必要ないと言われたので、私は旅にでます。

黒蜜きな粉

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旅一座

第7話

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 迷える魂を見送りながら、まだほんのり温かさの残る祠に視線を向ける。そこでふと、リリアは疑問に思った。

「……この程度の灯で、狐火なんて噂になるのかな……?」

 確かに霊の気配はあった。だが、墓守の耳にはそれが人を惑わせるほどの強さとは感じられなかった。むしろ名を得られずに揺らいでいる、ただの迷いの残滓にすぎないように思えた。

 背後でヴァルガンが軽く笑った。

「……ほう。気が付いたか」

 感心したように腕を組み、鋭い目でリリアを見下ろす。

「さすが、建国以来、王都霊廟を守り続けてきたグレイモンド伯爵家のご令嬢だ」

「……霊廟守護官の任を解かれたときに、その名も位も失ったと認識しています」

「そんなものはただの飾りだ。身体に流れる血は変わらん。受け継いだ技術まで消え失せたわけでもないだろう」

 褒められたのか、試されたのか。リリアは答えを見出せず、居心地の悪さを覚えた。けれど同時に、胸の奥で小さな熱が芽吹くのを感じた。墓守としての耳と技が、まだ価値を持つと告げられたようで、心のどこかが誇らしさに震えたのだ。

「……へえ。座長さんも人を見る目があるじゃない」

 軽口を叩いたのはカイだ。その声にかぶせるように、ジャドが口笛を吹く。

「僕はてっきり、ただの物静かな娘さんかと思ってた。墓守様だったか」

 楽しげに笑う二人の横で、セラだけは複雑な影を落としていた。
 羨望か、不安か、あるいはその両方か。リリアには読み取れなかったが、確かに視線の重さを感じた。

 ──その直後だった。
 茂みの奥で、乾いた枝が踏み砕かれる音がした。続けざまに、押し殺した笑いと金属の擦れる気配。リリアの背筋がぴんと強ばる。

「出てこい」

 ヴァルガンの声は低く響き、迷いなく祠の周囲を睨んだ。
 次の瞬間、茂みから十数人の影が飛び出してきた。顔を布で覆った男たち。手には剣や棍棒、そして油で光る短弓。狙いは一座の荷馬車だと一目でわかる。

「王都へ行くにはこの祠の前を通るしかない。……噂を流して旅人をおびえさせ、ここで待ち伏せか」

 ヴァルガンが吐き捨てる。
 盗賊の頭らしい男が肩を揺すって笑った。

「そのとおりよ。狐火の怪だの亡霊だのとささやいてやれば、旅人どもは勝手に震え上がる。夜に白布をまとって炎を揺らせば、それで十分だ。奴らは腰を抜かし、荷を置いて逃げ出す」

 男の後ろで仲間たちがどっと笑う。

「人間は目に見えぬものを勝手に怖がる。俺たちはそれを少し手助けしてやるだけさ」

「卑しい真似を」

 ヴァルガンの声には、あからさまな軽蔑の色が滲んでいた。

 リリアの胸に、先ほどの疑問が蘇る。

 ――やっぱり、この程度の迷いが狐火になるはずがない。

 恐怖は仕組まれていた。
 その真実に気づき、リリアの背を冷たいものが走る。驚きと怒りが同時に込み上げてきた。墓守として、迷える魂の存在を利用し、人を脅かす者がいるなど信じられなかった。

「だが残念だったな。お前たちの小細工に怯えるのは、芝居小屋の観客ぐらいだ」

 ヴァルガンの言葉が空気を切り裂く。

「旅芸人どもには似合わん荷だな。馬も車も置いていけ。命までは取らん」

「言ってろ」

 カリムが剣を抜き、前へ出た。すぐ背後にはカイが旗を構え、ジャドも短弓を手に取っている。セラも唇を噛みしめながら、ナイフを握りしめていた。しかし、数では敵が勝る。囲まれればひとたまりもない。

 リリアは腰の革袋に触れた。手のひらの中で鈴が冷たく応える。
 墓守の鈴。祖母から託された拍術師としての大切な道具。使うべきか否か、ほんの一瞬迷った。

 そのとき、カリムが振り向きざまに言った。

「お嬢ちゃん。もし使えるなら、音でやつらの足を鈍らせろ。俺がその隙に斬る」

 その眼差しは試すものではなかった。疑いも軽蔑もなく、ただ真剣に仲間として頼む声色だった。リリアは大きく息を吸い、うなずく。

 ──リン。

 鈴がひとつ鳴ると、祠に残っていた迷いの気配が震えて散った。代わりに澄んだ音が野に広がり、盗賊たちの耳を打つ。響きはただの音ではない。墓守が受け継いできた鎮律の一節。聴いた者の拍を乱し、足と手の動きを一瞬だけ外させる。

「な、なんだ……!」

 前列の盗賊がよろめき、膝をついた。その隙にカリムが踏み込み、稲光のような速さで斬り払う。刃が鉄とぶつかり、火花が散った。

「もう一度!」

 カリムの声に応じ、リリアはさらに鈴を重ねる。

 ──リン、リン、リン。

 柔らかなはずの音が、戦場では鋭い律となる。空気が澄み、敵の動きが重く鈍る。隙間を縫うようにジャドの矢が飛び、カイの旗が風を裂いた。

 やがて、劣勢を悟った盗賊たちは罵声を残して退いた。森の奥へと散り、最後に頭の男だけが振り返る。

「クソ、ただの旅芸人じゃなかったか……!」

 頭の男の影が、森の闇に消える。
 その直後、ヴァルガンはうっすらと笑った。そこには冷たさと鋭さがあり、まるで獲物を追い詰めた狩人の目をしていた。

「……ただの旅芸人で済むなら、苦労はせんさ」

 吐き捨てる声には、敵を値踏みする戦場の男の気配があった。
 リリアはぞくりと背筋を震わせる。

 ──この人、本当に座長さんなの?

 仲間たちもまた、言葉を失っていた。カリムだけが剣を収めながら、どこか納得したように口元をゆるめる。その横で、セラの視線はなお複雑な色を帯び、リリアに一瞬だけ鋭く注がれた。
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