英雄は根に咲く

ぼん

文字の大きさ
81 / 126
第四部:根の奥へ

第16章:響く根、眠る声 第1話:根に触れた時

しおりを挟む
 地下九十一階――

 ここ「深緑の聖域層」は安寧の根ダンジョンの最下層域。

 この場所に足を踏み入れる冒険者は、中央ギルドの中でもほんの一握りしかいない。

 封印領域と呼ばれ、日常的な調査や討伐の依頼すら滅多に届かない特別な階層。

 そんな地へ、僕たちブルーミング・ルーツがやってきたのは「聖域層で発生した精霊異変の調査」という、特別依頼が下ったからだった。

「……普通の依頼とは、空気が違うわね」

 クレアさんが息を呑む。

 光の玉が彼女の肩先で淡く揺れていたが、いつもより明らかに落ち着かず、内側で何かがざわついている。

 大樹の根が、天井から地面、壁の隅々まで複雑に張り巡らされている。

 根の太さは、僕の腕を何本束ねても及ばないほど。苔や小花が霧のように広がり、空間全体が薄暗く静かな気配で満たされていた。

「精霊たちの気配……強すぎるな、ここ」

 カイさんが普段よりも低い声で呟いた。冗談めかす余裕もなく、周囲を慎重に見回している。

 彼の光の玉も脈打つように揺れ、時おり淡い閃光が瞬いている。

 ガルドさんは黙って壁際の根に触れ、静かに深呼吸を繰り返していた。

 リリィは少し離れて立ち止まり、根のうねりを鋭い視線で見つめている。彼女の胸元に浮かぶ光の玉も、普段より一段と強く、震えるような輝きを帯びていた。

 僕の胸元にも、光の玉が熱を持って揺れていた。

 何かに呼ばれているような、引き寄せられるような感覚。

 静かに深呼吸しながら手のひらで玉を包み込むと、内側から響いてくる鼓動のような振動が手のひら全体に伝わってきた。

「……精霊の気配が、近い。すごく、強くて……ざわついてる」

 クレアさんが警戒を強める。

 光の玉の輝きは、普段の穏やかさを失い、むしろ何かを訴えかけるような、落ち着かない色と熱を放っていた。

 全員が自然と足を止める。

 根の隙間から微かな風が吹き抜け、空気がわずかに揺らぐ。

 そのたびに、光の玉同士が反応し合い、見えない“波”が空間を満たしていくのが分かった。

 ――その時だった。

 僕の光の玉が、他の誰よりも強く、胸元から近寄ってくる感覚を覚えた。

「……な、なんだ……?」

 手のひらの中で光の玉が脈打つ。

 心臓の鼓動よりも速いリズムで、光が内側から押し寄せてきた。

「ニコ、大丈夫か?」

 カイさんが声をかける。

 僕は「うん、でも……変だ」と呟きながら、思わず玉を握りしめていた。

 その瞬間――

 光の玉が、僕の指先に吸い寄せられるように熱を持ち、気付けば僕は太い根のひとつへ無意識に手を伸ばしていた。

「ニコ、やめ――」

 クレアさんの制止が届くより早く、

 ――根と触れ合った。

 バチッ、と静かな衝撃。

 視界が一瞬、白く弾ける。身体の奥底に熱が駆け巡る。

 根を伝って、無数の気配が流れ込んできた。

 それは言葉ではなく、けれど、確かに“誰か”の意志や感情のざわめきだった。

 眠りから覚めた精霊たちの、共鳴――

 その真っただ中に、僕の“光”が巻き込まれていくのを、強く感じていた。

 白い閃光が過ぎ去ったあと、僕はその場に膝をついていた。

 身体の奥――胸の深いところが、熱く、苦しい。

 手の中の光の玉は小刻みに震えていて、僕の意思とは関係なく脈打ちつづけている。

「ニコ! しっかりしろ!」

 カイさんの声がすぐ近くで響く。

 気が付けば、他の仲間も駆け寄っていた。けれど、誰かの手が僕の肩を支えるその感触さえ、今は遠い。

 視界の端で、壁や天井を覆う根の群れが、微かに光を帯びて脈動していた。

 ……まるで、精霊たちの心臓が全層を貫いているみたいだ。

「……光の玉が、暴れてる……?」

 クレアさんが、息を呑む。

 彼女自身の光の玉も、普段とは違う強さで震えている。

「なあ、ニコの……玉、やばくねぇか?」

 カイさんが焦り混じりに言う。

 その声がどこか遠く、音が歪んで聞こえる。

 僕の光の玉は、ますます強く熱を発し始めた。

 胸の奥で何かがはじけそうな、圧迫感。それは“力”ではなく“僕自身の感情や思い”に反応しているようだった。

 ――なぜ、こんなに騒いでいるんだ。

 不安や迷い、焦り、ほんの一瞬でも心が揺れると、光の玉の輝きが増していく。

 反比例するように、僕の意識が遠のいていく。

(ダメだ……このままじゃ……!)

 光の玉の輝きが暴走する。

 根の中から、無数の精霊たちの“気配”が押し寄せてくる。

 誰かの声が聞こえる――それは言葉ではない。

 だけど確かに“僕”を呼ぶ声だった。

(止まって……!)

 必死に叫んでも、力は止まらない。

 むしろ、感情が高ぶるほど、共鳴も強まる。

 そのとき――

 ふいに、胸元の光の玉が、僕の“意志”を試すかのように、ふっと熱を弱めた。

 他の仲間たちの光の玉も、まるで呼吸を合わせるように、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 ……その理由がすぐに分かった。

 静かな“気配”が、僕のすぐ隣に寄り添っている。

 言葉はない。でも、今までで一番近く、はっきりと感じる光の玉の気配。

「……ここに、いる」

 僕が心の中でつぶやくと、光の玉が静かに、でも確かに震えて応えた。

 それは、言葉じゃない。だけど“共鳴”が、力を“暴走”から“安定”へと導いていく。

「ニコ……」

 クレアさんの呼びかけが、ようやく耳に届いた。

 ガルドさんが無言で僕の背を支え、リリィがいつの間にかそばに寄り添っている。

「……もう、大丈夫」

 僕は小さく答える。

 胸元の光の玉は、さっきよりも穏やかな輝きに戻っていた。

 それでも、根の奥から伝わってくる精霊たちの気配は、いまだ消えていなかった。

 ――むしろ、今まで以上に“僕たち”の意志や感情を見つめている気がした。

「ここは、精霊たちが……“力”よりも“意志”や“心”に反応してる。そんな気がする」

 僕がそうつぶやくと、クレアさんがゆっくり頷いた。

「この場所では、下手な覚悟で力を使うと、飲み込まれる……のかもしれない」

 カイさんが肩をすくめて言う。

 リリィは光の玉をそっと手のひらに乗せ、静かに見つめていた。

 根の響きと、精霊たちのざわめき――

 そのすべてが、僕の胸の奥に静かに残っていた。

「……ありがとう」

 誰にともなく、心の中でそう呟く。

 聖域層の静寂の中で“力”の本質は“意志”とともにある――

 そのことを、僕はあらためて胸に刻んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

処理中です...