チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

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33.虎って……

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 虎に向かっていく2本の矢。
 1本は俺の矢。
 もう1本は俺の斜め後方から放たれている。
 やがて2本の矢の軌道が交錯し、俺の放った矢が弾かれる。
 もう1本の矢はよほどの強弓から放たれたとみえて、全く軌道を変えることなく虎の心臓を貫いた。

『グルァァァッ』

 断末魔の叫び声を上げて絶命する虎。
 すごい腕だ。
 俺は矢を放った人物を探す。
 俺の斜め後方には、あの大島光義さんが二の矢を番えて残心していた。
 なるほど、あの人なら納得だ。
 
「ほっほっほ。若者よ、なかなか腕は良いがもう少し身体を鍛えなされ」

「は、はい……」

 せめて大人用の普通の弓が引けるくらいには筋力をつけよう。
 虎が倒されてその場にいた武士たちは複雑な顔をしている。
 虎の迫力に気圧されて動けなかったのは自分たちだから、悔しがることすら素直にはできないのだろう。
 襲われていた無名の武士はそんな感情すら出てこないほどに安堵しているが。

「はぁはぁ、助かった……。くっ、いてぇ」

 その脇腹と肩は虎の爪が食い込んでいたせいで血がジワジワと滲み出ている。
 動物の爪で引き裂かれた傷なんて、100パーセント化膿するよ。
 彼も一応一緒に虎と戦った戦友ということになるのだし、見殺しにするのは忍びない。

「これ、血止め薬です。使ってください」

「おお、ありがてぇ」

 貝の器に作ってきたのは、傷薬を薬草のペーストと混ぜたものだ。
 一瞬で傷が治るような傷薬の効能をいい感じに落としてくれて、更にこの時代の軟膏と見た目が近くなっている。
 匂いも酷いし、すごく効きそうな薬として近所では有名なんだ。
 男も多分にもれずこれは酷い匂いでよく効きそうだなどと言いながら薬を肩と脇腹に塗っていく。
 薬草ペーストでかなり薄めてあるが、止血と化膿止めくらいの効果は十分ある。

「しっかし、恐ろしい化け物だったな」

「そうですね」

 武士たちはすでに気持ちを切り替えているようで、虎の死体に群がって検分している。
 日本にはいない動物だから珍しいよね。
 織田信長とかだったら珍しいもの好きで虎皮とか見たことあっただろうけど、ここにいるのはほとんどが木っ端侍だ。
 キリンとかゴリラとか見たら腰抜かすんだろうな。

「はぁはぁ、善次郎殿。鵺は、どうなった……」

 息を切らして善住坊さんが到着した。
 申し訳ないが俺は筋力が一歩足りなかったよ。

「ごめん、大島殿に先を越されちゃった」

「そうか。まあ仕方あるまい。我らが山狩りに参加したことで殿も義理を果たせたことだろう」

「ええ、あとは怪我をしないように家に帰りましょうか」

 遠足は家に帰るまでが遠足だって俺達現代人は刷り込まれて育っているからね。
 少しでも金を稼ぎたい武士たちが集まって虎を担ぎ上げる。
 おそらく後で大島殿から運搬の駄賃を貰うつもりなのだろう。
 弱小武士の生き様だね。

「ああ、しばし遅かったか……」

「僕が虎を仕留めたかったのに……」

「小三郎、運が悪かったのだ。仕方あるまい」

「でも……」

 吉兵衛さんや勘左衛門さん、それに別所家の面々もやってきたようだ。
 小三郎君は虎を自分が仕留めるんだとずいぶん張り切っていたからなあ。
 悔しそうに口を尖らせる小三郎君は、やはりまだ家を引っぱっていくには早いように思える。
 12歳で家を継がなければならないなんて酷な世の中だよ。

「大きな獣だな。胴体に矢が刺さってる。僕なら頭に当てられたのにな……」

 いやいや、無理だよ。
 へたしたら襲われていた無名の武士さんに当たってしまっていたかもしれない。
 彼があの場に居なくて少しよかったと思った。

「ううん、弓なんて使わなくてもこうして、こうして、こうだ!」

「これ、小三郎!バチ当たりなことをするでない!!」

 完全に死んでいる虎の死体を相手に素手でどう戦うかをシュミレーションしてパンチやキックを繰り出す小三郎君に、叔父さんの雷が落ちる。
 さすがに死んだ生き物を蹴るのはどうかと俺も思ってました。
 
「うぅ、叔父上、ごめんなさい」

「わかればよい。このような化け物に悪さをすれば、祟られるかもしれんからの」

「はい……」

 小三郎君とその叔父上は手を合わせて虎を供養する。
 それを見た武士たちは全員顔を見合わせて慌てて手を合わせた。
 祟られるという言葉にビビッたのだろう。
 俺も習って手を合わせる。
 運の悪い虎に冥福を。

『ガルゥッ』

 あれ?

「お、おい。今の……」

「お前も聞こえたのか?」

「じゃあ気のせいじゃ……」

『ガルルルルゥゥッ』

 今度ははっきりと聞こえた。
 死んだはずの虎の鳴き声だ。
 虎の死体を確認してみても、ピクリとも動いていない。
 まさか祟りなんて非現実的なものじゃあるまいし。
 しかし俺は自分という非現実的な存在を知っている。
 神なんていう存在もこの世には存在している可能性をこの目で見た。

『ガルルルルッ』

 声は段々近づいているように思える。
 だとしたら祟りではない可能性も見えてくる。
 すなわち、虎は1匹ではなかったという可能性。

『ガルルルルゥゥゥッ』

 やがて、もう1匹の虎が俺達の前に躍り出てくる。
 しかしその姿を見て俺を含めてすべての人間が固まった。
 なぜならその大きさが、先程仕留めた虎の倍以上あったから。
 なんじゃこりゃ。
 戦国時代の虎ってこんなに大きかったのか?
 どう考えても同じ動物とは思えない大きさ。
 これは、生き物なのか?
 現われた巨大な虎は無名武士たちが担ぎ上げている虎の死体を見るとその牙をむき出しにして唸り声をあげる。
 もしかしなくても家族だったのだろう。
 なんとも後味の悪い話だ。
 しかしこちらも村人を数人食われている。
 討伐しないわけにもいかないだろう。
 子供だか妻だかを殺された虎の気持ちは分からなくもないが、俺にできることは苦しまないように殺してあげることだけだ。
 
「う、うわぁ!!逃げろぉぉ!!」

「化け物だぁぁっ!!」

 逃げ出す武士の中で、逃げないものが数人。
 俺達山内家、それと大島光義さん、そして別所家の人間たちだ。
 まあ小三郎君は尻餅付いちゃってるから腰が抜けて動けないだけかもしれないけど。
 
「小三郎、何をしておる。手柄をあげる好機だぞ!」

「お、叔父上。あんなの僕無理ですよ……」

「馬鹿もんがぁ!武士が怖気づいてどうする!!」

 別所家は結構スパルタみたいだな。
 大島光義さんは動揺することなく静かに矢を番える。
 そして俺達。

「鉄砲でいきましょう」

「よしきた。では某たちは弾込めに徹しまする」

「砲手は善次郎殿と善住坊殿にお任せいたします」

 第2ラウンド開始だ。

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