必要ないと言われたので、私は旅にでます。

黒蜜きな粉

文字の大きさ
72 / 79
古王封域

第9話

しおりを挟む
 どくん、と封牢の空気が震えた。
 アズ=カラグの巨体がゆっくりと身を持ち上げるたび、石壁までもが生き物のように息づいている気がする。

 カイがごくりと喉を鳴らした。
 冗談めかしていた顔が、ほんの少しだけ強張っている。

「……なあ、その……二人で声を届けるって。まさか……俺とリリア、ってことじゃないですよね?」

 恐る恐る投げられた問いに、アズ=カラグはゆるりとまばたきをひとつしてみせた。
 それは、どう見ても肯定の動きだった。

「マジかよ……二重律なんて無理に決まってんだろ……」

 カイは頭を抱え、やれやれとため息をつく。
 だが、その肩はわずかに震えている。彼も限界が近いのだろう。
 それでも、カイはアランの方へ戻ろうと踵を返した。

「悪い、やっぱ俺はアランをどうにかする」

「おい、待つんだ!」

 立ち去ろうとするカイに、ライゼルが声をかける。
 彼はリリアの背を支えたまま、慎重に言葉を選ぶように続けた。

「……二重律は、今でこそ禁忌だ。だが、かつてはそうではなかった。禁じられたのにはきちんとした理由がある」

 リリアの胸が、わずかに音を立てて跳ねる。

「本来、声を重ねれば、拍術の力は倍増する。昔はそれを正しく扱えるほど術師が優れていただけなんだ」

 カイは足を止め、ライゼルの説明に耳を澄ませた。
 
「それってつまり、今の拍術師は昔よりも弱いってことかよ」

「そうだ。今は過去と比べて大幅に術師の数が減っている。拍術を担う家々も孤立し、家の拍術を守ることで手一杯。質が落ちるのも当然だろう。そもそも他人と音を合わせる技術そのものが、廃れてしまったんだ」

 そこまで言うと、ライゼルは苦い顔をした。

「二重律を使えば、術者自身が壊れる。だから禁じられた。単純に倍増する力に今の術師では耐えられないだけなんだ」

 リリアの中で、今まで当たり前だった常識が音を立てて崩れていく。
 禁止されたのは、悪いものだからではなく、扱えない人間が増えたから。

 ──それはつまり?

『その通りだ』

 アズ=カラグが唸るように続けた。

『旋律とは、そもそも響き合ってこそ美しい。不協和になるのは、互いが互いを聴かぬゆえだ』

 当たり前のように語る竜の言葉を聞いて、リリアは息を呑んだ。

 もしかしたら、以前にカイと二重律に挑戦したときは、本当に相手の音を聴こうとしていなかったのではないか。心の底から旋律を合わせようとしていなかっただけなのかもしれない。

 胸の奥に、そっと灯がともる。
 これならできるかもしれない。
 いや、今ならむしろやってみたい。

 緊張がふっと緩んで、リリアは思わず笑ってしまった。
 だが、くすりと笑うと同時に胸の痛みが暴れ、息が詰まった。

「リリア君! だ、大丈夫か!?」

 背中を支えるライゼルが慌てて顔を覗き込んでくる。  
 心配の色が滲んでいて、申し訳なさと温かさが胸に同時に湧いた。 

「だ、大丈夫です……。先輩の言葉……助かりました。ありがとうございます」  

 呼吸を整え、リリアはライゼルに微笑みかけた。  
 するとライゼルは困ったようにはにかんだ。 

「拍術の才はないからね。せめて知識くらいは、と思っているんだ」 

「……本当に、ありがとうございます……」

 リリアはそう言ってから、カイに視線を向けた。

「……今度はね、できると思う。……お互いの音をちゃんと聞いて、届けたいって思えたら……きっと素敵な旋律になるよ」

 カイの目が丸くなった。

「歌を歌おう。声を合わせて」

 自分でも驚くほどはっきりとした声が出ていた。
 カイはぽかんとした表情を浮かべた。だがすぐに、ゆっくりと確かな意志を込めて頷いた。
 その仕草を待ってから、アズ=カラグが声を響かせる。

『……よい。まとまったな』

 次の瞬間、巨竜は天井に向かって咆哮を吐き出した。

 びりびり、と空気が震える。
 石壁に細かなひびが走り、床の振動が脚に伝わってくる。
 咆哮は力強いのに、どこか悲しく、胸をかきむしるような響きを帯びていた。

 涙が出そうになる。
 それなのに、不思議と身体の奥から温かさが広がっていく。
 凍りついていた血がゆっくり溶け出すように、力がじわりと戻っていく。

『そなたらは未熟とはいえ癒しの唄の語り手。とはいえ、その身では不安もあろう』

 咆哮に耳を傾けているうちに、胸の痛みは消えていた。
 息を吸うたび肺が軽くなる。指先まで力が満ちてくる。

『我はそなたらのように癒しの才は持たぬ。だが、魔力を分け与えることはできる』

「……なんだこれ。すげえ、身体が軽い……」

 カイが手のひらを見つめ、半ば呆然と呟く。
 手のひらから淡い光が立ち上り、彼の呼吸にも再び芯が戻っている。

『さあ、遠慮なく我の魔力を使うがよい。声を……届けてやるといい』

 その声音は、戦いの中だというのに優しくて。
 リリアの心にすっと染みこんでくる。

 リリアは息を吸い込み、カイと視線を合わせた。
 もう、さっきのように声が途切れる心配はない。

 今なら──歌える。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

処理中です...