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嵐の前
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「商会では借金苦に陥った女性へ仕事をご紹介しているのです」
女たちのやりとりを黙って見ていたタニヤに、マルクがそっと耳打ちをしてきた。
その一言で、タニヤには彼女たちの身に起きていることの察しがついた。
「もしかしてなのですけれど、さっき私たちが通ってきたお店は……?」
「どうして見栄のために借金をしてまで着飾るのか理解に苦しみます」
溜め息まじり言うマルクに、タニヤは苦笑いをするしかなかった。
「しかも、皆さんなかなかご返済していただけないので困りものなのですよ」
「……そうですね。借りたものはきちんと返さなくてはいけないですものね」
「その通りです。ご自分でそのように選択をしたのですから、文句なんて言わずに頑張っていただかなくては」
タニヤは努めて冷静にマルクと会話を続ける。
しかし、胸中はざわついていた。
商会はたった今タニヤが通ってきたあの店で、都合よく利用できる者を探しているのだ。
女たちはあの店に客としてやってきて、うまい話に乗せられて身の丈に合わない宝飾品に手を出したのだろう。
よく読みもせずに契約書へサインをして、借金から逃げられなくなったに違いない。
きっと彼女たちは使い物にならなくなるまで、ここで搾り取られ続けるのだ。
タニヤが滞在している綺麗な宿も、裏でなにをしているのかわかったものではない。
裏カジノか麻薬取引か、それこそ女たちの派遣先なのかもしれない。
タニヤは女たちが去っていく姿を見つめながら、気を引き締めた。
大陸中に根を張っているという犯罪組織は、一筋縄ではいかない。
ここでふと、タニヤはマルクがどういう人物なのだろうかと疑問に思った。
マルクはタニヤの面倒を甲斐甲斐しくみてくれている。
タニヤにとって、今のところマルクは優しい人という印象だ。
しかし、ここで出会った人々は、マルクを恐れているように感じる。相手がそういう態度になってしまう何かを、彼がしてきたからなのだろう。
「お恥ずかしいですわ。大変失礼をいたしました」
タニヤがマルクをじっと見つめて考え事をしていると、エプロンの女から声がかかった。
そのときには、女はもとの優しい笑顔を浮かべていた。
「まったく、騒がしくて嫌になりますわ。しっかり躾をしないと、すぐにつけ上がって生意気な口をきくので困ってしまいますのよ」
エプロンの女の視線が、タニヤに真っ直ぐ向けられている。
「お嬢さまはあのような者たちのことはご不快ではございませんでしたか?」
「……いいえ。不快ではありませんよ」
タニヤはエプロンの女の問いかけになんと答えるべきか迷った。
ここでタニヤが、不快でした、などと答えれば先ほどの女たちがどんな仕打ちを受けるかわからない。
「金を稼ぐために効率のよい働き方をしているだけなのでしょう? 私もいろいろと経験がありますから、彼女たちの気持ちはわかりますよ」
女たちのことを心配して、タニヤはつい余計なことまで口にしてしまった。
すぐに後悔をしたが、タニヤは目の前のエプロンの女のように裏表を使い分けるといったことは不得手だ。考えてることを素直に表へ出してしまう。
「まあ、そうでしたのね。余計な心配をしてしまいましたわ」
エプロンの女が、目を細めてタニヤをじっと見つめてくる。
女がなにを考えているのか、タニヤには読み取れない。
「さあ、こちらへどうぞ。品物をご紹介させていただきますわ」
タニヤはなんとか表情だけでも取り繕わなくてはと、女に向かってにこりと笑顔を作る。
しかし、階段からずっと触れたままだったマルクの手を、おもわず強く握ってしまっていた。
女たちのやりとりを黙って見ていたタニヤに、マルクがそっと耳打ちをしてきた。
その一言で、タニヤには彼女たちの身に起きていることの察しがついた。
「もしかしてなのですけれど、さっき私たちが通ってきたお店は……?」
「どうして見栄のために借金をしてまで着飾るのか理解に苦しみます」
溜め息まじり言うマルクに、タニヤは苦笑いをするしかなかった。
「しかも、皆さんなかなかご返済していただけないので困りものなのですよ」
「……そうですね。借りたものはきちんと返さなくてはいけないですものね」
「その通りです。ご自分でそのように選択をしたのですから、文句なんて言わずに頑張っていただかなくては」
タニヤは努めて冷静にマルクと会話を続ける。
しかし、胸中はざわついていた。
商会はたった今タニヤが通ってきたあの店で、都合よく利用できる者を探しているのだ。
女たちはあの店に客としてやってきて、うまい話に乗せられて身の丈に合わない宝飾品に手を出したのだろう。
よく読みもせずに契約書へサインをして、借金から逃げられなくなったに違いない。
きっと彼女たちは使い物にならなくなるまで、ここで搾り取られ続けるのだ。
タニヤが滞在している綺麗な宿も、裏でなにをしているのかわかったものではない。
裏カジノか麻薬取引か、それこそ女たちの派遣先なのかもしれない。
タニヤは女たちが去っていく姿を見つめながら、気を引き締めた。
大陸中に根を張っているという犯罪組織は、一筋縄ではいかない。
ここでふと、タニヤはマルクがどういう人物なのだろうかと疑問に思った。
マルクはタニヤの面倒を甲斐甲斐しくみてくれている。
タニヤにとって、今のところマルクは優しい人という印象だ。
しかし、ここで出会った人々は、マルクを恐れているように感じる。相手がそういう態度になってしまう何かを、彼がしてきたからなのだろう。
「お恥ずかしいですわ。大変失礼をいたしました」
タニヤがマルクをじっと見つめて考え事をしていると、エプロンの女から声がかかった。
そのときには、女はもとの優しい笑顔を浮かべていた。
「まったく、騒がしくて嫌になりますわ。しっかり躾をしないと、すぐにつけ上がって生意気な口をきくので困ってしまいますのよ」
エプロンの女の視線が、タニヤに真っ直ぐ向けられている。
「お嬢さまはあのような者たちのことはご不快ではございませんでしたか?」
「……いいえ。不快ではありませんよ」
タニヤはエプロンの女の問いかけになんと答えるべきか迷った。
ここでタニヤが、不快でした、などと答えれば先ほどの女たちがどんな仕打ちを受けるかわからない。
「金を稼ぐために効率のよい働き方をしているだけなのでしょう? 私もいろいろと経験がありますから、彼女たちの気持ちはわかりますよ」
女たちのことを心配して、タニヤはつい余計なことまで口にしてしまった。
すぐに後悔をしたが、タニヤは目の前のエプロンの女のように裏表を使い分けるといったことは不得手だ。考えてることを素直に表へ出してしまう。
「まあ、そうでしたのね。余計な心配をしてしまいましたわ」
エプロンの女が、目を細めてタニヤをじっと見つめてくる。
女がなにを考えているのか、タニヤには読み取れない。
「さあ、こちらへどうぞ。品物をご紹介させていただきますわ」
タニヤはなんとか表情だけでも取り繕わなくてはと、女に向かってにこりと笑顔を作る。
しかし、階段からずっと触れたままだったマルクの手を、おもわず強く握ってしまっていた。
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