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最終章 狂酔編

第251話 狂気が理を侵す、理不尽の唄

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 真っ赤な空の下、敵はカケラただ一人。

 対する味方の戦力は、ゲス・エストこと俺と、最強の魔術師であるエア、イーターの頂点に君臨するドクター・シータ、それからE3エラースリーのダース・ホーク、リーン・リッヒ、盲目のゲンの三人、そしてこの戦いの鍵となるであろう感覚共鳴の魔術師キューカ。あと、神の精霊である兎の校長先生。
 総勢八人。
 機構巨人は俺の操作で動くが、自動で動かすこともできるので、これを頭数に入れれば九人となる。

 この世界最強たる八人プラス一体をもってして、カケラにはいまだ攻撃を当てることができていない。
 はっきりいって、無策で挑んでもカケラには手が届かない。

 俺たちは作戦を変えた。
 考えない作戦はやめて、未来を視ようが心を読もうが対処不可能となるよう連続攻撃で追い詰める戦法に切り替えた。
 チェスや将棋と同じ。途切れることなくチェックを続ければチェックメイトできるし、詰めろを完璧に打てば詰ますことができる。

「キューカ、いったん全員をつなげ。適宜てきぎ、感覚共鳴を切ったり人数を絞ったりしろ」

 こう言うと感覚共鳴の取捨選択を完全にキューカに任せたように聞こえるが、俺とキューカだけは常につないでおき、誰をつなぎ誰を切り離すかは俺が判断する。
 キューカが俺とつながったことで、キューカもそのことを理解する。

「分かったのよ」

 まずはカケラを追い詰めるに足る攻撃パターンを探す。
 とにかく攻撃を繰り出して、何の攻撃を防いで何の攻撃を避けるのかを知ることから始める。防ぐ攻撃と避ける攻撃の境界がカケラの耐久力の指標となるのだ。
 あとはどれくらいの攻撃頻度とスピードなら回避が追いつかなくなるのか。

 俺は仲間の攻撃案を汲み取りつつ、自分の中で組み立てたコンビネーションを感覚共鳴により伝達する。

「はぁっ!」

 リーン・リッヒが振動魔法を行使して剣を振る。
 空気を微細に振動させる風の刃が剣から放たれカケラへと向かう。同時に盲目のゲンが水の杭を飛ばす。

 どちらの攻撃も瞬きをする間に敵に到達するほどの極めて高い速度を有していたが、カケラは子供が水溜りを飛び越えるような身軽なステップでそれをかわす。
 未来を知れる能力で予知していたのだろう。

 もちろん、こちらとてそれは予測済みのこと。この攻撃は単発で終わらない。
 カケラの横を抜けた風の刃と水の杭は黒い穴に吸い込まれた。ダースの闇魔法だ。その穴はワープホールであり、カケラの移動した先でその背後につながっていて、再び出現した風の刃と水の杭が衝突する。
 それは振動により威力が強化された水の散弾となり、広範囲に高威力の弾丸が発射される。これは絶対にかわせない。

「ふふっ」

 その乾いた笑いは、カケラが俺の心を読んで着弾の確信を嘲笑あざわらったものだろう。
 カケラは突如姿を消し、水の散弾が発射された方向とは反対の場所に姿を現した。時間を止めて移動したのだろう。一見はただの瞬間移動だが、彼女の場合は周囲を完全に囲んでしまえば実行できないはず。

「――ッ!」

 俺の考えたE3エラースリーによる三位一体攻撃は完全に外れたかに思われたが、カケラの全身が濡れた。
 あえて感覚共鳴から外していたエアがやってくれたのだ。
 カケラの瞬間移動先に水の散弾をワープさせるワープゲートを出現させ、さらにスカラーの魔法で水の散弾の速度を光速に変化させた。
 スカラーの魔法はたしかジーヌ共和国で戦ったアオの概念魔法。

 ここでカケラが被弾したのは意外だが、俺は瞬時に考察した。
 カケラに攻撃を当てることが難しい三つの要因は、読心能力、未来視能力、素の身体能力の高さゆえのスピードだ。
 いまの攻撃に関しては、おそらくこうだ。

 一、 感覚共鳴をしている俺の心を読んでいてエアの心は視えていなかった。
 二、 連続攻撃のおかげで未来視が追いつかなかった。
 三、 光速の攻撃には知覚が追いつかず時間を止めるという発想を与えなかった。

 ただ、光速の水散弾へ期待するのは敵の体を無数に貫くことだ。しかしカケラはびしょ濡れになっただけ。血の一滴も見せてはくれなかった。
 彼女の体はおそらく鋼鉄よりも頑丈だ。

 攻撃を当てたことは一つの成果だが、まだ終わりじゃない。この勢いで有効打を探す。
 感覚共鳴は常に俺とキューカをつないでおくつもりだったが、もしもカケラが感覚共鳴を優先で読心するなら、あえて俺が感覚共鳴から外れる選択肢はある。
 俺は呼んだらすぐつなぐようキューカに念じ、感覚共鳴から俺を外させた。

「エグゾースト・バーストォオオオ!」

 俺が空気を圧縮して作った大砲を撃つ。
 俺の魔法は絶対化されているので、機工巨人と同じく指定した座標を必ず移動する。それはつまり、敵の耐久力がどんなに高くても関係なく押し潰すということ。
 カケラの背後には機工巨人が移動していた。
 機工巨人の内部には体積を増したドクター・シータが入っていて、俺の意思から離れて動いていた。
 俺はドクター・シータに動かさせるために機工巨人の動作をフリーにしていたが、ここで機工巨人の制御を戻して座標を固定する。
 これで俺の空気の砲弾と機工巨人の胸板でカケラを挟み撃ちにできる。絶対と絶対のサンドイッチ。しかもその周囲も俺の空気で囲っているため逃げ場はない。

「無に帰す!」

 カケラが手刀を振り上げて構えた。
 空気の砲弾が着弾する直前、時間の流れがスローになった。これもカケラの時間操作能力だろう。
 そしてカケラが手刀を振り下ろし、俺の空気の砲弾を切り裂く。

「これは!」

 空気の操作リンクが切断され、砲弾はただの空気の塊となってカケラの両サイドを通り抜けた。
 闇道具・ムニキスの能力だ。
 さきほどカケラが言っていたように、闇道具の力を創れるカケラはその能力を自分の体で発現させることができるのだ。

「まだだ!」

 俺は機工巨人の両手を動かした。蚊を叩く要領で、右と左の手のひらでカケラを挟み打つ。
 同時にワープゲートが機工巨人の両手の周囲に筒状に出現する。これはダースだ。キューカが俺をつないだことでダースの意思を汲み取った。
 カケラがどの方向へ逃げようとしても元の位置に戻すワープゲート。もう機工巨人の両手に挟まれて潰れる未来しかない。

「ん……?」

 機工巨人の動きが止まった。機工巨人の座標移動動作は絶対に止めることができない。しかし唯一止める方法があったのだ。
 それは時間を止めること。
 しかし時間を止めても逃げ場はない。

「なっ……!」

 機工巨人が手を戻す動きを始めた。ワープゲートも消失する。
 何が起こっているのか。
 エアがその答えに気づきつぶやく。

「時間が巻き戻っている」

 しかも、カケラは時間が巻き戻る中で自身だけは自由に動いている。

「私の時間操作は空間を範囲指定できる。さっきはあなたたちの脳ごと時間を止めたから瞬間移動したように見えたと思うけれど、今回は人物以外の空間だけを指定して時間を巻き戻しているの。だから時間が止まったことも巻き戻っていることも認識できる。当然、巻き戻る空間に魔法による干渉はできないわよ」

 そう言いながら軽いステップでカケラが移動した先は、校長先生の前だった。

「校長先生さん、さっきから鬱陶うっとうしいのよね。殺気で牽制けんせいしてくるから手を出しにくかったじゃないの。私はね、この世界の人間を殺さないし死んで逃げることも許さないけれど、あなたは別。だって、人間じゃないんだもの。この世界の者ですらない。何より、狂気に染まるより先に消滅するよう創られているのがムカつく。あなたはいらないわ。バイバイ」

 カケラの右腕が目にも留まらぬ速さで直立した兎の胸を貫き、そこから大量の血が飛んだ後に紅いオーラが噴き出した。
 校長先生は貫かれた胸を中心として紙が燃えるようにじわじわと消えていった。
 その表情にうれいはない。卒業生を見送るように、凛々しく毅然きぜんとした顔で俺たちを眺めながら消滅した。

「貴様……」

「なぁに? あなたたち、こいつに思い入れも何もないでしょう? 人でもないんだし。これで一人減ったね。でも安心して。もう減ることはないから。たとえ死のうとしても絶対に死なせない。時間を戻してでも生かして狂気に染めてあげる」

 改めて認識させられたカケラの目的は、俺たちには言われるまでもなく分かっていた。
 だが、こうして改めて彼女の口から聞かされると戦慄を禁じえない。
 まるでホラー映画に入り込んで呪いの歌を聴いてしまったかのような絶望、いや、それ以上の絶望がそこにはあった。
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