チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

文字の大きさ
108 / 131

107.織田家イメージアップ戦略

しおりを挟む
 税金が高くて賦役がきついという織田家のイメージを払拭するべく、勘九郎君や殿たち家臣と手分けして賦役現場を一日に何箇所も回る日々が始まった。
 ワンシーズンによくもこれだけ賦役を詰め込んだなというような現場の多さに目が回る。
 道や橋は整備すればそれだけ役に立つということは分かっているのだが、ちょっと鬼畜すぎじゃないだろうか。
 税も賦役も民が死んでしまうほどではないのがなんとも信長らしい。
 生かさず殺さずの治世だ。
 効率的に税を取り、効率的に賦役をさせ領内を整える。
 だが民はそれが国にとっていいことだとしても、楽なほうがいいに決まっている。
 それが信長と民との意識の違いなんだろう。
 信長は民草を怠惰で馬鹿だと思っているし、民は信長を鬼畜大魔王だと思っている。
 統治者と民との関係というのは本当に難しい。
 近すぎても情に流されて合理的な統治ができなくなるし、遠すぎても信長のように一揆を起こされてしまう。
 信長が新たに始めた自分を鞭として勘九郎君を飴とする形は案外いい線いっているかもしれない。
 唯一つ心配なのは、民がそれほど単純でもないことか。
 銭あげるって言ってるんだから素直にありがたく受け取ってくれればいいのに。

「けっ、何が褒美だよ。元はといえば俺達から巻き上げた税じゃねえか」

「まったくだ。こっちは賦役で働いてんだからもらって当然だぜ」

「しっ、聞こえるぜ。仮にも若様の名代だぜ」

「聞かせてやればいいんだよ。刀もろくに振れなさそうな優男じゃねえか」

「どうせ何もできやしねえ」

 褒美の布告役が俺だからだろうか。
 民たちは舐め腐って俺に聞こえるような声の大きさで陰口を叩く。
 俺が髭もじゃの大男だったりすれば民は卑屈な笑みを浮かべて褒美をありがたく受け取ってくれたのだろうが、どうにも俺の見た目は睨みがきかない。
 侍は舐められたらいかんと鬼柴田はしきりに言っていたが、あながち間違いでもなかったな。
 この時代の民草の雑草魂を舐めていた。
 侍でも弱みを見せれば食い尽くされるような時代だ。
 下手に出ていては民は従わない。

「そこのあなた。若様からの褒美に何か不満があるのだろうか」

「不満なら大有りだ。こんなちっぽけな額じゃあな」

「そうだそうだ!もっとよこせ!!」

「今までの分全部よこせ!!」

「はぁ、欲深いな。強欲は身を滅ぼしますよ」

「うるせぇ!!さっさと銭を払え!!」

 一部の不満を持つ者たちが文句を言い始めると、すぐにそれは伝播する。
 普通は侍に、それも殿様の息子の名代にこのような態度は一揆とみなされて殺されても文句は言えない。
 だが集団心理がその心のたがを外していた。
 赤信号でもみんなで渡れば怖くないっていう心理だ。
 だがこれはこの時代では少し下手に出すぎた俺のミスでもあるだろう。
 侍が偉ぶっているのは何も自尊心からだけではないということか。
 場は騒然となり、暴動寸前だ。
 きっとこのまま逃げ帰ったら殿や勘九郎君に怒られるんだろうな。
 俺は刀の柄に手をかける。

「なんだよ、やるっていうのかよ!!」

「この人数相手に一人で何ができる!!」

「かまうことはねえ、やっちまえ!!」

「「「うぉぉぉっ!!」」」

 農民たちは賦役に使っていた道具を各々振り上げ向かってくる。
 俺は刀の柄に置いていた手を放す。
 どうにも農民たちの持つ農具はそれほど脅威には思えなかったからだ。
 そして刀の横に脇差代わりに刺していた十手を引き抜いた。
 俺は侍を名乗っているが、朝廷からなんの役職も貰っていないために厳密に言えば侍ではない。
 あくまでも自称侍だ。
 この時代には珍しいことではないが、家柄を気にする人というのはいつの時代にもいるものだ。
 そのために一応勘九郎君の陪臣として働くときには区別するために脇差を差していないのだ。
 その代わりに十手を差していた。
 室内での勘九郎君の護衛なども俺の仕事には含まれているので間合いの短い得物というのも必要だからだ。
 それをこんなところで使うはめになるとは。
 まあ民は侍の重要な収入源だから殺さないにこしたことはない。
 俺のミスで民に舐められたので返り討ちにして殺しましたなんて報告したら結構怒られそうだしね。

「そんなおもちゃで戦えるものか!!」

「殺せ!!殺して奪え!!」

「銭だ銭だ!!」

 ちょっと世紀末すぎる。
 実際そろそろ世紀末なんだけどね。
 16世紀の。

「銭銭銭銭!」

「うるさい」

「ぷぎゃっ」

 俺の後ろに置かれた千両箱に入った大量の銭によって正気を失っているのだろうか。
 民たちは狂気の宿る目で俺に迫る。
 俺は振り下ろされる農具を避け、十手の柄で鳩尾を殴打することによって一人ずつ正気に戻していく。

「ぜ、銭……へでぶっ」

「ぜにぃ……ほげっ」

「ぜぇにぃ……ぶはっ」

 やはり金というのは人を変えてしまう魔力があるな。
 俺の高校時代の同級生もユー〇ューブに投稿した動画がたまたまヒットしてチャンネル登録数が増えるとすっかり下衆なユー〇ューバーになってしまった。
 彼と親しくしていた人は皆動画に出演させられて晒し上げられ、面白おかしくコメントを書かれる。
 それを嫌って昔からの知り合いは彼を遠巻きにするようになった。
 俺も戦国時代にいることが彼に知られたら動画出演を頼まれていただろうな。
 危なかったな。
 帰れなくてよかった。
 泣きそう。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

処理中です...