3 / 14
茶会への誘い
しおりを挟む
皮肉なことに、その日から茶会への招待が殺到するようになった。
今までどんなに憧れても一通も届かなかった招待状。初めて山のように届いたそれらは「傷心中の私を慰める」という名目で、私を笑いものにするための道具だ。
婚約の話はまだ何も決まっていないけれども、すでに決まったようなものだ。
「イーリスお嬢様、アッヘンバッハ公爵家のクラリッサ様からお茶会のご招待が届いております」
侍女が一通の封筒を差し出す。
クラリッサ・フォン・アッヘンバッハ嬢は、国王陛下の姪にあたる高貴なご令嬢だ。
もう彼女の耳にまで入っているとは。ため息を吐いた。
「申し訳ないのだけれど、お断りしてくださるかしら?」
「それではご自分でお返事を書かれてはいかがですか? お嬢様と違って私たちは忙しいので」
それだけ言い残して、侍女たちは部屋を出て行った。甲高い笑い声が、廊下から漏れ聞こえてくる。
彼女たちに限らず、使用人たちからの扱いは、前よりひどくなった。
一応時間通りに運ばれてきていた食事がときどき届かなくなったり、わざとお茶をこぼして私にかけたり。他愛ないものだが、地味に心が傷つけられる。
私はそんなに価値のない人間なのだろうか。貴族の血を引いていないということは、それほどの罪なのだろうか。
でも構わない。どうせ、あとひと月もすれば16歳になる。そうしたら、この家ともお別れだ。
いつも身に着けているネックレスを服の中から取り出す。小さなアメジストの石が光っている。
幼い頃、ほんの数回会っただけの男の子からもらったお守りだ。私に唯一優しくしてくれた、初恋の人。
あの人は何と言ってこのネックレスをくれたのだっただろうか。
急に部屋の外が騒がしくなる。
なんだろう。誰かが来た? あり得ない。私の部屋に尋ねてくるのは、私付きの侍女くらいのものなのに。
ノックもなしに扉が開かれる。
「イーリスお姉様! 元気にしてるかしら? あら、相変わらず陰気な顔をしているのね」
「ヒーリーヌ……」
ヒーリーヌは昨夜のしおらしさが嘘のように、悪意をふりまきながら笑う。
それにしても何の用事だろう。彼女が私の部屋に来たことは、多分ない。
「それで、何か私に用事が……?」
「ええ、お姉様、とっても悲しんでらっしゃると思って……。元気づけに来たのですわ」
全くもって余計なお世話だ。
私はゲレオルク様個人に惹かれていたわけではないけれども、その新たな婚約者が慰めに来るのに何の意味があると思ったのだろう。
「ご心痛はお察しいたしますわ、お姉様」
悲痛な顔をして、ヒーリーヌは言った。慰めなんていらないから、早く帰ってほしいのに。
思い切ってそう言ってしまおうかと考えたときだった。
「そりゃあわたくしの方が血筋も見た目も教養も上ですけれど、あんなに素敵なゲレオルク様との婚約がなくなったんですもの……。ショックですわよね」
頭の後ろを花瓶で殴られたような衝撃を受けた。
ヒーリーヌに、私を元気づけようなんて優しさは欠片もなかったのだ。最初から、そういう名目で私を傷つけにきただけ。
どうして、そんな風に扱われなくてはいけないんだろう。私が何をしたって言うの。
言い訳がましいようだが、私は本当にゲレオルク様相手には特別な感情は抱いていない。恋心と呼べるようなものは、幼い頃の初恋で使い果たしてしまったから。
婚約が決まった時にも、私に婚約話が来たことに驚く一方で、ああやっぱり彼とは結ばれないのだ、と悲しく思ったものだった。
どこの誰かも知らない人と、結婚なんてできるはずもないのに。心のどこかで勝手に、結婚するのなら彼だと思い込んでいた。
「ああ、そんな顔をなさらないで。お姉様が悲しそうだと、わたくしも悲しくなってしまいますわ」
芝居がかった泣き真似をしたヒーリーヌは、クスッと笑い声をもらした。
お姉様、という言葉に、ありったけの侮蔑が込められている。
「ねぇお姉様、わたくしと一緒に気晴らしをなさいませんか?」
「……気晴らし?」
ずっと無言で受け流していたが、何やら気になる言葉が聞こえた。聞き返すと、ヒーリーヌは満面の笑みを浮かべた。
きかなければ良かった。嫌な予感がする。
「わたくしのお友達のクラリッサ様が、お茶会にお誘いをくださったの。是非お姉様もご一緒に、と言付けをいただいたのだけれど……」
ヒーリーヌは決定的な言葉を口にしない。でも、身にまとう雰囲気が、彼女の意図を物語っていた。
断るなんて許さないわよ、あなたも行きなさい。こんなところだろうか。
「……でも」
「ね? お姉様」
小さな声で紡ごうとした反論は、すぐに遮られて空気に溶けた。
「……わかったわ」
処刑場に連れていかれる囚人は、こんな気持ちなのだろうか。いや、いっそその方がマシかもしれない。だって、彼らを待ち受ける困難は死んでしまえば終わるのだから
「嬉しいわ! 楽しみにしてるわね、お姉様」
「ええ、私もよ」
かろうじて貼り付けた笑顔は、きっと引きつっていたことだろう。そして、それすらもヒーリーヌを愉快にさせたに違いない。
今までどんなに憧れても一通も届かなかった招待状。初めて山のように届いたそれらは「傷心中の私を慰める」という名目で、私を笑いものにするための道具だ。
婚約の話はまだ何も決まっていないけれども、すでに決まったようなものだ。
「イーリスお嬢様、アッヘンバッハ公爵家のクラリッサ様からお茶会のご招待が届いております」
侍女が一通の封筒を差し出す。
クラリッサ・フォン・アッヘンバッハ嬢は、国王陛下の姪にあたる高貴なご令嬢だ。
もう彼女の耳にまで入っているとは。ため息を吐いた。
「申し訳ないのだけれど、お断りしてくださるかしら?」
「それではご自分でお返事を書かれてはいかがですか? お嬢様と違って私たちは忙しいので」
それだけ言い残して、侍女たちは部屋を出て行った。甲高い笑い声が、廊下から漏れ聞こえてくる。
彼女たちに限らず、使用人たちからの扱いは、前よりひどくなった。
一応時間通りに運ばれてきていた食事がときどき届かなくなったり、わざとお茶をこぼして私にかけたり。他愛ないものだが、地味に心が傷つけられる。
私はそんなに価値のない人間なのだろうか。貴族の血を引いていないということは、それほどの罪なのだろうか。
でも構わない。どうせ、あとひと月もすれば16歳になる。そうしたら、この家ともお別れだ。
いつも身に着けているネックレスを服の中から取り出す。小さなアメジストの石が光っている。
幼い頃、ほんの数回会っただけの男の子からもらったお守りだ。私に唯一優しくしてくれた、初恋の人。
あの人は何と言ってこのネックレスをくれたのだっただろうか。
急に部屋の外が騒がしくなる。
なんだろう。誰かが来た? あり得ない。私の部屋に尋ねてくるのは、私付きの侍女くらいのものなのに。
ノックもなしに扉が開かれる。
「イーリスお姉様! 元気にしてるかしら? あら、相変わらず陰気な顔をしているのね」
「ヒーリーヌ……」
ヒーリーヌは昨夜のしおらしさが嘘のように、悪意をふりまきながら笑う。
それにしても何の用事だろう。彼女が私の部屋に来たことは、多分ない。
「それで、何か私に用事が……?」
「ええ、お姉様、とっても悲しんでらっしゃると思って……。元気づけに来たのですわ」
全くもって余計なお世話だ。
私はゲレオルク様個人に惹かれていたわけではないけれども、その新たな婚約者が慰めに来るのに何の意味があると思ったのだろう。
「ご心痛はお察しいたしますわ、お姉様」
悲痛な顔をして、ヒーリーヌは言った。慰めなんていらないから、早く帰ってほしいのに。
思い切ってそう言ってしまおうかと考えたときだった。
「そりゃあわたくしの方が血筋も見た目も教養も上ですけれど、あんなに素敵なゲレオルク様との婚約がなくなったんですもの……。ショックですわよね」
頭の後ろを花瓶で殴られたような衝撃を受けた。
ヒーリーヌに、私を元気づけようなんて優しさは欠片もなかったのだ。最初から、そういう名目で私を傷つけにきただけ。
どうして、そんな風に扱われなくてはいけないんだろう。私が何をしたって言うの。
言い訳がましいようだが、私は本当にゲレオルク様相手には特別な感情は抱いていない。恋心と呼べるようなものは、幼い頃の初恋で使い果たしてしまったから。
婚約が決まった時にも、私に婚約話が来たことに驚く一方で、ああやっぱり彼とは結ばれないのだ、と悲しく思ったものだった。
どこの誰かも知らない人と、結婚なんてできるはずもないのに。心のどこかで勝手に、結婚するのなら彼だと思い込んでいた。
「ああ、そんな顔をなさらないで。お姉様が悲しそうだと、わたくしも悲しくなってしまいますわ」
芝居がかった泣き真似をしたヒーリーヌは、クスッと笑い声をもらした。
お姉様、という言葉に、ありったけの侮蔑が込められている。
「ねぇお姉様、わたくしと一緒に気晴らしをなさいませんか?」
「……気晴らし?」
ずっと無言で受け流していたが、何やら気になる言葉が聞こえた。聞き返すと、ヒーリーヌは満面の笑みを浮かべた。
きかなければ良かった。嫌な予感がする。
「わたくしのお友達のクラリッサ様が、お茶会にお誘いをくださったの。是非お姉様もご一緒に、と言付けをいただいたのだけれど……」
ヒーリーヌは決定的な言葉を口にしない。でも、身にまとう雰囲気が、彼女の意図を物語っていた。
断るなんて許さないわよ、あなたも行きなさい。こんなところだろうか。
「……でも」
「ね? お姉様」
小さな声で紡ごうとした反論は、すぐに遮られて空気に溶けた。
「……わかったわ」
処刑場に連れていかれる囚人は、こんな気持ちなのだろうか。いや、いっそその方がマシかもしれない。だって、彼らを待ち受ける困難は死んでしまえば終わるのだから
「嬉しいわ! 楽しみにしてるわね、お姉様」
「ええ、私もよ」
かろうじて貼り付けた笑顔は、きっと引きつっていたことだろう。そして、それすらもヒーリーヌを愉快にさせたに違いない。
23
あなたにおすすめの小説
婚約破棄? 結構ですわ。私は領地を立て直します
鍛高譚
恋愛
――婚約破棄? むしろ好都合ですわ!
王太子エドワード殿下の婚約者として完璧な淑女教育を受けてきた伯爵令嬢ルシア。
だがある日、殿下は彼女を公衆の面前で一方的に婚約破棄し、新たな婚約者として平民出身の令嬢レイラを選んだ。
「あなたのような冷たい女より、愛に生きるレイラのほうがふさわしい!」
突然の屈辱に、一時は落ち込むルシアだったが――すぐに吹っ切れる。
「王太子妃になるための苦労をしなくて済むなんて、むしろ幸せでは?」
伯爵家の一員として新たな人生を歩むことを決意したルシアは、父の領地の改革に取り組みはじめる。
不作にあえぐ村を助け、農業改革や商業振興に奔走するうちに、村人たちから慕われるように。
そして、彼女の努力はやがて王宮にまで届き――
「君のような女性こそ、王国に必要だ。」
そんな彼女のもとを訪れたのは、まさかの第二王子・アルベルト殿下!?
婚約破棄で人生が終わるどころか、むしろ最高の人生が始まった!?
元婚約者が没落する一方、ルシアは国を動かす存在へと成長していく――!
虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を
柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。
みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。
虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
婚約破棄された私は、世間体が悪くなるからと家を追い出されました。そんな私を救ってくれたのは、隣国の王子様で、しかも初対面ではないようです。
冬吹せいら
恋愛
キャロ・ブリジットは、婚約者のライアン・オーゼフに、突如婚約を破棄された。
本来キャロの味方となって抗議するはずの父、カーセルは、婚約破棄をされた傷物令嬢に価値はないと冷たく言い放ち、キャロを家から追い出してしまう。
ありえないほど酷い仕打ちに、心を痛めていたキャロ。
隣国を訪れたところ、ひょんなことから、王子と顔を合わせることに。
「あの時のお礼を、今するべきだと。そう考えています」
どうやらキャロは、過去に王子を助けたことがあるらしく……?
あなたに婚約破棄されてから、幸運なことばかりです。本当に不思議ですね。
香木陽灯
恋愛
「今まではお前が一番美人だと思っていたけれど、もっと美人な女がいたんだ。だからお前はもういらない。婚約は破棄しておくから」
ヘンリー様にそう言われたのが、つい昨日のことのように思い出されます。別に思い出したくもないのですが、彼が我が家に押しかけてきたせいで思い出してしまいました。
婚約破棄されたのは半年も前ですのに、我が家に一体何の用があるのでしょうか。
「なんでお前なんかが……この数ヶ月の出来事は全て偶然なのか?どうしてお前ばかり良い目にあうんだ!」
「本当に不思議ですねー。あなたに婚約を破棄されてから、良いことばかり起きるんですの。ご存じの通り、我が領地は急激な発展を遂げ、私にも素敵な婚約話が来たのです。とてもありがたいですわ」
子爵令嬢のローラ・フィンレーは、第三王子のヘンリーに婚約を破棄されて以来、幸運なことばかり起きていた。
そして彼女が幸運になればなるほど、ヘンリーは追い詰められていくのだった。
あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
【完結】断罪イベントの真っ最中ですが後方彼氏面している王子様が気になってそれどころじゃない。
逢坂莉未
恋愛
レーナは卒業式のパーティで婚約者に婚約破棄を宣言されるが、その最中に後ろの方で第二王子が腕組をして何やら独り言をつぶやいていることに気づいてしまった。その独り言が気なってしまい冤罪の弁明どころじゃなくなってしまう。
誰かこの状況を何とかしてください!
※本編は完結してますが、王子視点を後日、投稿したいと思っています。
※小説家になろうにも同時投稿しています。
妹に婚約者を奪われた私ですが、王子の婚約者になりました
天宮有
恋愛
「お前よりも優秀なメリタと婚約することにした」
侯爵令嬢の私ルーミエは、伯爵令息バハムスから婚約破棄を言い渡されてしまう。
その後バハムスを奪いたかったと、妹メリタが私に話していた。
婚約破棄を言い渡されてすぐに、第四王子のジトアが屋敷にやって来る。
本来はジトアが受けるはずだった呪いの身代わりになっていたから、私は今まで弱体化していたようだ。
呪いは来月には解けるようで、これから傍にいたいとジトアは言ってくれる。
ジトア王子の婚約者になれた私は、呪いが解けようとしていた。
私たち、殿下との婚約をお断りさせていただきます!というかそもそも婚約は成立していません! ~二人の令嬢から捨てられた王子の断罪劇
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「私たち、ハリル王子殿下との婚約をお断りさせていただきます!」伯爵家の姉妹フローラとミルドレッドの声がきれいに重なった。王家主催の夜会で、なんとハリル王子に対し二人の姉妹が婚約破棄を申し出たのである。国王も列席する場で起きた前代未聞の事態に、会場はしんと静まり返る。不貞を働いたことを理由に婚約破棄を申し渡したはずのフローラと、心から愛し合っていたはずの新しい婚約相手ミルドレッドからの婚約破棄の申し出に、混乱するハリル王子。しかもそもそもフローラとの婚約は受理されていないと知らされ、ハリルは頭を抱える。そこにハリルの母親であるこの国の側妃アルビアが現れ、事態は運命の断罪劇へと進んでいく。
一風変わった婚約破棄からはじまる断罪ざまぁストーリーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨム等他サイトでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる