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旅一座
第8話
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「……見事だ」
短くも重みのある言葉だった。リリアは驚いて顔を上げる。カリムは一瞬だけ不器用な笑みを見せ、静かに剣を納めた。
「墓守の技。確かに本物だな。カイが連れてきたのもうなずける」
胸の奥に熱が広がった。墓地の静けさの中で、ただ己に課した務めを繰り返し、形にしてきた技。それを他者に認められたのは、素直に嬉しかった。
その横でヴァルガンが煙草に火を熾し、ゆるりと煙を吐き出す。
「噂に違和感を覚えた時点で、お前さんは合格だ。だが……」
ヴァルガンの目が細められる。光を削ぎ落とすようなその眼差しに、リリアは無意識に息を詰めた。
「墓守の鈴を振るうなら、覚悟を持て。音は敵だけでなく、味方も縛る。もちろん、自分自身もだ。王がそれを嫌った理由を、いずれ知ることになるだろう」
――王。
その響きが胸をえぐった。リリアは反射的に鈴へと手を伸ばし、革袋の上から強く握りしめた。
ヴァルガンは煙草を靴の底で踏み消し、ゆっくりとリリアの前に歩み出た。
「リリア。お前は今日、己の力を示した。墓守の鈴を恐れず鳴らし、仲間を守った。それは簡単にできることじゃない」
低い声が周囲の空気を震わせる。リリアはその場で視線を落とした。褒められているはずなのに、胸の奥にはざらついた違和感が残った。喜びとともに、居場所を踏み外したような不安が渦巻いていた。
「……けれど、私は墓守です。墓地を離れた今も、その役目から逃げた覚えはありません」
「逃げる必要はないさ」
ヴァルガンの口の端が、わずかに上がる。
「墓を守るも、旅を守るも、本質は同じだ。人が恐れる闇を見抜き、名を与え、道を示す。お前の鈴は、この一座で必ず役に立つ」
その言葉にリリアは息を呑んだ。
──役に立つ。
その響きが胸の奥に静かに染みていく。
「……私を、一座に?」
「ああ。試用期間は二日。明日からは正式に採用するつもりだ」
ヴァルガンの迷いのない口調。しかし、リリアはすぐに答えられなかった。認められた喜びが心を震わせる一方で、どうしても忘れられない影を引きずっていた。
――アラン。もう一度だけでいい、あなたに会いたい。
王である彼が、リリアから墓守の役目を奪った。その理由を知らぬまま、新たな場所に身を置いていいのだろうか。
不要と切り捨てられた訳を直接問い質したい。けれど、爵位すら失った今のリリアには、一国の主に会う術はない。城の門をくぐることすら叶わないだろう。
──私はもう、何者でもない。
そんな自分が、本当に誰かに必要とされる資格があるのだろうか。
沈黙を破るように、カリムが口を開いた。
「お前が加わるなら、俺は歓迎する。さっきの戦いでわかった。お前の鈴は、俺の剣と相性がいい」
不器用な声だが、そこに偽りはなく、リリアは胸の奥で小さな灯を見つけたような気がした。
カイも、ジャドも、そしてミリエラも、それぞれに笑みを浮かべていた。
カイは、まるで面白い玩具を見つけた子どものように、瞳をきらきらと輝かせた。
「やっぱりすごいよ、リリア。俺と一緒にもっと試そう。二人なら、きっと誰も知らない律を奏でられる」
その声には甘い響きがあり、リリアの胸をざわつかせた。危うさと魅力が、同じ熱を帯びて迫ってくる。
ジャドは、いつもの調子で、飄々と肩をすくめた。
「いやぁ、命が助かったよ。君がいなきゃ、矢を放つ前に刺されてたかもな。宝箱を見つけた気分だ!」
軽口の裏に、確かな感謝の色が宿っていた。
ミリエラは、両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに微笑んだ。
「あんなにきれいに魂が渡るなんて……。リリアちゃん、本当にすてきだった。これからは私の歌と鈴を合わせられるね」
その声は温かく、歳の離れた姉が妹を迎えるようだった。
ただ一人、セラだけが黙っていた。
倒れた盗賊を蹴飛ばしていた足を止め、じっとリリアを見つめる。喜びでも称賛でもない。強い嫉妬と戸惑いが入り混じった視線だった。
リリアはその冷たさを確かに感じ取った。
だが、理由までは理解できない。ただ、胸の奥に針のような痛みが残った。
セラは短く鼻を鳴らし、荷馬車へと歩き出す。
「……まあ、役には立つみたいだし。座長がそう言うなら、いいんじゃない?」
言葉は一応の賛同でありながら、どこか突き放す響きを帯びていた。
リリアは小さく唇を噛む。彼女の心の底にあるものを知りたいと思いながらも、踏み込む勇気はなかった。
再び、ヴァルガンの声が響く。
「少しの間でもいいさ。答えは旅の中で見つかるものだ。どうせ次にやることは決まっていないのだろう?」
その言葉に呼応するように、祠を包んでいた風がぴたりと止み、森の奥から鳥の声が聞こえてきた。
「──ようこそ、星渡り一座へ」
カイの明るい声が耳に届く。
「……よろしくお願いします」
リリアは言葉を返して鈴を握りしめた。
冷たい金属の感触は、確かに今ここにあるはずなのに、胸の奥では遠くにいる人影へと繋がっていく。
──なぜ、切り捨てられたのか。
──なぜ、言葉を交わしてくれなかったのか。
問いは消えず、答えも得られない。影は心に深く根を張り、歩もうとする足をたびたび絡め取ろうとする。
それでも、鈴を離すことはできなかった。
ならば、この痛みを抱えたまま進むしかない。
「……歩かなければ」
小さく呟いた声は、誰に向けたものでもなかった。
その瞬間、ふと胸裏をよぎる声があった。
――どこまで続くんだろうね。
それは幻のように浮かぶ、遠い記憶の声。あるいは、未来へと歩き出す自分自身の声だったのかもしれない。
胸の奥で、思い出の残響が静かに波打つ。痛みと温もりとが同時に押し寄せ、切なさに胸が締めつけられる。
――進まなきゃ。私の心臓は、まだ鼓動を刻んでいるのだから。
リリアは目を閉じて、ひとつ息を吐いた。
遠い彼の影を抱えたままでも、生きていく。
その決意は痛みにも似て、同時にかすかな温もりでもあった。
短くも重みのある言葉だった。リリアは驚いて顔を上げる。カリムは一瞬だけ不器用な笑みを見せ、静かに剣を納めた。
「墓守の技。確かに本物だな。カイが連れてきたのもうなずける」
胸の奥に熱が広がった。墓地の静けさの中で、ただ己に課した務めを繰り返し、形にしてきた技。それを他者に認められたのは、素直に嬉しかった。
その横でヴァルガンが煙草に火を熾し、ゆるりと煙を吐き出す。
「噂に違和感を覚えた時点で、お前さんは合格だ。だが……」
ヴァルガンの目が細められる。光を削ぎ落とすようなその眼差しに、リリアは無意識に息を詰めた。
「墓守の鈴を振るうなら、覚悟を持て。音は敵だけでなく、味方も縛る。もちろん、自分自身もだ。王がそれを嫌った理由を、いずれ知ることになるだろう」
――王。
その響きが胸をえぐった。リリアは反射的に鈴へと手を伸ばし、革袋の上から強く握りしめた。
ヴァルガンは煙草を靴の底で踏み消し、ゆっくりとリリアの前に歩み出た。
「リリア。お前は今日、己の力を示した。墓守の鈴を恐れず鳴らし、仲間を守った。それは簡単にできることじゃない」
低い声が周囲の空気を震わせる。リリアはその場で視線を落とした。褒められているはずなのに、胸の奥にはざらついた違和感が残った。喜びとともに、居場所を踏み外したような不安が渦巻いていた。
「……けれど、私は墓守です。墓地を離れた今も、その役目から逃げた覚えはありません」
「逃げる必要はないさ」
ヴァルガンの口の端が、わずかに上がる。
「墓を守るも、旅を守るも、本質は同じだ。人が恐れる闇を見抜き、名を与え、道を示す。お前の鈴は、この一座で必ず役に立つ」
その言葉にリリアは息を呑んだ。
──役に立つ。
その響きが胸の奥に静かに染みていく。
「……私を、一座に?」
「ああ。試用期間は二日。明日からは正式に採用するつもりだ」
ヴァルガンの迷いのない口調。しかし、リリアはすぐに答えられなかった。認められた喜びが心を震わせる一方で、どうしても忘れられない影を引きずっていた。
――アラン。もう一度だけでいい、あなたに会いたい。
王である彼が、リリアから墓守の役目を奪った。その理由を知らぬまま、新たな場所に身を置いていいのだろうか。
不要と切り捨てられた訳を直接問い質したい。けれど、爵位すら失った今のリリアには、一国の主に会う術はない。城の門をくぐることすら叶わないだろう。
──私はもう、何者でもない。
そんな自分が、本当に誰かに必要とされる資格があるのだろうか。
沈黙を破るように、カリムが口を開いた。
「お前が加わるなら、俺は歓迎する。さっきの戦いでわかった。お前の鈴は、俺の剣と相性がいい」
不器用な声だが、そこに偽りはなく、リリアは胸の奥で小さな灯を見つけたような気がした。
カイも、ジャドも、そしてミリエラも、それぞれに笑みを浮かべていた。
カイは、まるで面白い玩具を見つけた子どものように、瞳をきらきらと輝かせた。
「やっぱりすごいよ、リリア。俺と一緒にもっと試そう。二人なら、きっと誰も知らない律を奏でられる」
その声には甘い響きがあり、リリアの胸をざわつかせた。危うさと魅力が、同じ熱を帯びて迫ってくる。
ジャドは、いつもの調子で、飄々と肩をすくめた。
「いやぁ、命が助かったよ。君がいなきゃ、矢を放つ前に刺されてたかもな。宝箱を見つけた気分だ!」
軽口の裏に、確かな感謝の色が宿っていた。
ミリエラは、両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに微笑んだ。
「あんなにきれいに魂が渡るなんて……。リリアちゃん、本当にすてきだった。これからは私の歌と鈴を合わせられるね」
その声は温かく、歳の離れた姉が妹を迎えるようだった。
ただ一人、セラだけが黙っていた。
倒れた盗賊を蹴飛ばしていた足を止め、じっとリリアを見つめる。喜びでも称賛でもない。強い嫉妬と戸惑いが入り混じった視線だった。
リリアはその冷たさを確かに感じ取った。
だが、理由までは理解できない。ただ、胸の奥に針のような痛みが残った。
セラは短く鼻を鳴らし、荷馬車へと歩き出す。
「……まあ、役には立つみたいだし。座長がそう言うなら、いいんじゃない?」
言葉は一応の賛同でありながら、どこか突き放す響きを帯びていた。
リリアは小さく唇を噛む。彼女の心の底にあるものを知りたいと思いながらも、踏み込む勇気はなかった。
再び、ヴァルガンの声が響く。
「少しの間でもいいさ。答えは旅の中で見つかるものだ。どうせ次にやることは決まっていないのだろう?」
その言葉に呼応するように、祠を包んでいた風がぴたりと止み、森の奥から鳥の声が聞こえてきた。
「──ようこそ、星渡り一座へ」
カイの明るい声が耳に届く。
「……よろしくお願いします」
リリアは言葉を返して鈴を握りしめた。
冷たい金属の感触は、確かに今ここにあるはずなのに、胸の奥では遠くにいる人影へと繋がっていく。
──なぜ、切り捨てられたのか。
──なぜ、言葉を交わしてくれなかったのか。
問いは消えず、答えも得られない。影は心に深く根を張り、歩もうとする足をたびたび絡め取ろうとする。
それでも、鈴を離すことはできなかった。
ならば、この痛みを抱えたまま進むしかない。
「……歩かなければ」
小さく呟いた声は、誰に向けたものでもなかった。
その瞬間、ふと胸裏をよぎる声があった。
――どこまで続くんだろうね。
それは幻のように浮かぶ、遠い記憶の声。あるいは、未来へと歩き出す自分自身の声だったのかもしれない。
胸の奥で、思い出の残響が静かに波打つ。痛みと温もりとが同時に押し寄せ、切なさに胸が締めつけられる。
――進まなきゃ。私の心臓は、まだ鼓動を刻んでいるのだから。
リリアは目を閉じて、ひとつ息を吐いた。
遠い彼の影を抱えたままでも、生きていく。
その決意は痛みにも似て、同時にかすかな温もりでもあった。
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