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第1章
舞踏会1.5
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扇の陰で何度か息を吸い込んだものの、リズの鼓動は落ち着くことはなかった。
殿下が、周りに会釈をしながら、ゆったりとした美しい歩みでこちらに近づき始めたのだ。
隣の兄から、貴族の子息にはあるまじき、舌打ちと思われる音がした気がするものの、真偽は確かめないままリズは扇を閉じて、兄と共に礼に適ったお辞儀をする。
ほんの2歩ほど離れた位置で殿下は立ち止まった。
頭を下げたままのリズは、ふわりと微かな香りが漂ってくるのを感じた。
それは、リズには馴染みのある、リズが殿下に献上し続けている香の香りだった。
一般には不評なこの香を公式の場でも殿下が身に纏っていることに驚くと同時に、リズの頬はなぜだか熱を持った。
今日の私は、どうしてしまったの?
動揺するリズの頭に、心地よい深い声がゆったりと降ってきた。
「待っていたよ。私の女神」
「待たなくて全く構わないんだけどね」
隣で早々に姿勢を戻した兄が、リズしか聞こえないほどに声を潜めて呟く。
兄の言葉は殿下を止めることは一切なく、心地よい声は降り続ける。
「あなたが頭を垂れ、白金の髪が微かに揺れるのも愛らしいが、その麗しい顔を上げて、あなたの瞳に私を映して欲しい。私の女神」
殿下のいつも通りのこの言葉に少し鼓動が収まったことを感じたリズだったが、顔を上げることには躊躇いがあった。
自分が顔を上げたとき、いつも通りの殿下ならどのような顔をするかは容易に想像が出来たからだ。
今の自分はいつも通りではないことを承知しているリズは、その顔を目にしたときの自分の反応が恐かった。
不自然にならないぎりぎりのタイミングまで顔を上げることを引き延ばしたリズは、小さく息を吸い込んだ後、覚悟を決めて顔を上げた。
――!
果たして、予想通りに、何ら飾ることのない、心からの喜びを溢れさせた笑顔が待ち受けていた。
鼓動が再び飛び跳ね、頬は熱くなり、殿下に対して口にするべきお決まりの挨拶の言葉も、かき消され、リズは思わず助けを求めるように兄の方に視線を向けてしまった。
そして――、動揺すらも忘れて息を呑んだ。
――お兄様…?
いつもリズを包み込んでくれる兄は、にこやかな笑顔を浮かべながら、目元は怒りを漲らせるという高度な筋肉の技を披露していた。
そして、女性とも見紛う銀の美貌からは想像もできない、地を這うような声が響いた。
「どこを見ている」
――え?
リズを素通りした兄の視線の先を思わず振り返ると、殿下はふわりと顔を緩めてリズの視線を受け止める。
けれど、リズは振り返ったときに、ほんの刹那、緩む前のサファイアの瞳を視界にとらえていた。全く緩んでいないその眼差しにどこか既視感を覚えた。
どこで見たものかリズが記憶を辿っていると、決然とした声が放たれた。
「今日は私の女神から、離れることはしない。一歩たりともね」
あら?この声も言葉も確か――
リズが既視感をさらに深めたとき、隣の兄が心底嫌そうに溜息を吐いた。
「僕一人で十分、と言いたいけれど、まぁ、その無駄な威圧感があった方が安心かな」
すっと無駄のない動きで反対の隣を埋めた殿下から、リズには馴染みのない温度のない声が放たれる。
「私一人で十分に、不埒な視線から私の女神を守れると思うが、君がいても足手まといにはならないだろう」
「その不埒な視線を先ほど一瞬感じた気がしたけれど、気のせいだったのかな。僕は足手まといにはならないよ。君が口ほどにもないと分かれば、さっさと僕の天使を連れて屋敷に戻るだけだから」
兄の声は確かに爽やかなものだったのに、リズの背筋にはぞくりと悪寒が走った。
この二人の関係についてリズは謎を覚えたものの、謎は謎のままが素敵なのだと言い聞かせ、社交のための完璧な笑顔を浮かべたのだった。
殿下が、周りに会釈をしながら、ゆったりとした美しい歩みでこちらに近づき始めたのだ。
隣の兄から、貴族の子息にはあるまじき、舌打ちと思われる音がした気がするものの、真偽は確かめないままリズは扇を閉じて、兄と共に礼に適ったお辞儀をする。
ほんの2歩ほど離れた位置で殿下は立ち止まった。
頭を下げたままのリズは、ふわりと微かな香りが漂ってくるのを感じた。
それは、リズには馴染みのある、リズが殿下に献上し続けている香の香りだった。
一般には不評なこの香を公式の場でも殿下が身に纏っていることに驚くと同時に、リズの頬はなぜだか熱を持った。
今日の私は、どうしてしまったの?
動揺するリズの頭に、心地よい深い声がゆったりと降ってきた。
「待っていたよ。私の女神」
「待たなくて全く構わないんだけどね」
隣で早々に姿勢を戻した兄が、リズしか聞こえないほどに声を潜めて呟く。
兄の言葉は殿下を止めることは一切なく、心地よい声は降り続ける。
「あなたが頭を垂れ、白金の髪が微かに揺れるのも愛らしいが、その麗しい顔を上げて、あなたの瞳に私を映して欲しい。私の女神」
殿下のいつも通りのこの言葉に少し鼓動が収まったことを感じたリズだったが、顔を上げることには躊躇いがあった。
自分が顔を上げたとき、いつも通りの殿下ならどのような顔をするかは容易に想像が出来たからだ。
今の自分はいつも通りではないことを承知しているリズは、その顔を目にしたときの自分の反応が恐かった。
不自然にならないぎりぎりのタイミングまで顔を上げることを引き延ばしたリズは、小さく息を吸い込んだ後、覚悟を決めて顔を上げた。
――!
果たして、予想通りに、何ら飾ることのない、心からの喜びを溢れさせた笑顔が待ち受けていた。
鼓動が再び飛び跳ね、頬は熱くなり、殿下に対して口にするべきお決まりの挨拶の言葉も、かき消され、リズは思わず助けを求めるように兄の方に視線を向けてしまった。
そして――、動揺すらも忘れて息を呑んだ。
――お兄様…?
いつもリズを包み込んでくれる兄は、にこやかな笑顔を浮かべながら、目元は怒りを漲らせるという高度な筋肉の技を披露していた。
そして、女性とも見紛う銀の美貌からは想像もできない、地を這うような声が響いた。
「どこを見ている」
――え?
リズを素通りした兄の視線の先を思わず振り返ると、殿下はふわりと顔を緩めてリズの視線を受け止める。
けれど、リズは振り返ったときに、ほんの刹那、緩む前のサファイアの瞳を視界にとらえていた。全く緩んでいないその眼差しにどこか既視感を覚えた。
どこで見たものかリズが記憶を辿っていると、決然とした声が放たれた。
「今日は私の女神から、離れることはしない。一歩たりともね」
あら?この声も言葉も確か――
リズが既視感をさらに深めたとき、隣の兄が心底嫌そうに溜息を吐いた。
「僕一人で十分、と言いたいけれど、まぁ、その無駄な威圧感があった方が安心かな」
すっと無駄のない動きで反対の隣を埋めた殿下から、リズには馴染みのない温度のない声が放たれる。
「私一人で十分に、不埒な視線から私の女神を守れると思うが、君がいても足手まといにはならないだろう」
「その不埒な視線を先ほど一瞬感じた気がしたけれど、気のせいだったのかな。僕は足手まといにはならないよ。君が口ほどにもないと分かれば、さっさと僕の天使を連れて屋敷に戻るだけだから」
兄の声は確かに爽やかなものだったのに、リズの背筋にはぞくりと悪寒が走った。
この二人の関係についてリズは謎を覚えたものの、謎は謎のままが素敵なのだと言い聞かせ、社交のための完璧な笑顔を浮かべたのだった。
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