チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

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36.戦国の冬2

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 織田信長が岐阜に帰ってきた。
 最近なにかと忙しそうな織田信長だが、正月くらいは岐阜で過ごすのかもしれない。
 史実通り正親町天皇の命令で浅井・朝倉とは講和したようだし。
 まあ天皇陛下が思っているよりも織田信長と周囲の関係は悪い。
 朝廷が間を取り持ったところで、もはやどうにもならないだろう。
 一度は和睦しても、どうせすぐに戦になるに決まっている。
 そろそろ現将軍である足利義昭が織田信長と決裂する頃だ。
 織田信長を中心とした戦国時代勢力図は佳境にさしかかる。
 織田信長包囲網だ。
 俺の印象だと足利義昭っていう人は余計なことしかしないよね。
 まあ義昭本人からしてみたら自分が将軍なのになんでみんな織田信長とかいう尾張の芋侍ばっか気にするんだよって感じているんだろうけど。
 もう将軍なんて名ばかりだからね。
 でもその芋侍の協力が無かったら将軍にはなれてないわけで。
 あんた将軍にしてもらってめっちゃ喜んでたじゃんって思う。
 信長のことを父だとか言って『室町殿御父』とかいう意味分からん称号とかを贈っていたような気がする。
 信長が今年37、8くらいで義昭は33。
 4つくらいしか違わないんだけどね。
 絶対信長の顔引きつってたと思うんだよね。
 それでちょっとないがしろにしたらもう信長包囲網だからね。
 信長と一緒に包囲されるこっちの身にもなってほしいよ。
 まあ後に豊臣秀吉が天下を取ったときには一万石の大名として普通に余生を過ごしているから、思うに織田信長と足利義昭って相性が悪いんじゃないかな。
 織田信長はたぶん家柄だけの無能とか嫌いだし、頭は下げるけど愛想笑いとかは浮かべないと思う。
 足利義昭はおそらく成り上がりが好きじゃない。
 自分をおだててへこへこ頭を下げる小物は好きかもしれないけれど、信長はそういうタイプじゃない。
 そこんところ秀吉は如才なさそうだよね。
 貴人としてちゃんとした待遇で迎えつつも余計なことはさせなさそう。
 たぶん足利義昭みたいな人って、自尊心さえ満たしてやれば大人しいと思うし。
 そういう人の機微みたいのは秀吉はよくわかっていそうだ。
 あんな山賊みたいな顔なのにね。
 やっぱりこれからの時代は秀吉だよ。
 実は秀吉もまた、殿の屋敷の近所に屋敷をもらっているんだよね。
 たまに見かけるけど、やっぱりちょっと怖いね。
 まあ運が秀吉に来ているのは確かだ。
 今日は秀吉に賭ける。
 俺は秀吉の屋敷があるほうを祈りながら10連ガチャをタップした。
 演出は金。

 Sランク
  なし

 Aランク
  ・スクロール(ウィンドカッター)

 Bランク
  なし

 Cランク
  ・水×10
  ・酢×10
  ・醤油×10
  ・豚肉×10
  ・鉄板

 Dランク
  ・ひのきの棒
  ・ゴム手袋
  ・漬物石
  ・分度器

 おお、さすがは秀吉だ。
 久しぶりのAランク。
 それもスクロールだ。
 スクロールはたとえ使わなさそうな魔法だったとしても魔力が増えるから嬉しい。
 魔力が増えればテレポートで移動できる距離や回数が増えるからね。
 それに今回のウィンドカッターは俺の想像通りなら、目に見えない攻撃だ。
 派手なエフェクトなんかが無ければ、いざという時目に見えないほど早い斬撃として誤魔化すことができるかもしれない。
 非常に使い勝手のよさそうな魔法だ。
 さっそく試しに行ってみようかな。

「ゆきまる、散歩に行こうか」

「キャンキャンッ」

 ゆきまるは散歩に行けるのが嬉しいのか、ピョンピョン俺の周りを飛び跳ねる。
 相変わらずゆきまるは小さくて可愛い。
 でも犬だったらそろそろ大きくなってきてもいい頃だ。
 神獣は成長が遅いのかもしれないな。
 俺としてはいつまでも小さくて可愛いままでいてほしいけど。
 大型犬くらいまで大きくなったらさすがに室内で飼える気がしないから。
 俺は雪さんにゆきまるの散歩に行ってくると告げ、長屋を出た。
 雪さんはゆきまるの散歩についてくることはほとんど無い。
 高所恐怖症らしい。
 伊勢から岐阜に連れてくるとき、俺の記憶が飛ぶほどくっ付いてきたからね。
 少しだけ一緒に空の散歩を楽しみたい気持ちはあるけど、誰にでも苦手なものはあるからね。
 俺も偉ぶった侍が苦手だし。






「おお、これは使える」

 ウィンドカッターは俺の思惑通り目には見えない攻撃だった。
 これなら刀を抜いていれば目には見えないほど早い剣閃で誤魔化せるだろう。
 俺は調子にのって太い樹に向かってウィンドカッターを3連続で放った。
 ウィンドカッターが当たった大木は幹の三分の二くらいまでが切り裂かれている。
 攻撃範囲はかなり狭いが、切れ味は凄まじいな。
 大木からはペキペキと嫌な音が響いている。
 これはやりすぎちゃったな。
 大木はベキベキ嫌な音を立てて傾いていく。
 近くにいたら危険なので俺はゆきまるを抱えて慌てて逃げた。
 この時代、木って勝手に切って良いんだっけ。
 冬だというのに、俺の額からは冷や汗がたらりと落ちる。
 俺は倒れた木に駆け寄り、収納の指輪に入れた。
 とりあえず証拠隠滅だ。
 しかし切り株は隠せないし、早いとここの場から離れよう。

「なんだてめえは!!」

 テレポートで逃げようとした俺だったが、正面の森の中から走り寄ってくる男の存在がそれを躊躇させる。
 見つかってしまったか。
 正直に謝って木を返せば許してくれるかな。
 
「その腰の刀、侍か!!」

 駆け寄ってきた男は、俺の刀を見ると顔を赤くして怒鳴り声を上げた。
 侍だったらなんだっていうんだ。
 
「おい、てめえら!侍だ!!」

 男がそう叫ぶと、男が来た方向からたくさんの男たちが走ってきた。
 なんだっていうんだ。
 男たちは全員刀や槍、長巻なんかで武装している。
 簡素だが鎧も付けているみたいだし、このあたりの地侍か何かなんだろうか。
 そりゃあ木を盗んだのは俺のほうだけどさ、そんな大勢で囲むこと無いと思うんだ。

「へへへっ、なかなかいい身なりじゃねえか。刀も業物かもしれねえ」

「兄ちゃん、身につけているもの全部脱いで裸になりな。そんで地面に頭擦り付けてお願いすれば命だけは助けてやってもいいぜ」

 なるほど。
 これは侍じゃないな。
 汚い身なりに不ぞろいの武装。
 こんな山野に滞在しているガラの悪い輩。
 これが野伏せりってやつか。

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