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嵐の前
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タニヤは落ち着かない気持ちで街の通りを歩いていた。
めかしこんだ姿で出かけたのは久しぶりだった。奇抜な格好をしているというわけではないのに、どうにも周囲の視線が気になってしかたがない。
しかも、マルクが気を遣って常に話しかけてくるので、そちらにも気をとられてしまう。
はじめてマルクの声を聞いたとき、とても父に似ていると思った。
しかし、彼と会話を続けていると、声は似ているが話し方がまったく違うことに気づかされた。
別人なのだから当たりまえのことなのだが、それがタニヤを複雑な感情にさせる。
もう一度だけ父に会って声が聞きたい。
タニヤは叶わないことを考えてしまい、頬を両手で叩いた。
気持ちを落ち着かせようとしたのだが、頬に手が触れた瞬間、白粉の感触がして肩をふるわせるほど驚いてしまった。
実家を出てからのタニヤは、化粧などしない生活を送っていた。化粧をしてもらったということはわかっていたはずなのに、こんなことで動揺するなんてと、ますます落ち着かなくなる。
「タニヤさん着きましたよ。……どうかなさいましたか?」
臨時休業中の札が掛けられた一軒の店の前に到着して、マルクが声をかけてきた。
タニヤがおかしな仕草をしていたせいか、怪訝な表情を浮かべたマルクが顔を覗き込んでくる。
「……い、いえ。なんでもありません。それよりも、本当にここなのですか?」
たどり着いた店は、若い女性が好みそうなおしゃれな雰囲気の店だった。
昨日グリエラのいた、いかにも怪しい商売をしているといった佇まいではない。
どちらかといえば、先日のカフェで見かけた可愛らしい少女たちがたむろしていそうな店構えだ。
宿屋に引き続き、商会が関係しているとは見た目だけでは判断ができず、タニヤは首を傾げた。
「ここで間違いありませんよ。さあ、どうぞ中にお入りください」
マルクが休業中の札を無視して扉を開ける。タニヤは促されるまま中に入り、店内を見回した。
やはりここが商会の経営する店舗とは思えず、険しい顔をしてしまう。店内には若い女性が好んで身に着けそうな宝飾品が並んでいるのだ。
こういった宝飾品を身に着けて親しい友人と街中を散策できたらよいのに、とタニヤは思った。
しかし、自分にはもう友人と呼べる存在が一人もいないことに気がついて自嘲気味に笑う。
「あの、マルクさん。とても素敵なお店ですけれど、私の欲しいものがあるようには思えないのですが?」
棚に並べられた髪飾りの一つに視線を落としながら、タニヤは申し訳なさそうにマルクに声をかける。
すると、店に人がやってきた気配を感じたのか、奥から一人の中年女性が姿をあらわした。
女はマルクの姿を見るなり、両手を合わせて歓迎の言葉を口にする。
「あらあら、まあまあ。ようこそいらっしゃいました」
めかしこんだ姿で出かけたのは久しぶりだった。奇抜な格好をしているというわけではないのに、どうにも周囲の視線が気になってしかたがない。
しかも、マルクが気を遣って常に話しかけてくるので、そちらにも気をとられてしまう。
はじめてマルクの声を聞いたとき、とても父に似ていると思った。
しかし、彼と会話を続けていると、声は似ているが話し方がまったく違うことに気づかされた。
別人なのだから当たりまえのことなのだが、それがタニヤを複雑な感情にさせる。
もう一度だけ父に会って声が聞きたい。
タニヤは叶わないことを考えてしまい、頬を両手で叩いた。
気持ちを落ち着かせようとしたのだが、頬に手が触れた瞬間、白粉の感触がして肩をふるわせるほど驚いてしまった。
実家を出てからのタニヤは、化粧などしない生活を送っていた。化粧をしてもらったということはわかっていたはずなのに、こんなことで動揺するなんてと、ますます落ち着かなくなる。
「タニヤさん着きましたよ。……どうかなさいましたか?」
臨時休業中の札が掛けられた一軒の店の前に到着して、マルクが声をかけてきた。
タニヤがおかしな仕草をしていたせいか、怪訝な表情を浮かべたマルクが顔を覗き込んでくる。
「……い、いえ。なんでもありません。それよりも、本当にここなのですか?」
たどり着いた店は、若い女性が好みそうなおしゃれな雰囲気の店だった。
昨日グリエラのいた、いかにも怪しい商売をしているといった佇まいではない。
どちらかといえば、先日のカフェで見かけた可愛らしい少女たちがたむろしていそうな店構えだ。
宿屋に引き続き、商会が関係しているとは見た目だけでは判断ができず、タニヤは首を傾げた。
「ここで間違いありませんよ。さあ、どうぞ中にお入りください」
マルクが休業中の札を無視して扉を開ける。タニヤは促されるまま中に入り、店内を見回した。
やはりここが商会の経営する店舗とは思えず、険しい顔をしてしまう。店内には若い女性が好んで身に着けそうな宝飾品が並んでいるのだ。
こういった宝飾品を身に着けて親しい友人と街中を散策できたらよいのに、とタニヤは思った。
しかし、自分にはもう友人と呼べる存在が一人もいないことに気がついて自嘲気味に笑う。
「あの、マルクさん。とても素敵なお店ですけれど、私の欲しいものがあるようには思えないのですが?」
棚に並べられた髪飾りの一つに視線を落としながら、タニヤは申し訳なさそうにマルクに声をかける。
すると、店に人がやってきた気配を感じたのか、奥から一人の中年女性が姿をあらわした。
女はマルクの姿を見るなり、両手を合わせて歓迎の言葉を口にする。
「あらあら、まあまあ。ようこそいらっしゃいました」
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