英雄は根に咲く

ぼん

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第三部:精霊との対話

第14章:灰の中の誓い 第3話:崩れる祠、重なる影

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 灰殻の谷の奥に、不気味な地鳴りが響いた。

 誰もが無言で顔を見合わせたまま、僕たちは静かに武器に手を伸ばす。アレイドたち虚ろの斜陽も、すぐに戦闘態勢を取っていた。

 空気が、変わる。

 灰を巻き上げる風の向きが急に変わり、崩れかけた石祠の影がきしむように揺れている。

「来るぞ――!」

 カイさんの叫びと同時に、地面が大きく震えた。

 その音に続くように、谷の奥から巨大な影が現れる。

 全身を煤けた甲殻で覆われた、異形の魔獣――かつての記録にも残る、古竜の落とし子とも噂されるほどの大魔獣だった。

「下がれ、ニコ!」

 ガルドさんが前へ出る。アレイドもすぐに剣を抜き放った。

 崩れかけた祠の天井が激しく崩落し、破片が僕たちの頭上に降り注ぐ。

 リリィが僕の腕をつかみ、とっさに庇うように体を張った。

「危ない――!」

 重たい石片がリリィの肩を打ち、彼女は短く息を詰まらせる。

「リリィ、大丈夫……!?」

 声を上げるより早く、ガルドさんが盾で石を払い落とし、カイさんが火花を散らせて視界を開ける。

 アレイドは、魔獣の巨大な腕を剣で受け止めながら、虚ろの斜陽の仲間たちに指示を飛ばしていた。

「分断されるな!全員、まとまって動け!」

 灰の中、二つのパーティが自然と一つの陣形になる。

 クレアさんが素早く回復の光を灯し、リリィの傷を治そうとするが、

「……平気、まだ動ける」

「でも……」

 リリィは静かにそう言い、弓を手放さなかった。

 目の前の魔獣は、谷の祠をさらに崩しながら暴れまわる。古い石碑が砕け、灰が空へ舞い上がる。そのなかで、アレイドの剣が鮮やかな弧を描く。

 僕も光の玉を掲げて、仲間たちと位置を確認する。

 虚ろの斜陽の仲間が叫ぶ。

「後ろだ、もう一体来る!」

 振り返ると、崩れた祠の影からもう一体の魔獣が姿を現していた。

 二体の巨躯が咆哮し、灰殻の谷を揺るがす。

「連携するぞ、右を任せた!」

 カイさんとアレイドが短く言葉を交わし、それぞれの仲間に合図を送る。

 クレアさんが光の玉の輝きを強め、僕の近くに防御の壁を作ってくれた。

(怖い――でも、みんながいる)

 灰と風の中、リリィが静かに僕の前に立つ。

 血の滲む肩を気にする様子もなく、淡い瞳で魔獣をにらんだ。

「ニコ、油断しないで。背中は任せて」

「……うん」

 その言葉に、僕はただ強くうなずくしかなかった。

 アレイドが魔獣の爪を受け止める。その姿に、どこか“過去の影”が重なって見えた。

 彼の目が、一瞬だけリリィの傷を見て曇る。

(アレイドさん……)

 きっと彼の中で、守れなかった仲間たちの記憶が蘇っている。でも今は、僕たちと一緒に剣を振るっている。その背中に、もう一度“進む”覚悟が灯っているように見えた。

 谷の奥で、崩れる祠の影が重なって揺れる。僕たちは虚ろの斜陽とともに、いまを生きるための戦いを始めていた。

 二体の魔獣が暴れる灰殻の谷は、もう戦場そのものだった。

 灰と瓦礫、祠の崩れる音、魔獣の咆哮――その全部が、僕たちの鼓動をかき乱していく。

 アレイドが叫ぶ。「一体ずつ確実に倒すぞ!」

 カイさんが虚ろの斜陽の仲間と手短に合図を交わし、前衛が交互に魔獣の攻撃を受けて立った。

 リリィは傷を抱えたまま、矢を番えて隙を狙う。

「ニコ、離れないで」

 彼女の声には、痛みよりも決意が滲んでいた。

 ガルドさんは盾を広げて、崩れる祠の下敷きになりそうなクレアさんと僕を何度もかばう。

 クレアさんは必死に光の玉で回復と防御の術を維持する。

 僕は何度も足元が揺れるのを感じながら、それでも逃げずに前を向いた。

 虚ろの斜陽の仲間のひとりが叫ぶ。「今だ、アレイド!」

 アレイドの剣が魔獣の脚を切り裂く。その隙をリリィの矢が貫き、ガルドさんの盾が追撃を与える。

 カイさんは炎の精霊術で、魔獣の進路を無理やり変えていく。

 一体目の魔獣が、ついに崩れ落ちる。その巨体が祠の残骸を巻き込んで、灰と破片を巻き上げた。

 全員が、ほんの一瞬だけ息をついた。

 だが、残るもう一体の魔獣が、その場に巨体をうねらせながら睨みをきかせていた。

「……こっちは、まだ生きてるぞ」

 カイさんが低く呟く。リリィが矢をつがえ直し、アレイドも剣を構え直した。

 崩れかけた祠がさらに瓦礫を落とし、足元の灰が宙を舞う。

 虚ろの斜陽の仲間たちも、体勢を整えながら息を切らせている。

 そのとき、魔獣が大きく咆哮した。瓦礫が宙を舞い、もう一度地面が揺れる。

 アレイドの目に、一瞬過去の影がよぎったように見えた。でも、彼はただ剣を強く握りしめて前に出る。

「まだだ……終わらせない」

 リリィも、僕のほうを振り返る。

「ニコ、絶対離れちゃだめ」

「分かった」

 僕は光の玉を握りしめて、仲間たちの背を見つめた。

 祠の奥に残った影が、揺れていた。

 アレイドが低く叫ぶ。

「全員、連携を崩すな!」

 その声に、虚ろの斜陽とブルーミング・ルーツ――二つのパーティは再び一つの陣形を組む。

 僕たちは、まだ決着のつかない“もう一体の魔獣”に、全身で立ち向かおうとしていた。

 ――誰にも届かなかった誓い。それでも、ここで立ち上がるしかない。

 灰と風、痛みと願いが渦巻くなかで、戦いの緊張は途切れることなく続いていた。
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