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第五章 王国編

第194話 対決、義賊コータ

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 ミューイは公務用の服を何着か持っているが、その中でも特に体を動かすのに適した服に着替えた。
 王国カラーである白と青を基調とした正装だが、飾りが少なく身軽で、王立魔導騎士団の制服に似ている。

 王城を出ると正面に広大な庭園が広がっている。
 青々とした垣根や花々が並ぶ中、庭園を囲むよう菱形に細い道があり、その対角線上に広い道が伸びている。
 庭園の東側には馬小屋があり、王立魔導騎士団の馬とともに王族の馬もつながれている。
 王立図書館は王城から近い位置にあるが、徒歩だと時間がかかるため、ミューイは馬を使おうと東へ向かう細い道に入った。

 だがその直後、キューカが姿を消したままミューイに呼びかけた。

「ミューイ、上、見ル」

 ミューイが上を見上げると、義賊コータが空に浮いていてミューイのことを見ていた。
 驚いたことに、彼は貴族の服を着ていた。盗んだのか、はたまた盗んだ金で買ったのか。

「ほう、気づかれたか」

 コータが地上に瞬間移動してミューイの方に歩いてくる。
 ミューイは鳥肌の立った左腕を右手でさすりながら、中央の広い道に入りなおしてコータの方へと歩いていく。

「やあ、久しぶり。あのときは君を悪党だと疑ってしまって申し訳ない。王女だったんだね。いまは女王か。とにかく無事でよかったよ」

(あんたにだけは言われたくないわよ。それに、あんたは本物の悪党になり果てたのだけれど、その自覚はないのかしら)

 ミューイは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 それから、彼女が気になっていたことを尋ねた。

「騎士団長があなたを探しに行ったのだけれど、会わなかったかしら?」

「ああ、彼なら僕と戦ったせいでくたばっているよ。なかなかの使い手だったけれど、僕には及ばなかった。残念なことにね」

「ここへは何をしにきたの? 腹いせや報復でもしに来たの?」

「仕事さ。騎士団長を倒したいま、もう僕を止められる者はいない。君には悪いけれど、王城の財産をいただくよ」

(性懲りもなく私の前に姿を現したと思ったら、今度はぬけしゃあしゃあと強盗宣言? しかもそれを女王に面と向かって言ってのけるなんて、信じられない!)

 普通なら自分が戦っても騎士団長よりも強いコータに勝てるわけがない。
 しかし、騎士団長に敗北を与えた世界王が私に出向けと言った。彼は無理なことをしろとは言わない人だ。私しだいでコータに勝つことはできるということだ。

「不甲斐ない騎士団長に代わって、私があなたを逮捕します」

「え、僕と戦うつもり? 君が? やめときなよ。いまなら見逃してあげるからさ」

「登場も上からだったけれど、物言いもすっごい上からよね。私、この国の女王なんだけど」

「プライド高いなぁ。これだから……」

 コータがそう言いかけたところで、ミューイはコータに攻撃をしかけた。ミューイは頭にきていて限界だった。
 コータの耳に指向性のある大音量の雑音が飛び込んだ。

「うわっ!」

 コータは両耳を押さえてよろめいた。そしてすぐ瞬間移動で空中に移動した。

「問答無用ってわけだね。さっきの音波攻撃は効いたよ。僕ももう容赦はしない」

 ミューイの目に映る景色が変わった。それもなんの前触れもなく。
 ミューイはシミアン王城の庭園を上から見下ろしていた。それはほんの一瞬のことで、ミューイの体は落下を始めた。

「きゃあああああ!」

 眼前に迫る地面。ミューイの脳裏に死がよぎったが、通路の石畳に衝突する寸前でフワリと浮いた。悲鳴に乗じて姿を現したキューカがミューイを支えて飛んでいた。
 いつものサイズだとミューイを乗せるなんてとても無理だが、大きな悲鳴を元に顕現けんげんしたためキューカは大きい姿になれたのだった。

「あ、思い出した! 前に会ったときからその鳥をどこかで見たことある気がしていたけれど、遺跡で僕に契約を迫った九官鳥だね? 君と契約していたら音の操作型魔導師になっていたわけか。僕はやっぱりアンダースと契約してよかったよ。こっちのほうが便利だし強いからね」

 ミューイはいまのコータの言葉が心底頭にきた。相棒のキューカを侮辱されたことが不快極まりなかった。

「私もあなたという人が少しずつ分かってきたわ。根はいい人なのに空回りしているだけ。いままではそう思っていた。けれどぜんぜん違った。根がいいなんて大間違い。利己的で自分に甘いナルシスト。優越感に浸るために人をおとしめるクズ。なるべくして犯罪者になった愚か者よ」

 ミューイがコータをにらみ上げてそう言い放った。
 ミューイを見下ろすコータは腕を組み、目を閉じてしばし上を向いていた。それから目を開き、ミューイを見下ろしたときには鬼の形相をしていた。

「許さないよ。もう許さない。君は僕のヒロインかもしれないと思っていたけれど、違ったみたいだ。舐めているようだから、僕の力を思い知らせてやる!」

 空気が極限まで張り詰めたちょうどこのときだった。王城の裏手から走ってきた者がいた。

「ミューイ様! ご無事ですか? 先ほど悲鳴が聞こえましたが!」

 それは庭師のガーディーだった。スーツを着た白髪の老人が駆け寄ってくる。

「駄目! 来ちゃ駄目!」

 ミューイが両手を前に突き出して制止するので、従順なガーディーはすぐに止まった。
 だが、コータの目に映ってしまってはもう逃げられない。ガーディーの姿が瞬間的に消えた。
 ガサッという音が聞こえて振り向くと、ガーディーが庭の中央に倒れていた。高い所から落下して垣根にぶつかり、中央の道に転げたらしい。
 だがそれで終わりではなかった。ガーディーの体は横たわったままの状態で動きはじめた。地面を引きずりまわされ、垣根を突き破り、花壇に突っ込んでさらにそのまま体を引きずられる。
 ガーディーはボロボロだし、彼が精魂込めて手入れした庭も滅茶苦茶になっていた。

「やめて! やめなさい、コータ! あなたの相手は私でしょ!」

「君こそ僕が悪いみたいな言い方はよしてくれ。二人がかりで来られるかもしれないなら先手を打つに決まっているじゃないか」

 ミューイは急いでガーディーの元に駆け寄った。
 ミューイはガーディーとガーディーが整えるこの庭が大好きだった。花の一つひとつが愛おしく、垣根の緑がいつも彼女に安らぎを与えていた。
 それがいまや無残な姿に成り果てている。

「ガーディー、無事? 大丈夫?」

 ガーディーは気を失っているが、まだ生きていた。体はボロボロである。
 老体にはあまりに酷な仕打ちだ。

「次は君がこうなるんだよ」

 コータは無慈悲な言葉を投げつけたが、ミューイは無視してガーディーだけを見ていた。
 コータは無視されたことにいっそう腹を立て、ミューイを強制的に動かそうとした。

「ん? 何だ?」

 だがミューイは動かなかった。よく見るとミューイから黒いオーラがにじみ出ていた。

 黒いオーラは負の感情が極限まで高まったときに出るものだ。そのオーラは相手の魔法の効果を弱める。
 コータはそのことを知っていた。

「その黒いオーラ、やっぱり君はそちら側の人間だったんだね。僕は悪を見過ごさないよ!」

 ミューイはコータのことをキッと睨んだ。彼女のほおには涙が筋を作っていた。

「人を想って怒ることの何が悪いの。大切な人や物を傷つけられたら、誰だって怒るわよ!」

 ミューイの流した涙が頬を伝い、あごからしたたり、無残に散った白い花弁に落ちる。
 その瞬間、ミューイの耳にかすかな音が聞こえた。水の流れのような音。
 これは花たちから聞こえる音だ。花たちはまだ生きている。
 その音がミューイを励ます声援に聞こえてきて、ミューイはさらに泣いた。

 黒いオーラが霧散し、白いオーラが噴き出した。
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