公爵家を乗っ取った男爵一家は、家系図から消えました 〜偽公爵令嬢は王太子妃を夢見たようですが、本物の私は公爵として並び立ちます

エスビ

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第十六話 叔父様の逆上

第十六話 叔父様の逆上

老侯爵の言葉が、大広間に重く落ちた。

「次は、一族としての処分を決める」

その瞬間、アルベルト男爵の顔色が変わった。

青ざめていた頬に、今度は怒りの赤が差す。

「処分だと……?」

低い声だった。

セシリアがびくりと肩を震わせる。

叔母は怯えたように夫を見上げた。

だが、叔父はもう二人を見ていなかった。

その視線は、まっすぐエレノアに向いている。

「エレノア」

「はい、叔父様」

「お前は、そこまで私たちを追い詰めたいのか」

エレノアは静かに答えた。

「追い詰めているのではありません。事実を確認しているだけです」

「黙れ!」

怒号が広間に響いた。

使用人たちが息を呑む。

伯爵が眉をひそめる。

老侯爵は動かない。

アルベルト男爵は椅子を乱暴に引き、立ち上がった。

「私は兄の死後、この家を支えてきた! 何も知らぬ小娘の代わりに、商会と話し、社交界に顔を出し、王宮との縁をつなごうとした!」

「そのために、公爵家の名を偽ったのですか」

エレノアの声は静かだった。

叔父の怒りとは対照的に、氷のように落ち着いている。

それが、さらに叔父を苛立たせた。

「偽ったのではない! 私はグランディアの血を引いている!」

「叔父様は、アルベルト男爵家の当主です」

「その言い方をやめろ!」

叔父は卓を強く叩いた。

銀の燭台が揺れる。

セシリアが小さく悲鳴を上げた。

「男爵、男爵と……! お前は私を見下しているのか!」

エレノアは首を横に振る。

「爵位を確認しているだけです」

「それが見下していると言うのだ!」

叔父は荒い息を吐いた。

「兄は公爵だった。私はその弟だ。公爵家の血を引く者だ。ならば、私がこの家を動かして何が悪い!」

老侯爵が低く言った。

「悪い」

たった一言。

しかし、それだけで叔父の言葉は止まった。

老侯爵は続ける。

「公爵家の血を引くことと、公爵位を持つことは違う。そこを取り違えた時点で、お前は一族の秩序を壊している」

叔父は老侯爵を睨んだ。

「秩序、秩序と……。では、あの子に任せて公爵家が守れたとでも?」

エレノアを指差す。

「両親を亡くしたばかりの娘だぞ。何ができる!」

「少なくとも」

エレノアが口を開いた。

「私は、公爵家の名で支払えない宝飾品を買ってはいません」

叔父の顔が歪む。

「私は、公爵代理を名乗っていません」

「……」

「私は、男爵令嬢を公爵令嬢と偽って、王太子殿下の前に立たせていません」

セシリアが涙をこぼした。

「お姉様……」

「セシリア」

エレノアは彼女を見る。

「私はあなたの姉ではありません。従姉です」

その一言に、セシリアは息を詰まらせる。

何度も「お姉様」と呼べば、本当に姉妹のようになれると思っていたのかもしれない。

けれど、それもまた曖昧な言葉だった。

叔母が震える声で言う。

「そんな言い方……あんまりですわ」

エレノアは叔母へ視線を向けた。

「では、叔母様。あなたは本当に、公爵夫人ですか」

叔母は何も言えなかった。

あの日、玄関ホールで叫んだ言葉。

「私は、公爵夫人よ」

その言葉は、もう彼女自身を縛っている。

叔父が低く笑った。

「なるほど。そうか。最初からこうするつもりだったのだな」

「何をでしょうか」

「私たちを罪人にするつもりだったのだろう!」

叔父は叫んだ。

「だから記録だ、証拠だと騒いでいた! 家族を信じず、最初から疑っていた!」

エレノアは、ほんの少しだけ目を伏せた。

「信じたかったです」

その声は静かだった。

広間の空気がわずかに変わる。

「叔父様が後見人として来てくださったとき、本当に公爵家を支えてくださるなら、私は感謝するつもりでした」

叔父の表情が一瞬だけ揺れる。

だが、エレノアは続けた。

「けれど、最初に当主の席に座りました」

叔父の目が泳ぐ。

「公爵家の印章を求めました」

「それは……」

「公爵代理と署名しました」

「必要だった!」

「セシリアに公爵令嬢を名乗らせました」

「社交のためだ!」

「叔母様は公爵夫人を名乗りました」

叔母が顔を覆う。

「そして、公爵家の金を使いました」

静寂。

エレノアは叔父をまっすぐ見た。

「記録したのは、私が疑ったからではありません。叔父様たちが、記録されるべきことをなさったからです」

叔父は歯を食いしばった。

だが、言い返せない。

伯爵が冷たく告げる。

「アルベルト。お前はまだ理解していないようだな」

「何をだ」

「ここで問題になっているのは、エレノア殿の感情ではない」

伯爵は帳簿を指した。

「事実だ」

子爵も続ける。

「記録上、セシリア嬢は公爵令嬢ではない」

老侯爵が言う。

「記録上、そなたの妻は公爵夫人ではない」

伯爵が重ねる。

「記録上、お前は公爵代理ではない」

最後に、エレノアが静かに言った。

「記録上、公爵は私です」

叔父の顔が、みるみる歪んだ。

怒り。

屈辱。

焦り。

そのすべてが混ざった表情だった。

「小娘が……」

低く、絞り出すような声。

「お前さえいなければ……」

大広間が凍りついた。

叔母が顔を上げる。

「アルベルト様……?」

セシリアも怯えた目で父を見た。

叔父は自分の口から出た言葉に気づいたのか、一瞬黙る。

だが、もう遅い。

老侯爵の目が鋭く光った。

「今、何と言った」

「……言葉のあやだ」

叔父は吐き捨てるように言った。

「興奮しただけだ」

「興奮すれば、当主の存在を否定してよいのか」

先ほど叔母に向けられた問いが、今度は叔父に突き刺さる。

叔父は荒い息を繰り返す。

エレノアは、少しも表情を変えなかった。

けれどルークは、静かに記録係へ目配せをする。

記録係のペンが走る。

――アルベルト男爵、当主エレノアに対し「お前さえいなければ」と発言。

その黒い文字が、またひとつ逃げ道を塞いだ。

叔父は椅子を蹴るようにして立ち尽くしていた。

「私は認めん」

「何をですか」

「一族から裁かれることなど、認めん!」

老侯爵は冷たく言った。

「認めるかどうかは、お前が決めることではない」

「私はグランディアの血を引いている!」

「だからこそ、罪が重い」

その一言に、叔父の口が止まった。

老侯爵はゆっくりと立ち上がる。

「血を盾に名を騙り、血を理由に財を食い、血を言い訳に責任から逃げる。そんな者を一族に置いておけば、我ら全員が王家から疑われる」

伯爵が続けた。

「王太子殿下の前で偽名乗りが行われた以上、これはもう屋敷内の問題ではない」

子爵も頷く。

「一族として切り離さねば、連座の火種となります」

連座。

その言葉に、叔父一家の顔色が変わる。

叔母が震えながら言った。

「そ、そんな……家族でしょう?」

老侯爵は一切揺れない。

「家族だからこそ、これ以上庇えぬ」

セシリアが泣き崩れる。

「お父様、どうしよう……」

叔父は答えられない。

先ほどまで怒鳴っていた口が、今は閉じたままだった。

エレノアは静かに座っている。

勝ち誇らない。

怒鳴らない。

ただ、見届ける。

叔父が自分の怒りで、さらに罪を重くしたところまで。

老侯爵は卓上の家系図へ視線を落とした。

「次の議題に移る」

広間に、冷たい緊張が走る。

「アルベルト男爵一家を、グランディア一族より除名するか否か」

叔母が息を呑む。

セシリアが顔を上げる。

叔父は何か言おうとした。

だが、老侯爵が遮る。

「弁明は、もう十分聞いた」

その声は、終わりの鐘のようだった。

エレノアは窓の外へ一瞬だけ視線を向ける。

薔薇が風に揺れている。

静かな庭。

その内側で、ひとつの家族が一族から切り離されようとしている。

だが、それはエレノアの復讐ではない。

彼ら自身が選んだ結果だった。

公爵家の名は、飾りではない。

偽って手に入るものでもない。

そして、奪おうとした者は。

必ず、その名によって裁かれる。
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