実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

嵐の前

６

　地下には上の店からは想像がつかないほどの広い空間があった。
　そこでは、大勢の男が荷物を抱えてせわしなく動き回っていた。
　まさか地下にこれほどの人がいるとは思っておらず、タニヤは呆気に取られてしまう。

　タニヤは男たちが作業をしている様子を、じっと見つめてしまっていた。
　すると、大きな荷物を抱えている一人の男と目があった。男はタニヤと視線を合わせたまま、怪訝そうな顔をする。
　しかし、男はすぐに顔を引きつらせると、荷物を抱えたまま慌てて頭を下げた。

「――っおはようございます！」

　男が頭を下げた先にいるのはマルクだ。タニヤは驚いて隣にいるマルクを見上げてしまう。
　男が頭を下げたまま固まってしまったので、周囲で作業をしていた男たちは不思議に思ったのだろう。
　男たちは彼が頭を下げた先に視線を向ける。彼らもマルクの存在に気がつくと、次々に頭を下げていった。

「こら、挨拶が済んだらさっさと作業を進めな！　マルク様はご用があってきているのだから邪魔するんじゃないよ」
　
　最後に階段をおりてきたエプロンの女が、マルクに頭を下げて固まる男たちを怒鳴りつけた。
　男たちは女の声に身体をびくつかせながら、一斉にその場からばらけて作業に戻っていく。
　しかし、タニヤはいなくなった男たちの後ろに、数人の若い女性が残っていることに気がついた。

「ほら、アンタらもこっちなんか気にしてないでさっさと部屋に戻んな！」
　
　エプロンの女もそれに気がついて、若い女性たちを怒鳴りつける。
　すると、若い女性たちは次々に声を上げて、エプロンの女に詰め寄ってくる。

「だってママ！　客なんか一人も来やしないじゃないか」
「そうよ。ダグ様がいらっしゃってから上の店が全部閉まっちゃってさ」
「客引きの男連中も忙しそうにしているじゃない。私たちのことは放置ってひどいわ！」
　
　若い女性たちがエプロンの女に向かって威勢よく抗議をしている。
　すると、エプロンの女の雰囲気が一変した。
　それまでは怒鳴り声を上げていても、まるで子供を叱りつけているかのような、どこか穏やかな雰囲気だった。

　しかし、今はまるで別人である。
　先ほどまでの姿が嘘のように醜く顔を歪めて、恐ろしく冷めた視線を若い女たちに向けている。

　タニヤはその変化に驚きはしたものの、これが本性なのかと冷静に女を見ていた。
　人はこうやって表の顔と裏の顔を使い分けて生きているのだと、今さらになって気がついた。
　今までそんなことをせずに、ただ正直に生きていた自分が馬鹿らしいという気持ちになった。

「せっかく男を取るだけで借金の肩代わりをしてやろうってのにね。ずいぶんと生意気になったものだよ」

　エプロンの女は落ち着いた声色で若い女たちに言い放った。女たちは途端に顔を青褪めさせる。

「あまりうるさいとここでのことを家族に話してしまうかもしれないよ。それとも、どこか別の土地へ売り飛ばしてしまおうかね？」

　エプロンの女が淡々と言うと、若い女たちは勢いよく首を横に振ってから奥へと消えていった。