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111.男爵領の異変

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 久しぶりに感じる吐き気と頭痛によるあまりの不快感によって目を覚ます。
 これは二日酔いだ。
 昨日は女の子たちの売り上げに貢献するために、普通の酒をしこたま飲んだのだった。
 その甲斐もあり、女の子たちの好感度は爆上がり。
 22階層の腐竜を倒したBランク冒険者と冒険者ギルドの役職持ちの集団だと分かると、指名してもいない女の子たちも押しかけてきて一夜のエデンを体験することができた。
 しかしその代償は大きい。
 腐竜の素材や遺跡の中で見つけたアイテムを売りに出してもらった一時金がすべて吹き飛んでしまった。
 一部高額アイテムの代金はまだ入ってきていないので一文無しといっても一時的なものだが、それでも普段遊びに使う金額の1000倍近い金額が吹っ飛んでいったことになる。
 軽く恐怖さえ覚える金額だ。
 だがすべての背徳を詰め込んだような甘美な一夜の代償だと思えば、それほど惜しい気持ちも湧いてこないのだから不思議なものだ。
 いや、不思議というほどでもないか。
 ただ俺がスケベで酒好きというだけの話だ。
 ドノバンさんあたりもおそらく何の躊躇もせずに大金を一夜の快楽と美酒に変えてしまうタイプの人間だろう。
 なんか会ったときから妙に気が合うんだよな。
 梶原さんはやはりそれほどの大金を一夜で支払うのはどうかというようななんともいえない顔をしていた。
 奥さんへの罪悪感もあるようで、背徳と美徳の間で揺れ動く実に人間らしい表情をしていた。
 たぶん奥さんにはバレると思うから俺のほうが少し罪悪感が湧いてきてしまう。
 俺は床で眠る梶原さんに手を合わせて心の中で謝り、肩を揺らして起こす。

「梶原さん、ドノバンさん、起きてください。おそらくもう昼ですよ」

 連れ込み宿におっさん3人で寝ている状況もそろそろいたたまれない。
 女の子たちもべろべろに酔っていろいろアレしてコレして気絶するように眠ったはずなのだが、すでに全員起きて帰ったようで宿には俺達3人だけが残されていた。
 俺は自由業の冒険者なのでいいのだが、梶原さんとドノバンさんはたぶん仕事があるのではないだろうか。
 今頃はギルド職員たちが探していると思うのだが、連れ込み宿にいるとは思わないから自宅に呼びに行っているかもしれない。
 早く行ってあげないと大事になってしまいそうだ。

「うーん、頭が痛ぇ……。神酒、神酒くれ……」

 ドノバンさんがまず頭を押さえて起きだす。
 全員浴びるように酒を飲んだから漏れなく二日酔いだ。
 俺はアルコール分の少ない液体に変化させた神酒をコップに注いで渡す。

「なんだよ、酒じゃねえのかよ……」

「ドノバンさんこれから仕事でしょうが」

「ちっ、仕事なんぞ行きたくねえな」

 俺もあちらの世界では長いこと社畜だったからその気持ちはよくわかる。
 特にあんな楽しい夜を過ごした翌日なんか、なんで仕事に行かなければいけないのか分からなくなる。

「ドノバンさんも冒険者になったらどうですか?」

「俺は痛いのも辛いのも嫌いなんだよ。ギルドでふんぞり返って冒険者共を顎で使ってるのが性に合ってる」

 なるほどドノバンさんらしい。
 キムリアナのギルド職員であるガルマさんは真面目な性格から冒険者たちへの不満を結構胸の内に燻らせているようだった。
 その職業柄粗暴で単細胞な人の多い冒険者と関わりの深い冒険者ギルドの職員というのは、このくらいの性格のほうが向いているのかもしれない。
 その性格のせいでガルマさんと似た系統の性格をしている梶原さんは苦労していそうだけど。
 それでもそれなりに楽しく仕事ができているのならば上手くいっているのだろう。

「カジワラ、こら起きろ!ギルド行くぞ」

「うぇぇ、気持ち悪い。すみません、今日仕事休みます」

「そんなこと許されるわけないだろうが。お前が休むのなら俺が休むわ!」

 上手く、いっているはずだ。




「支部長!補佐も!2人してどこにいたんですか!!メチャクチャ探したんですよ!!」

「わりいわりい、ちっと飲みすぎちまって」

「面目ない……」

 ギルドに着くと2人は部下の人にすごい剣幕で怒られている。
 まあ当然の話だ。
 俺は巻き込まれないように2人からは少し距離を取って依頼表でも眺める。
 ダンジョンの攻略も諦めてしまったから、暇なのだ。
 また外壁の補強でも行くか、と依頼表を取ろうとした時だ。
 俺の左手のブレスレットが煌々と光を放った。

「これは……」

 このブレスレットは男爵に渡した俺を呼び出すための魔道具の子機だ。
 これが光るということは、男爵が俺を呼び出すためのボタンを押したということに他ならない。
 男爵領に何かあったのだろうか。
 俺は怒られている2人に軽く声をかける。

「すみません、私の雇い主から呼び出しがかかりました。数日は帰ってこられないかもしれません。腐竜の素材やアイテムなどの代金はギルドで預かっておいてもらっても良いですか?」

「ええ、それは問題ありません。木崎さんの雇い主といえばリザウェル男爵でしたよね。連合国や周辺国家の情勢に何か変化があったのかもしれません。帰ってきたら差し障りのない範囲で状況を教えていただいてもよろしいでしょうか。もちろんギルドから情報料をお支払いいたします」

「わかりました。何か国家的な大きな問題だった場合は時間があれば早めに報告に戻ります」

「ありがとうございます」

「では」

「気をつけろよ。いくら神器をたくさん持っていても、死ぬときゃあっさり死ぬからな」

「ええ、先日腐竜と戦って思い知りましたよ」

「そりゃ結構。生きてまた酒池肉林しようぜ」

 それは非常に魅力的な提案だ。
 今度は高額アイテムの売却益まですべて吐き出してしまうかもしれないが、それであの天国がまた体験できるのならば安いものだろう。
 きっとまた、必ずあの夜を過ごしてやろうと思った。
 俺は2人や他のギルド職員、あいさつをする程度の知り合い冒険者たちに軽く挨拶をして男爵領に転移した。



「シゲノブ殿、おかえりなさい」

「男爵、ただいま戻りました」

「旅の話など聞きたいところですが、少し危急の話でして。本題に入りたいと思います」

「お願いします」

「ルーガル王国がまた勇者を召喚しました」

「えぇ!!」

「それも今度の勇者は1000人を越える人数だそうです」

 なんてこった。
 あの国、またやりやがった。
 前回でも200を越える人数の人間があちらの世界から強制的にこの世界に連れてこられたというのに、今度は1000人だって?
 俺たちと同じように神器を一人につき3つ持っていたとして、一気に3000個を越える神器を持った無軌道な人間がこちらの世界に呼び出されたことになる。
 
「ルーガル王国は多くの勇者を動員して、失った国土を取り戻す気です。我が領土にも多くの勇者が攻めてくることが予想されます。すでに領民には非常事態宣言を出し、迎撃の用意を整えております」

「わかりました。私もできる限りのことをします」

「すみませんね、旅を楽しんでいたところを」

「いえ、ちょっと自分の限界というものを垣間見たところでしたから。気分を入れ替えるにはちょうどいいかもしれません」

「自分の限界ですか。シゲノブ殿がそう思うほどの相手と出会ったのですね。いえ、でも世界にはそんな存在がたくさんいるのでしょうね」

「ええ、世界はとても広いと感じましたよ。この世界は私たち異世界人が暮らしていた世界よりも数段厳しい世界のようです」

 俺はそんなことを男爵と話しながら男爵家の宝剣を受け取り、腰に吊るした。
 この剣を腰に吊るすのも久しぶりだが、まるで昨日までずっと丸腰で生活していたかのように心強い。
 この剣があったら、腐竜にも正面から勝てたかもな。


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