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5.愛おしい彼との時間
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翌週の金曜日。
今日は夜の七時から会社の創立記念のパーティーがある。ホテルの大きな会場を貸し切って、社員はもちろん得意先、関連会社の人たちが集まる予定だ。
一部の社員は裏方となり、わたしは受付担当。あわせて得意先のお客様を指定の座席へ案内する役割も担っている。
定刻の二十分前、受付用の名簿をチェックしていると秘書課の人に声をかけられた。
「小松崎さん、あと少しでヤナギサワ商事の柳沢《やなぎさわ》会長が到着するということなので、お迎えをお願いね」
「わかりました。いま行きます」
本来、ロビーでのお迎えはわたしの仕事ではなく秘書課の仕事。だけど人手が足りなくて、柳沢会長の案内を秘書課から頼まれていた。
柳沢会長は足が悪く車椅子のため、その配慮も必要。あちらにも秘書がついているけれど、当社としてもきちんと出迎えをするようにと上からの指示があった。
「輝!」
「どうしたの? 冬馬くん?」
「柳沢会長を迎えにいくんだろう? 俺も行くよ」
「いいの?」
「俺が向こうの秘書に代わって車椅子を押すよ。じいちゃんが車椅子だからそういうの慣れてるんだ。エレベーターの乗り降りも、そのほうがスムーズにいくだろう」
「うん、ありがとう」
たしかに会場の場所を知っている人間が車椅子を押したほうがいい。わたしは車椅子の介助経験がないので、冬馬くんがいてくれると助かる。わたしはそこまで気がまわらなかった。冬馬くんはそのことに気がついて、さらりと行動に移せるのがすごい。
わたしたちはエレベーターで一階まで行き、正面玄関で柳沢会長の車が到着するのを待った。
でもそこで思わぬ人を見かけてしまう。
ロビーを通り抜けるひとりの人物のオーラはとても輝いていた。黒いジャケット、黒いパンツ。全身黒ずくめの彼は正体を隠しているつもりなのだろうけれど、ブランドものの黒いサングラスが余計に彼を目立たせていた。
通り過ぎる瞬間、サングラスの彼がこちらを向いた。なんとなく視線を感じたわたしもじっと見つめた。
「輝……ちゃん?」
サングラスをずらし、彼は言った。
「驚いたな。こんなところで会うなんて」
やさしく目を細めた彼はサイジさんだった。
わたしは驚きすぎて言葉がでない。すっかり手の届かない人になってしまったサイジさんに偶然会えるなんて、これはもう奇跡だ。
「どうしてここに?」
サイジさんのテンションはあまり変わらない。芸能人の貫録というか、どっしりと落ち着いていた。
「会社の創立記念なんです」
「そうだったんだ。輝ちゃんも社会人か」
「そうなんです。ところでサイジさんは?」
「俺はこのホテルに宿泊してるんだ。ちょっといろいろあって自宅に戻れなくて」
いろいろ? もしかして写真週刊誌に狙われているからなのかな。
「ちょっ、もしかしてこの人って?」
隣にいる冬馬くんがわたしの腕をちょんちょんと突いた。
「そうなの。サイジさん、紹介しますね。この人は同じ会社に勤めていて、わたしと同期の藤城冬馬さんです」
「藤城です。こんな有名人と会えるなんて、すげーラッキーです。いやあ、間近で見てもイケメンですね」
「そんなことないよ。でもありがとう」
言われ慣れているのか、サイジさんは涼しい顔のまま気負いなく言った。
「サイジさん、曲をダウンロードしていつも聴いてます。デビューしたての頃に何度かライブにも行ったんですけど、最近はぜんぜんチケットが入手できなくて」
「それなら今度チケットを送るよ」
「本当ですか? うれしいです」
サイジさんはやさしい眼差しだった。
テレビの印象とは正反対。穏やかで誠実な雰囲気はあの頃のまま。女性スキャンダルが目立ってしまって、すっかり変わってしまったのかもと思っていたからほっとした。
「ごめん。もっと話したいところなんだけど、実は音楽雑誌社の人とラウンジで待ち合わせしていて、このあと取材の仕事なんだよ」
「そうだったんですね。わたしたちのことは、どうぞお気になさらず」
「今度ゆっくり会おうよ。ライブのチケットのこともあるし、よかったら連絡先を教えてもらえる?」
「えっと……これ名刺なんですけど……」
ボールペンしか持っていなかったので、ポケットに入れていた名刺入れから名刺を出すと、そこに電話番号を書いた。
「へえ、企画部なんだ」
「はい。でもまだ二年目で、雑用が多いですけど」
「いやいや、たいしたもんだよ」
サイジさんはにっこりと笑顔になって、名刺を黒いジャケットの内ポケットにしまった。
「それじゃ、またね」
「はい、お仕事がんばってください」
ラウンジに向かうサイジさんのうしろ姿はオーラをまとっていても、あの頃よりも痩せて儚げに見えた。笑顔だって作りものみたいだった。最初はあまり変わってはいないように思えたけれど……。仕事が忙しくて疲れているだけかな。
今日は夜の七時から会社の創立記念のパーティーがある。ホテルの大きな会場を貸し切って、社員はもちろん得意先、関連会社の人たちが集まる予定だ。
一部の社員は裏方となり、わたしは受付担当。あわせて得意先のお客様を指定の座席へ案内する役割も担っている。
定刻の二十分前、受付用の名簿をチェックしていると秘書課の人に声をかけられた。
「小松崎さん、あと少しでヤナギサワ商事の柳沢《やなぎさわ》会長が到着するということなので、お迎えをお願いね」
「わかりました。いま行きます」
本来、ロビーでのお迎えはわたしの仕事ではなく秘書課の仕事。だけど人手が足りなくて、柳沢会長の案内を秘書課から頼まれていた。
柳沢会長は足が悪く車椅子のため、その配慮も必要。あちらにも秘書がついているけれど、当社としてもきちんと出迎えをするようにと上からの指示があった。
「輝!」
「どうしたの? 冬馬くん?」
「柳沢会長を迎えにいくんだろう? 俺も行くよ」
「いいの?」
「俺が向こうの秘書に代わって車椅子を押すよ。じいちゃんが車椅子だからそういうの慣れてるんだ。エレベーターの乗り降りも、そのほうがスムーズにいくだろう」
「うん、ありがとう」
たしかに会場の場所を知っている人間が車椅子を押したほうがいい。わたしは車椅子の介助経験がないので、冬馬くんがいてくれると助かる。わたしはそこまで気がまわらなかった。冬馬くんはそのことに気がついて、さらりと行動に移せるのがすごい。
わたしたちはエレベーターで一階まで行き、正面玄関で柳沢会長の車が到着するのを待った。
でもそこで思わぬ人を見かけてしまう。
ロビーを通り抜けるひとりの人物のオーラはとても輝いていた。黒いジャケット、黒いパンツ。全身黒ずくめの彼は正体を隠しているつもりなのだろうけれど、ブランドものの黒いサングラスが余計に彼を目立たせていた。
通り過ぎる瞬間、サングラスの彼がこちらを向いた。なんとなく視線を感じたわたしもじっと見つめた。
「輝……ちゃん?」
サングラスをずらし、彼は言った。
「驚いたな。こんなところで会うなんて」
やさしく目を細めた彼はサイジさんだった。
わたしは驚きすぎて言葉がでない。すっかり手の届かない人になってしまったサイジさんに偶然会えるなんて、これはもう奇跡だ。
「どうしてここに?」
サイジさんのテンションはあまり変わらない。芸能人の貫録というか、どっしりと落ち着いていた。
「会社の創立記念なんです」
「そうだったんだ。輝ちゃんも社会人か」
「そうなんです。ところでサイジさんは?」
「俺はこのホテルに宿泊してるんだ。ちょっといろいろあって自宅に戻れなくて」
いろいろ? もしかして写真週刊誌に狙われているからなのかな。
「ちょっ、もしかしてこの人って?」
隣にいる冬馬くんがわたしの腕をちょんちょんと突いた。
「そうなの。サイジさん、紹介しますね。この人は同じ会社に勤めていて、わたしと同期の藤城冬馬さんです」
「藤城です。こんな有名人と会えるなんて、すげーラッキーです。いやあ、間近で見てもイケメンですね」
「そんなことないよ。でもありがとう」
言われ慣れているのか、サイジさんは涼しい顔のまま気負いなく言った。
「サイジさん、曲をダウンロードしていつも聴いてます。デビューしたての頃に何度かライブにも行ったんですけど、最近はぜんぜんチケットが入手できなくて」
「それなら今度チケットを送るよ」
「本当ですか? うれしいです」
サイジさんはやさしい眼差しだった。
テレビの印象とは正反対。穏やかで誠実な雰囲気はあの頃のまま。女性スキャンダルが目立ってしまって、すっかり変わってしまったのかもと思っていたからほっとした。
「ごめん。もっと話したいところなんだけど、実は音楽雑誌社の人とラウンジで待ち合わせしていて、このあと取材の仕事なんだよ」
「そうだったんですね。わたしたちのことは、どうぞお気になさらず」
「今度ゆっくり会おうよ。ライブのチケットのこともあるし、よかったら連絡先を教えてもらえる?」
「えっと……これ名刺なんですけど……」
ボールペンしか持っていなかったので、ポケットに入れていた名刺入れから名刺を出すと、そこに電話番号を書いた。
「へえ、企画部なんだ」
「はい。でもまだ二年目で、雑用が多いですけど」
「いやいや、たいしたもんだよ」
サイジさんはにっこりと笑顔になって、名刺を黒いジャケットの内ポケットにしまった。
「それじゃ、またね」
「はい、お仕事がんばってください」
ラウンジに向かうサイジさんのうしろ姿はオーラをまとっていても、あの頃よりも痩せて儚げに見えた。笑顔だって作りものみたいだった。最初はあまり変わってはいないように思えたけれど……。仕事が忙しくて疲れているだけかな。
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