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古王封域
第9話
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どくん、と封牢の空気が震えた。
アズ=カラグの巨体がゆっくりと身を持ち上げるたび、石壁までもが生き物のように息づいている気がする。
カイがごくりと喉を鳴らした。
冗談めかしていた顔が、ほんの少しだけ強張っている。
「……なあ、その……二人で声を届けるって。まさか……俺とリリア、ってことじゃないですよね?」
恐る恐る投げられた問いに、アズ=カラグはゆるりとまばたきをひとつしてみせた。
それは、どう見ても肯定の動きだった。
「マジかよ……二重律なんて無理に決まってんだろ……」
カイは頭を抱え、やれやれとため息をつく。
だが、その肩はわずかに震えている。彼も限界が近いのだろう。
それでも、カイはアランの方へ戻ろうと踵を返した。
「悪い、やっぱ俺はアランをどうにかする」
「おい、待つんだ!」
立ち去ろうとするカイに、ライゼルが声をかける。
彼はリリアの背を支えたまま、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「……二重律は、今でこそ禁忌だ。だが、かつてはそうではなかった。禁じられたのにはきちんとした理由がある」
リリアの胸が、わずかに音を立てて跳ねる。
「本来、声を重ねれば、拍術の力は倍増する。昔はそれを正しく扱えるほど術師が優れていただけなんだ」
カイは足を止め、ライゼルの説明に耳を澄ませた。
「それってつまり、今の拍術師は昔よりも弱いってことかよ」
「そうだ。今は過去と比べて大幅に術師の数が減っている。拍術を担う家々も孤立し、家の拍術を守ることで手一杯。質が落ちるのも当然だろう。そもそも他人と音を合わせる技術そのものが、廃れてしまったんだ」
そこまで言うと、ライゼルは苦い顔をした。
「二重律を使えば、術者自身が壊れる。だから禁じられた。単純に倍増する力に今の術師では耐えられないだけなんだ」
リリアの中で、今まで当たり前だった常識が音を立てて崩れていく。
禁止されたのは、悪いものだからではなく、扱えない人間が増えたから。
──それはつまり?
『その通りだ』
アズ=カラグが唸るように続けた。
『旋律とは、そもそも響き合ってこそ美しい。不協和になるのは、互いが互いを聴かぬゆえだ』
当たり前のように語る竜の言葉を聞いて、リリアは息を呑んだ。
もしかしたら、以前にカイと二重律に挑戦したときは、本当に相手の音を聴こうとしていなかったのではないか。心の底から旋律を合わせようとしていなかっただけなのかもしれない。
胸の奥に、そっと灯がともる。
これならできるかもしれない。
いや、今ならむしろやってみたい。
緊張がふっと緩んで、リリアは思わず笑ってしまった。
だが、くすりと笑うと同時に胸の痛みが暴れ、息が詰まった。
「リリア君! だ、大丈夫か!?」
背中を支えるライゼルが慌てて顔を覗き込んでくる。
心配の色が滲んでいて、申し訳なさと温かさが胸に同時に湧いた。
「だ、大丈夫です……。先輩の言葉……助かりました。ありがとうございます」
呼吸を整え、リリアはライゼルに微笑みかけた。
するとライゼルは困ったようにはにかんだ。
「拍術の才はないからね。せめて知識くらいは、と思っているんだ」
「……本当に、ありがとうございます……」
リリアはそう言ってから、カイに視線を向けた。
「……今度はね、できると思う。……お互いの音をちゃんと聞いて、届けたいって思えたら……きっと素敵な旋律になるよ」
カイの目が丸くなった。
「歌を歌おう。声を合わせて」
自分でも驚くほどはっきりとした声が出ていた。
カイはぽかんとした表情を浮かべた。だがすぐに、ゆっくりと確かな意志を込めて頷いた。
その仕草を待ってから、アズ=カラグが声を響かせる。
『……よい。まとまったな』
次の瞬間、巨竜は天井に向かって咆哮を吐き出した。
びりびり、と空気が震える。
石壁に細かなひびが走り、床の振動が脚に伝わってくる。
咆哮は力強いのに、どこか悲しく、胸をかきむしるような響きを帯びていた。
涙が出そうになる。
それなのに、不思議と身体の奥から温かさが広がっていく。
凍りついていた血がゆっくり溶け出すように、力がじわりと戻っていく。
『そなたらは未熟とはいえ癒しの唄の語り手。とはいえ、その身では不安もあろう』
咆哮に耳を傾けているうちに、胸の痛みは消えていた。
息を吸うたび肺が軽くなる。指先まで力が満ちてくる。
『我はそなたらのように癒しの才は持たぬ。だが、魔力を分け与えることはできる』
「……なんだこれ。すげえ、身体が軽い……」
カイが手のひらを見つめ、半ば呆然と呟く。
手のひらから淡い光が立ち上り、彼の呼吸にも再び芯が戻っている。
『さあ、遠慮なく我の魔力を使うがよい。声を……届けてやるといい』
その声音は、戦いの中だというのに優しくて。
リリアの心にすっと染みこんでくる。
リリアは息を吸い込み、カイと視線を合わせた。
もう、さっきのように声が途切れる心配はない。
今なら──歌える。
アズ=カラグの巨体がゆっくりと身を持ち上げるたび、石壁までもが生き物のように息づいている気がする。
カイがごくりと喉を鳴らした。
冗談めかしていた顔が、ほんの少しだけ強張っている。
「……なあ、その……二人で声を届けるって。まさか……俺とリリア、ってことじゃないですよね?」
恐る恐る投げられた問いに、アズ=カラグはゆるりとまばたきをひとつしてみせた。
それは、どう見ても肯定の動きだった。
「マジかよ……二重律なんて無理に決まってんだろ……」
カイは頭を抱え、やれやれとため息をつく。
だが、その肩はわずかに震えている。彼も限界が近いのだろう。
それでも、カイはアランの方へ戻ろうと踵を返した。
「悪い、やっぱ俺はアランをどうにかする」
「おい、待つんだ!」
立ち去ろうとするカイに、ライゼルが声をかける。
彼はリリアの背を支えたまま、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「……二重律は、今でこそ禁忌だ。だが、かつてはそうではなかった。禁じられたのにはきちんとした理由がある」
リリアの胸が、わずかに音を立てて跳ねる。
「本来、声を重ねれば、拍術の力は倍増する。昔はそれを正しく扱えるほど術師が優れていただけなんだ」
カイは足を止め、ライゼルの説明に耳を澄ませた。
「それってつまり、今の拍術師は昔よりも弱いってことかよ」
「そうだ。今は過去と比べて大幅に術師の数が減っている。拍術を担う家々も孤立し、家の拍術を守ることで手一杯。質が落ちるのも当然だろう。そもそも他人と音を合わせる技術そのものが、廃れてしまったんだ」
そこまで言うと、ライゼルは苦い顔をした。
「二重律を使えば、術者自身が壊れる。だから禁じられた。単純に倍増する力に今の術師では耐えられないだけなんだ」
リリアの中で、今まで当たり前だった常識が音を立てて崩れていく。
禁止されたのは、悪いものだからではなく、扱えない人間が増えたから。
──それはつまり?
『その通りだ』
アズ=カラグが唸るように続けた。
『旋律とは、そもそも響き合ってこそ美しい。不協和になるのは、互いが互いを聴かぬゆえだ』
当たり前のように語る竜の言葉を聞いて、リリアは息を呑んだ。
もしかしたら、以前にカイと二重律に挑戦したときは、本当に相手の音を聴こうとしていなかったのではないか。心の底から旋律を合わせようとしていなかっただけなのかもしれない。
胸の奥に、そっと灯がともる。
これならできるかもしれない。
いや、今ならむしろやってみたい。
緊張がふっと緩んで、リリアは思わず笑ってしまった。
だが、くすりと笑うと同時に胸の痛みが暴れ、息が詰まった。
「リリア君! だ、大丈夫か!?」
背中を支えるライゼルが慌てて顔を覗き込んでくる。
心配の色が滲んでいて、申し訳なさと温かさが胸に同時に湧いた。
「だ、大丈夫です……。先輩の言葉……助かりました。ありがとうございます」
呼吸を整え、リリアはライゼルに微笑みかけた。
するとライゼルは困ったようにはにかんだ。
「拍術の才はないからね。せめて知識くらいは、と思っているんだ」
「……本当に、ありがとうございます……」
リリアはそう言ってから、カイに視線を向けた。
「……今度はね、できると思う。……お互いの音をちゃんと聞いて、届けたいって思えたら……きっと素敵な旋律になるよ」
カイの目が丸くなった。
「歌を歌おう。声を合わせて」
自分でも驚くほどはっきりとした声が出ていた。
カイはぽかんとした表情を浮かべた。だがすぐに、ゆっくりと確かな意志を込めて頷いた。
その仕草を待ってから、アズ=カラグが声を響かせる。
『……よい。まとまったな』
次の瞬間、巨竜は天井に向かって咆哮を吐き出した。
びりびり、と空気が震える。
石壁に細かなひびが走り、床の振動が脚に伝わってくる。
咆哮は力強いのに、どこか悲しく、胸をかきむしるような響きを帯びていた。
涙が出そうになる。
それなのに、不思議と身体の奥から温かさが広がっていく。
凍りついていた血がゆっくり溶け出すように、力がじわりと戻っていく。
『そなたらは未熟とはいえ癒しの唄の語り手。とはいえ、その身では不安もあろう』
咆哮に耳を傾けているうちに、胸の痛みは消えていた。
息を吸うたび肺が軽くなる。指先まで力が満ちてくる。
『我はそなたらのように癒しの才は持たぬ。だが、魔力を分け与えることはできる』
「……なんだこれ。すげえ、身体が軽い……」
カイが手のひらを見つめ、半ば呆然と呟く。
手のひらから淡い光が立ち上り、彼の呼吸にも再び芯が戻っている。
『さあ、遠慮なく我の魔力を使うがよい。声を……届けてやるといい』
その声音は、戦いの中だというのに優しくて。
リリアの心にすっと染みこんでくる。
リリアは息を吸い込み、カイと視線を合わせた。
もう、さっきのように声が途切れる心配はない。
今なら──歌える。
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