英雄は根に咲く

ぼん

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第三部:精霊との対話

第14章:灰の中の誓い 第2話:誰にも届かなかった誓い

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 灰殻の谷を、僕たちは静かに進んでいく。

 虚ろの斜陽のメンバーも、ブルーミング・ルーツの誰もが無言だった。

 踏みしめるたびに舞い上がる灰、その下に眠るのは“もう戻らないもの”ばかりだと、どこかでわかっていた。

 谷の奥、崩れた石碑の前でアレイドが立ち止まる。

 その場所は、どこか特別な空気をまとっていた。地面にはいくつもの剣が突き立てられ、かつて誰かが残した名もなき誓いの証が静かに風に晒されている。

 カイさんが小さく息を吐いた。

「……こんなに静かな谷なのに、昔は大きな戦いがあったなんて信じられないな」

 クレアさんは何も言わず、胸元の光の玉にそっと手を添えていた。リリィは矢筒を整えながら、じっと石碑を見上げている。

 ガルドさんは無言で周囲を警戒しながら、みんなの背中を守るように立っていた。

 虚ろの斜陽の仲間たちも、しばらく黙って谷の空気を味わっていた。その中で、アレイドだけが、ひときわ深く谷の奥を見つめている。

「この場所で……何があったんですか?」

 アレイドは、ほんの少しだけ首を横に振る。

「昔、この谷で俺は仲間を守れなかった」

 それは、決して大声ではなかった。だけど、灰の中のすべてに響くほど、深く、静かな告白だった。

 虚ろの斜陽の誰かが、そっとアレイドの背に手を置いた。

「“守る”って、簡単じゃないよな……俺たちも同じだ」

 アレイドは、どこか遠い目で谷を見渡している。

「この地での誓いは、結局、誰にも届かなかった。あのとき守れなかった命も、ここに残る全ての願いも――全部、灰に溶けて消えた」

 その言葉は、とても重かった。

 過去の痛みが、今もアレイドの背中を静かに押しているのがわかった。

「それでも、アレイドさんは、どうしてここに立っているんですか?」

 僕は、正直に問いかけた。

 胸の奥で、いつか自分も同じ痛みを背負うのかもしれないという不安が揺れていた。

 アレイドは長い間黙っていた。

 やがて静かに口を開いた。

「……もう誰かを守る力なんて、残っていない。そう思っていた時期もある」

 その言葉が、谷の奥に吸い込まれていく。

「けど――それでも、俺はここに立つ。たぶん……ここで諦めきれなかった自分と、まだ何かを見つけたい自分が、ずっと争い続けているんだ」

 虚ろの斜陽の一人が、小さくうなずく。

「“届かなかった誓い”だって、残るものはある。……だから、俺たちはこの谷を離れられないんだ」

 クレアさんが、そっと僕の隣で立ち止まった。

 リリィは無言で谷の奥を見つめ、カイさんは地面を蹴って灰を舞い上げた。ガルドさんは短く息を吐き、全員の輪を一歩だけ広げるように前に出た。

(守れなかったもの。届かなかった願い。僕は――どうやって、それを受け止めればいいんだろう)

 胸元の光の玉を、そっと握りしめた。

 みんながただ立ち尽くし、アレイドの言葉をそれぞれの胸で噛みしめていた。

 谷の奥には、竜の骨と朽ちた剣。

 風が灰を巻き上げて、太陽の光も届かない場所に、消えなかった思いだけが残されている。

 僕は、アレイドさんの背中をじっと見ていた。

 “英雄”と呼ばれたその人が「守れなかった」と言い切る。その姿は、強さよりも痛みと正直さをまとっていた。

「……それでも、僕は――」

 僕の声が小さく漏れる。

 何かを守れなかった過去があっても、何も残らなかったとしても、それでも前を向きたいと思う自分がいる。

 クレアさんが僕の隣で、そっと光の玉を掲げていた。

 その輝きは淡く、でも、谷の中で確かに僕たちを照らしてくれている。

「アレイドさん、もし本当に“もう守れない”なら、ここにいなくてもいいはずです。それでも立っているのは――きっとまだ、手放せないものがあるからじゃないですか」

 アレイドは、長い間黙ったままだった。

 虚ろの斜陽の仲間たちも、それぞれ静かにうつむいている。

「……たぶん、そうだな」

 その答えは、どこまでも静かだった。

「俺はこの谷で、たくさんのものを失った。だけど、それでも心のどこかで、“もう一度”って思ってる。何かを守れるかもしれないって、まだ信じたくなる自分がいるんだ」

 カイさんが、ふっと笑う。

「それでいいさ。誰だって、諦めきれないことはある」

「守れなかったものは消えない。けど、歩き続けることはできる」

 その言葉に、アレイドはほんの少しだけ微笑んだ。

 谷の風が少しだけやわらかくなった気がした。

「“誰にも届かなかった誓い”でも――」

 僕はゆっくりと言葉をつむいだ。

「それを持ち続けていれば、いつか誰かに届くかもしれない。僕は、そう信じていたいんです」

 アレイドがこちらを振り返る。その瞳に、かすかに光が宿っていた。

「……ありがとう、ニコ」

 アレイドは短くそう告げると、仲間たちと共に谷の奥を見つめていた。

 それぞれ荷物を整え、足元の灰を踏みしめる。

 不意に、谷のさらに深いほうから――地鳴りのような、重たい振動が響いた。

 全員が、一斉にそちらへ顔を向ける。

 カイさんが息をのむ。

「……何か来るぞ」

 アレイドも、すぐに剣に手をかけた。リリィも矢をつがえ、ガルドさんは前へ出る。

 灰の谷の奥、崩れた祠の影がわずかに揺れた。

(ここでまた、何かが起きる――)

 虚ろの斜陽と僕たちは、言葉にしなくても、お互いに身構えながら同じ場所に立っていた。

 “誰にも届かなかった誓い”を胸に、僕たちは谷の奥で運命を共にすることになった――。
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