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果たされる約束
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そう長い時間はたたないうちに、お父様は戻ってきた。そして、その隣にいるのは。
「フィンリー殿下……?」
私の小さなつぶやきが、さざ波のように広がる。
「まさか……あれは……」
「……ば帝国で挙兵……」
途切れ途切れにしか聞こえない会話がもどかしい。お父様、早く。
「こちらはアーテル帝国の皇族の末裔、フィンリー殿下でいらっしゃいます。帝国での挙兵の話をご存じの方も多いかと存じますが。……殿下、後をお願いしても?」
フィンリー殿下は頷くと、観衆を見渡した。たったそれだけで、会場の視線は彼に釘付けになった。
「昨日、無事に聖地であり皇都でもあるダミアを奪還した。一部地域にはまだアルバム王国の残党がいるが、じきに討伐も終了するだろう」
朗々と語るフィンリー殿下は、既に王者の貫禄を身にまとっている。
そして、その口から語られる戦況は考えられる限り最高のもので、私は胸をなでおろした。
「故に、しかるべき段階を踏んだ上で、余は皇帝に即位し、アーテル帝国を復興する!」
その場が一気に盛り上がった。それは、ヒーリーヌたちの存在があっという間にかすむほどに。
目立ちたがり屋の彼女がどう思っているのか気になってヒーリーヌの方を見る。彼女はフィンリー殿下を熱いまなざしで見つめていた。
すぐ横には婚約者がいるというのに、いいのだろうか。
その様子を見ていると、なぜか笑えてきた。どうして、私はあんなに彼女におびえていたのだろう。
「……ときにアイリス殿下。約束は思い出してくださいましたか?」
あんな幼い頃の約束。年上のフィンリー殿下でさえ、まだ年齢は二桁に届いたばかりだっただろう。
信じてもいいのだろうか。うぬぼれてもいいいのだろうか。
「殿下」という称号に、周囲はまたざわめいている。アイリスって誰、そんな声も聞こえた。
恐怖で足がすくむ。足から根っこでも生えたかのように、私の足は動かない。
「いってらっしゃいませ、殿下」
お母様の声がした。そちらに目をやるが、視線は合わない。お母様はただ、前を見つめていた。
その目線を追って前を向くと、フィンリー殿下が目に入る。彼の視線は真っすぐに私に向けられている。おいで、と呼ばれた気がした。
呪いのように絡みついた根っこが、かき消えた。
意を決して歩き出すと、面白いように人の集団が割れて、道ができた。ほんの短い距離なのに、世界の果てまでだってもう少し近いように思われる。
前もって決まってでもいたように、私は迷いなくフィンリー殿下の横に立った。お母様とほんの一瞬目が合った。
フィンリー殿下はうすく微笑むと、私の前に膝をついた。
「遅くなって申し訳ありません。お約束通り、あなたに相応しい場所を用意しました」
うやうやしく、フィンリー殿下は、夢に見たあの日の思い出をなぞる。
「あなたに会いたくてたまらなかった。国を奪った連中への復讐なんてどうでもいいとすら思うほどに」
ついさっきまで、聴衆に向かって演説していたときとは全くの別人だ。今宵も美しくきらめくアメジストは、私の姿しか映さない。
「だから、どうかこの哀れな男と結婚して、皇后の椅子に座ってはいただけませんか?」
「……本当に、私で良いのですか?」
「あなたでなくてはいけないのです、アイリス様」
必死に言いつのるフィンリー殿下の目には、すがるような色すらあった。
私たちの間で交わされる話を理解している人は、恐らくほとんどいない。それでも、誰も何も口を挟まなかった。
ただ、視線だけが向けられていて、妙に口の中が乾いた。
答えなければ。彼のために、そして私のためにも。
「あなたの妻になら、喜んで」
しぼりだした声は少し掠れてしまったけれど、フィンリー殿下は軽く目を見張って、泣き笑いを浮かべた。
「フィンリー殿下……?」
私の小さなつぶやきが、さざ波のように広がる。
「まさか……あれは……」
「……ば帝国で挙兵……」
途切れ途切れにしか聞こえない会話がもどかしい。お父様、早く。
「こちらはアーテル帝国の皇族の末裔、フィンリー殿下でいらっしゃいます。帝国での挙兵の話をご存じの方も多いかと存じますが。……殿下、後をお願いしても?」
フィンリー殿下は頷くと、観衆を見渡した。たったそれだけで、会場の視線は彼に釘付けになった。
「昨日、無事に聖地であり皇都でもあるダミアを奪還した。一部地域にはまだアルバム王国の残党がいるが、じきに討伐も終了するだろう」
朗々と語るフィンリー殿下は、既に王者の貫禄を身にまとっている。
そして、その口から語られる戦況は考えられる限り最高のもので、私は胸をなでおろした。
「故に、しかるべき段階を踏んだ上で、余は皇帝に即位し、アーテル帝国を復興する!」
その場が一気に盛り上がった。それは、ヒーリーヌたちの存在があっという間にかすむほどに。
目立ちたがり屋の彼女がどう思っているのか気になってヒーリーヌの方を見る。彼女はフィンリー殿下を熱いまなざしで見つめていた。
すぐ横には婚約者がいるというのに、いいのだろうか。
その様子を見ていると、なぜか笑えてきた。どうして、私はあんなに彼女におびえていたのだろう。
「……ときにアイリス殿下。約束は思い出してくださいましたか?」
あんな幼い頃の約束。年上のフィンリー殿下でさえ、まだ年齢は二桁に届いたばかりだっただろう。
信じてもいいのだろうか。うぬぼれてもいいいのだろうか。
「殿下」という称号に、周囲はまたざわめいている。アイリスって誰、そんな声も聞こえた。
恐怖で足がすくむ。足から根っこでも生えたかのように、私の足は動かない。
「いってらっしゃいませ、殿下」
お母様の声がした。そちらに目をやるが、視線は合わない。お母様はただ、前を見つめていた。
その目線を追って前を向くと、フィンリー殿下が目に入る。彼の視線は真っすぐに私に向けられている。おいで、と呼ばれた気がした。
呪いのように絡みついた根っこが、かき消えた。
意を決して歩き出すと、面白いように人の集団が割れて、道ができた。ほんの短い距離なのに、世界の果てまでだってもう少し近いように思われる。
前もって決まってでもいたように、私は迷いなくフィンリー殿下の横に立った。お母様とほんの一瞬目が合った。
フィンリー殿下はうすく微笑むと、私の前に膝をついた。
「遅くなって申し訳ありません。お約束通り、あなたに相応しい場所を用意しました」
うやうやしく、フィンリー殿下は、夢に見たあの日の思い出をなぞる。
「あなたに会いたくてたまらなかった。国を奪った連中への復讐なんてどうでもいいとすら思うほどに」
ついさっきまで、聴衆に向かって演説していたときとは全くの別人だ。今宵も美しくきらめくアメジストは、私の姿しか映さない。
「だから、どうかこの哀れな男と結婚して、皇后の椅子に座ってはいただけませんか?」
「……本当に、私で良いのですか?」
「あなたでなくてはいけないのです、アイリス様」
必死に言いつのるフィンリー殿下の目には、すがるような色すらあった。
私たちの間で交わされる話を理解している人は、恐らくほとんどいない。それでも、誰も何も口を挟まなかった。
ただ、視線だけが向けられていて、妙に口の中が乾いた。
答えなければ。彼のために、そして私のためにも。
「あなたの妻になら、喜んで」
しぼりだした声は少し掠れてしまったけれど、フィンリー殿下は軽く目を見張って、泣き笑いを浮かべた。
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