召喚失敗から始まる異世界生活

思惟岳

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第30話 ミルフィーユの街(3)

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 「あっという間に、真っ赤になっちまったな…」

 エルフのエミールが、広場を見下ろしながら、ぽつりと言った。

 広場は、『第二城壁』から駆け上がってきた魔物で埋め尽くされていた。
 『攻撃色』とでもいうのだろうか。
 広場ぜんたいが、魔物たちの真っ赤な眼光で染まっていた。

 「こちらに気づかれる前に、一撃、食らわせてやりましょう」

 魔道士アルベールは、火魔法の詠唱を、たかだかと唱え始めた。
 
 「…我は告げる。我らが契約のもと、炎獄の化身と…」

 「なあ、おい…」

 エミールが、ひそひそと、レギンに耳打ちした。

 「アルベールの魔法って、詠唱が要るんだっけか?」
 「まさか…、『無詠唱』こそ、やつの自慢の種じゃろう…」
 「じゃあ、なんで、あいつ詠唱なんか…」
 「しーっ」

 イザベラが、エミールの耳をつまんだ。

 「せっかく、ノリノリなのに、余計なこと言っちゃだめよ。ほんと、アンタは、黙っていられないんだから…」
 「…っ、痛えな! 素朴な疑問を口にして、何が悪いってんだよ!」

 エミールが、食ってかかった。

 「やれやれ、こんなところで、夫婦ゲンカとは…」

 仲が良いのも考えもんじゃと、レギンがあきれていると、

 「そこっ! 聞こえてますけど!」

 いつのまにか、詠唱を中断していた魔道士アルベールが、青筋を立てて怒鳴りだした。

 「がるうう?」
 「がる…がるうう?」
 「がる、がるう?」

 アルベールの怒鳴り声が、聞こえたのだろう。
 魔物たちが、いっせいに彼らの方を向いた。
 どうやら、魔法を撃ち込む前に、魔物たちに気づかれたらしい。


 「おや?…まあ、しかたがありませんね」

 そういって、杖をかざした瞬間。
 
 どおおおおおおおおおーーーーーーーんっ!

 『広場』に、大きな火柱が、立ち上った。
 赤い炎が、メラメラと天を衝き、打ち上げられた魔物どもが、黒焦げになって、どさりどさりと落ちてくる。
 
 「やっぱり。詠唱なんかいらねえじゃねえかよ。
  まあ、今朝の火柱と比べると、ちょっと、物足りねえがよ」
 「…まったく。あんたは、いつも、ひとこと余計なのよ」
 「夫婦ゲンカもほどほどにせい。魔物が来るぞ!」

 ドワーフのレギンの声で、三人は、いっせいに身構えた。
 
 いくらアルベールが手練の魔道士でも、ここは、街なか。
 魔物を倒すためとはいえ、街に火をつけては、本末転倒だ。
 炎の柱から離れていた魔物たちは、四人めがけて、飛びかかって来た。

 ひゅん、ひゅん、ひゅん…

 宙をかけるウルフの額を、次々と、矢が貫いてゆく。

 「おいおい。オレたちを抜いた奴を、射るんじゃなかったのか?」
 「うるさいわね。細かいこと言ってんじゃないわよ」

 妻のイザベラをからかいながら、エミールは、矢を抜けてきたウルフを叩き切っていく。
 まさに、一刀両断。
 街路は、ウルフの血で赤く染まり。
 みるみるうちに、ウルフの死骸が、狭い街路に積み上がった。 

 今、四人が戦っていたのは、ウルフの大群だった。
 『第二城壁』の門が開いた直後、足の速いウルフたちが、まっさきに広場に駆け込んできたのだろう。

 「これでは、視界が悪い。少し、後ろに下がりましょう」
 「そうだな」
 「そうね」
 「やれやれ、後片付けが、大変そうじゃの…」

 すっかり道を塞いでしまったウルフの死骸に目をやりながら、四人は、後退した。
 といっても、ここは坂道。
 下がるほどに、視界がよくなり、ふたたび、『広場』を見下ろすことができるようになった。

  「なんだよ。ちっとも減っちゃいねえぞ」
 「まったくじゃな」
 「しかたがないわよ。後から後から魔物どもがやってくるんだから」
 「文字通り、『魔物の森』ですからねえ。いくらでも湧いてきますよ」
 
 広場に限ったことではない。
 広場に通じる道も、また、城壁の外も、魔物で埋め尽くされている。
 
 四人は、盛大に、ため息をついた。
 
 そのとき、聞き慣れた声が、広場に響いた。

 「お父さまああああああーーーっ!どこですのおおおおおーーーっ!」

 領主アルベールの娘、イレーヌの声だった。
 アルベールたちとは、別の街路を降りて、まもなく『広場』に足を踏み入れようとしていた。

 炎の柱を、遠巻きにしていたウルフたちが、いっせいに、イレーヌに視線を向けた。

 「イ、イレーヌっ、なんでこんなときに…」

 アルベールは、顔面蒼白になった。

 「来ちゃだめっ!イレーヌちゃん!」
 「早く戻れ!イレーヌ!」
 
 イザベルたちも、叫んだ。
 
 「まずいぞ!このままでは…イレーヌが!」

 レギンの声と同時に、広場のウルフたちが、いっせいに、イレーヌに襲いかかった。
 アルベールたちが、助けに行こうにも、街路はウルフで埋まっている。
 
   
 わおおおおーーーーーーーーーん!わおん!

 その時、どこからともなく、魔力の籠もった遠吠えが聞こえてきた。
 そして、夜の帳が下り始めた空を、二体の銀色の魔物が、翔け抜けた。

 ずざざざざざーーーーーーーーっ!

 二体の銀狼は着地するなり、白いローブを羽織ったイレーヌの前で、弧を描くようにドリフト。
 
 がるるるるるるるーーーーーーーっ!がるる!

 イレーヌに襲いかかる大群に、牙を剥いた。
 銀狼の身体からは、強烈な魔力が可視化され、青い炎のように立ち上っている。
 

 「おいおい。マジかよ…」
 「なんで、あんなのが出て来たのよ」
 「まさか、フェンリル…かの?」
 「いえ、まだ、そこまでは進化していないようですね。
  でも、まるで、イレーヌを守ろうとしているように、見えるのですが…」


 驚いたのは、アルベールたちだけではない。
 人間にとって、銀狼は、Sクラスの希少種だが、魔物にとっては、まさに、竜にも引けを取らぬ恐怖の存在。
 イレーヌに飛びかかろうとしていたウルフどもも、あまりの格の違いに、たちまち怯んだ。


  
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