」と手を振る。リリィも後ろを振り返り、みんなが再び雪原を進み始める。

 雪はゆっくりと溶けていく。

 その音は聞こえないはずなのに、私には“心の奥”で柔らかな音色となって響いていた。

(これからも、私は祈る。きっと、誰かのためだけじゃなく、自分のためにも――)

 その思いと共に、私は歩き出す。

 白い雪の中を、光の玉のぬくもりと、仲間たちの存在がやさしく包み込んでいた。
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