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第一部 迷路に集う子どもたち
第九話 鍵を飲み込んだ子どもの短い物語
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第九話 鍵を飲み込んだ子どもの短い物語
白い塔に王子様は住んでいました。そこが彼のお家だったのです。王子様の他にも沢山の仲間がその塔には住んでいました。王子様は言葉が喋れません。目は見えていても、何も感じることができません。王子様は何不自由ない暮らしをしていましたが、頭が狂っていたので本当に自分が幸せなのかさえわかりませんでした。
王子様は長い間、悪い魔法使いに魔法をかけられていたからでした。けれど王子様を助けるただ一つの方法がありました。それはお姫様が、王子様を救いにきてくれる方法でした。
王子様は何もわからない頭でずっと待っていました。お姫様と出会った時にお姫様が欲しがっていた世界をあげようと、少ない仲間と一緒に国を作って待っていました。けれどやっと出会えたお姫様は王子様の手を拒み、お姫様の為に用意した世界を捨てて出ていってしまいました。頭の狂った王子様は何もわかりませんでした。けれど、初めて涙を流しました。
お姫様は王子様を置いて逃げていったのでした。それから王子様は魔法使いに引き取られて死ぬまで白い塔に縛りつけられました。
「伯父さんの作ったお話って、変なだね」
シーツの上に置き声に出して朗読していた本を閉ざし、少年は不思議そうに首を傾げてベッドの主を見上げた。
上体を起こしベッドの上でずっと窓の外を眺めている男は、ぎこちない動作で腕を上げると窓ガラスをコツンと指で叩いた。
「今日は天気がいいよ。風がね雪の匂いを運んでくれるんだ」
そう言い、少年はベッドによじ登り窓の鍵を開けた。両開きの窓から身を乗り出すと、昨夜から降り積もっていた雪が一面を白銀色に染め上げていた。少年はその光景に感嘆し
「あ、見てよ。牡丹雪だよ」
と手を差し伸ばし舞い散る雪を受け取ろうとしたが、肩を引き止められて振り返った。
少年と男の虚ろな眼差しが絡まり一つに繋がる。少年は彼がこんな風に、焦点を合わせたことなどなかったので驚きを隠せずにいた。
廊下に誰かの足音が響く。少年は慌てた様子でベッドから飛び降りると、持っていた本を椅子に置いていた鞄の中へ隠した。
「……」
掠れる呼吸音が次第に大きくなり、小さな声へ変わっていった。
「……どんな…」
少年は驚愕した面持ちでベッドの男を見た。開け放たれたガラスに太陽の光が反射し、眩しさのあまり少年には男の横顔を直視できなかった。
「代償も厭わないから…あそこへ…連れていって…」
壁の向こうから伝わる足音が早まる。その音につられ少年は後ろを見た。
大勢の人間がドアの前に集まり、ノブが回転したその時。
「……ぼくを、連れていって」
少年が再び窓を見た時、男の身体は窓の外にあった。光を浴びて青いパジャマから白い翼が生たように見えた。
体が宙に浮いた数秒の間、男は少年に向かって微笑みかけた。
少年の背後から大人たちの悲鳴が聞こえる。駆けつけた女性が少年の目と耳を塞ぎ、抱きしめた。
大きな手に隠れた目元から、一滴の涙が筋を作って流れ落ちた。
螺旋階段を上る一人の少年の姿があった。その幼い面立ちには不似合いな鬼気迫るものを滲ませて駆けていた。蒸気した頬に涙の幾筋もの痕が伺える。泣き腫らした目を潤ませたが階段を上り終え、暗闇に浮かぶ長方形型の光のラインを見て慌てて涙を拭った。
息を整える間も与えずドアを押し開ける。眩しい光が溢れ目を細めた。
光の洪水の向こうで窓枠に手を置いた黒髪の、少年と比べ年上の少女が微笑んでいた。彼女の長い黒髪が開け放たれた窓から入ってきた風に吹かれなびいている。
「明日出ていくことになったの」
少女はとても嬉しそうに笑いかけながらそう言った。彼女がはにかむたびに、少年の顔に深い翳りが宿る。
「国へ戻って私が生まれた家で、また地元の学校へ通うのよ。普通の子どもたちがそうしているように」
「………どう、して?」
卑屈に歪んだ口端からこぼれた言葉に、少女は怯えるようにふっと口を閉ざした。その面差しからは血の気が引き恐怖が伺える。視線を逸らしたままずっと閉ざし動かなかった。
少年は答えを求めるように距離を縮めると、肩から流れ落ちる艶やかな髪の毛先を握り締めて必死の面持ちで尚も問いかけた。
「どうして…?」
少年から顔を背け、身体を小刻みに震わせると押し殺した口調で
「だって…ここは、おかしいもの」
と悲しげに発した。
「私にはついて……いけないから…」
少年の顔からすべての感情が消えた。まるで死刑判決を言い渡された被告のように、まだ幼い彼の中からずっと支えにしていた何かが音を立てて崩れた。
伏し目がちの瞳は大きく見開き、開口したままふさがらない唇から不定期な呼吸音が聞き取れた。少女は少年の変化に気づかないまま、身を翻すと未来を見据えた確かな眼差しで青く晴れた空を眺めた。
「だから私は出ていく。もう自分の未来を誰かに委ねたりしない。自分の家族を憎んだりしない。私は――」
彼女の科白を遮って、少年は制服の背中を窓の外に突き落とした。
声は途中から悲鳴に変わり少女の姿は消えた。重たいものが落ちた音が窓の外から聞こえ、立ち尽くしていた少年は震える手で窓を閉ざして鍵をかけた。
「……Dina da doo.」
そう呟き、少年は手の中にあった鍵を飲み込んだ。
白い塔に王子様は住んでいました。そこが彼のお家だったのです。王子様の他にも沢山の仲間がその塔には住んでいました。王子様は言葉が喋れません。目は見えていても、何も感じることができません。王子様は何不自由ない暮らしをしていましたが、頭が狂っていたので本当に自分が幸せなのかさえわかりませんでした。
王子様は長い間、悪い魔法使いに魔法をかけられていたからでした。けれど王子様を助けるただ一つの方法がありました。それはお姫様が、王子様を救いにきてくれる方法でした。
王子様は何もわからない頭でずっと待っていました。お姫様と出会った時にお姫様が欲しがっていた世界をあげようと、少ない仲間と一緒に国を作って待っていました。けれどやっと出会えたお姫様は王子様の手を拒み、お姫様の為に用意した世界を捨てて出ていってしまいました。頭の狂った王子様は何もわかりませんでした。けれど、初めて涙を流しました。
お姫様は王子様を置いて逃げていったのでした。それから王子様は魔法使いに引き取られて死ぬまで白い塔に縛りつけられました。
「伯父さんの作ったお話って、変なだね」
シーツの上に置き声に出して朗読していた本を閉ざし、少年は不思議そうに首を傾げてベッドの主を見上げた。
上体を起こしベッドの上でずっと窓の外を眺めている男は、ぎこちない動作で腕を上げると窓ガラスをコツンと指で叩いた。
「今日は天気がいいよ。風がね雪の匂いを運んでくれるんだ」
そう言い、少年はベッドによじ登り窓の鍵を開けた。両開きの窓から身を乗り出すと、昨夜から降り積もっていた雪が一面を白銀色に染め上げていた。少年はその光景に感嘆し
「あ、見てよ。牡丹雪だよ」
と手を差し伸ばし舞い散る雪を受け取ろうとしたが、肩を引き止められて振り返った。
少年と男の虚ろな眼差しが絡まり一つに繋がる。少年は彼がこんな風に、焦点を合わせたことなどなかったので驚きを隠せずにいた。
廊下に誰かの足音が響く。少年は慌てた様子でベッドから飛び降りると、持っていた本を椅子に置いていた鞄の中へ隠した。
「……」
掠れる呼吸音が次第に大きくなり、小さな声へ変わっていった。
「……どんな…」
少年は驚愕した面持ちでベッドの男を見た。開け放たれたガラスに太陽の光が反射し、眩しさのあまり少年には男の横顔を直視できなかった。
「代償も厭わないから…あそこへ…連れていって…」
壁の向こうから伝わる足音が早まる。その音につられ少年は後ろを見た。
大勢の人間がドアの前に集まり、ノブが回転したその時。
「……ぼくを、連れていって」
少年が再び窓を見た時、男の身体は窓の外にあった。光を浴びて青いパジャマから白い翼が生たように見えた。
体が宙に浮いた数秒の間、男は少年に向かって微笑みかけた。
少年の背後から大人たちの悲鳴が聞こえる。駆けつけた女性が少年の目と耳を塞ぎ、抱きしめた。
大きな手に隠れた目元から、一滴の涙が筋を作って流れ落ちた。
螺旋階段を上る一人の少年の姿があった。その幼い面立ちには不似合いな鬼気迫るものを滲ませて駆けていた。蒸気した頬に涙の幾筋もの痕が伺える。泣き腫らした目を潤ませたが階段を上り終え、暗闇に浮かぶ長方形型の光のラインを見て慌てて涙を拭った。
息を整える間も与えずドアを押し開ける。眩しい光が溢れ目を細めた。
光の洪水の向こうで窓枠に手を置いた黒髪の、少年と比べ年上の少女が微笑んでいた。彼女の長い黒髪が開け放たれた窓から入ってきた風に吹かれなびいている。
「明日出ていくことになったの」
少女はとても嬉しそうに笑いかけながらそう言った。彼女がはにかむたびに、少年の顔に深い翳りが宿る。
「国へ戻って私が生まれた家で、また地元の学校へ通うのよ。普通の子どもたちがそうしているように」
「………どう、して?」
卑屈に歪んだ口端からこぼれた言葉に、少女は怯えるようにふっと口を閉ざした。その面差しからは血の気が引き恐怖が伺える。視線を逸らしたままずっと閉ざし動かなかった。
少年は答えを求めるように距離を縮めると、肩から流れ落ちる艶やかな髪の毛先を握り締めて必死の面持ちで尚も問いかけた。
「どうして…?」
少年から顔を背け、身体を小刻みに震わせると押し殺した口調で
「だって…ここは、おかしいもの」
と悲しげに発した。
「私にはついて……いけないから…」
少年の顔からすべての感情が消えた。まるで死刑判決を言い渡された被告のように、まだ幼い彼の中からずっと支えにしていた何かが音を立てて崩れた。
伏し目がちの瞳は大きく見開き、開口したままふさがらない唇から不定期な呼吸音が聞き取れた。少女は少年の変化に気づかないまま、身を翻すと未来を見据えた確かな眼差しで青く晴れた空を眺めた。
「だから私は出ていく。もう自分の未来を誰かに委ねたりしない。自分の家族を憎んだりしない。私は――」
彼女の科白を遮って、少年は制服の背中を窓の外に突き落とした。
声は途中から悲鳴に変わり少女の姿は消えた。重たいものが落ちた音が窓の外から聞こえ、立ち尽くしていた少年は震える手で窓を閉ざして鍵をかけた。
「……Dina da doo.」
そう呟き、少年は手の中にあった鍵を飲み込んだ。
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