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殺生喘
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しおりを挟むつまらなくて、たいくつで、さびしくて。
どんなものにもばけられるけど、どれもこれもわたしじゃない。
いつもなにかしたくてたまらないけど、なにをやってもみたされない。
はじめて出会った時、そのちいさい生き物は消毒液くさい白い部屋の白いふわふわの中にいた。
白いふわふわの中に隠れながらじっとこちらを窺うそれを、隠れてるつもりで全然隠れられていないそれを、わたしは「なんでわたしつれてこられたんだろ」なんて思いながら無感動にみてた。
だって、いきなり連れてこられたしなにがなんだかよくわからなかったし、こんなもの見せられても面白くなかったし。
そんな風にそれをぽけーと見ていたら、誰かに「母国語で話しかけて」といわれて。だから、わたしは仕方なく「こんにちは」と適当に発したんだ。
そしたらね、しばらくの沈黙のあとに、
「…こ、こんにちは…」
って、驚きと警戒と安心の混ざった顔をした小さいふわふわがふわふわの中から少しだけ顔を出してきたの。
なんだかもう、かわいくってびっくりしちゃった!
でも、別に顔がすっごく好きとかって感じじゃなかったんだよね。むしろ、わたしの故郷に沢山いそうな人間の顔。ああ、でも、もしかしたらそれがよかったのかもしれないね。ここはあまりにもわたしの故郷から遠すぎて、そういう顔の人間とはなかなか会えないから。
とにかく、そのふわふわのちいさい生き物にわたしはすこし…ううん、けっこう興味を持った。
「こ、ここはどこですか…?」
だから、そこから始まるそれの質問の嵐にもなるべくやさしくやさしく答えてあげた。時々ことばがわからないところもあったから、それはちょっと適当に答えたけど。
それはなんにも知らないみたいで、沢山のことを聞いてきた。ここはどこかとか、わたしのこととか、自分はどうなるのかとか、うしろにいる人たちは誰かとか、うしろ人たちはなにをしゃべっていたのかとか。とにかくなんでも。
なんでもそのちいさい生き物はわたしがくるまで誰とも言葉が通じなくて、不安でいっぱいだったらしい。
たしかに、うしろにいた誰かたちがわたしたちが会話を始めたときに驚いていた気がするけど、そういうことだったんだ。そういえば、最初のころに誰かが「翻訳魔法がかけられない」とか言ってた気もする。普通に話せてたから気づかなかったぁ。
それを聞いて、なんだかかわいそうになったわたしはその生き物にまじないをかけてあげることにした。
そしたら、なんだかその子意識失っちゃって大騒ぎ。「なにをした」って言われたから、「翻訳魔法をかけたんだよ」って教えてあげた。まぁ、本当はちょっと違うけどほぼ同じだしいいよね。
うんうん、いいことしたなぁ。意識もどったら、おはなししよ~。
って思ってたけど、結局わたしはその生き物のことなんかすっかり忘れてた。
ある日のこと、いつも通りちっちゃい姿になって森にいった。動きやすいから、森の中だとちっちゃい姿の方が便利なんだよね。
それで、ちっちゃい姿で森の空気をいっぱい楽しみつつ、いつものわたしの場所にいってみたら、なにかがわたしの場所にいた。森の中のお日さまがたくさんあたるその場所は、とてもきもちが良くてわたしのお気に入りの場所。でも、なにかがいる。
じゃまだなぁ、どいてくれないかなぁ、なんて思いつつ近づいてみる。すると、
「…ねてる?」
それは、ねてるみたいだった。
す~す~という息の音といっしょに、その小さな体がすこし大きくなったり小さくなったりをゆっくりくりかえす。
「…」
それはすごくきもちよさそうに眠っていて…それを、見てると…なんだかわたしも眠たくなってくる…。
ぽかぽかのお日さま、
虫たちのささやき声、
海のにおいのする涼しい風…
…………
………
…
「…あ!?…え!?誰!?」
ふわふわ、あまいにおい…
「こども!?え、きつねの耳…!?え…!?」
耳にきーんとくる声で目がさめる。それほど高い声ってわけじゃないけど、音が大きいからきーんとくる。
せっかくきもちよく寝てたのに。うるさいなぁ。
「…しーっ!」
くちびるの前に指をあてて「しずかにして」って教えてあげる。
「えっ…?え、でも…」
まだうるさいけど、さっきよりはましかな…ってことで満足して、あったかくてふわふわしたそれにまたはりつく。
…なつかしいな、この感じ。むかしお母さまといっしょに寝てたときのこと思い出す…
「や、やっぱだめだよ!きみ、どこの子?こ、こんな時間まで森にいたら危ないよ…」
「ねむい…」
「わかるけど…。とりあえずは森から出よう?」
「ねる…」
「…わかった。抱っこして外まで連れて行くから。それでいいよね?」
だまってうんと頷くと、「一回どいて」という声が聞こえて、あたたかいふわふわから引き剥がされそうになる。
「やぁ~だ~!」
やだやだ離れたくないと、ふわふわに爪を立てたら「いたい!」と悲鳴があがって、引き剥がそうとする力が弱まる。
「こうしないと起き上がれないし抱っこできないんだよ、離してー!」
「ん~~!」
「一回離れてくれればいいだけだから、ね?」
「ん~~…」
「すぐ元通りだから、お願い」
「んぅ…」
仕方なくふわふわにかける力を弱めると、ふわふわははなれていく。寂しくてまたぎゅっとしたくなっちゃうけど、やさしく「ありがとう」っていわれたからちょっと待ってあげる。
そうしたらふわふわの気配がまた近づいてきて、やわらかく肩を後ろからおされてすわった姿勢にさせられる。そして、ぎゅっとふわふわに包まれる。
「…あっ、あれ…?おもったより重いな…?」
ふわふわに上に引っ張られて少しだけおしりが持ちあがって、地面にぺたんってなって、持ちあがって、また地面にぺたんってなる。
…こんなんじゃねむれない。
しかたないから、わたしの体のおおきさをちょっと小さくして、おもさも軽くする。
「えっ!?」
そしたら、そんな声といっしょに体にふわっと浮遊感。
いっしゅん、体のぜんぶが地面からはなれる感覚。
その感覚と同時にきこえる「ぎゃんっ!」というけんかに負けた犬みたいな声。
そんな声を聞きながら、ぼすん…なにかの上にうつ伏せでおちる感覚。
そしてその後すぐに聞こえる「うっ」というにぶい声。
「わ」
その一連の感覚に、さすがにわたしもお腹の底がひやっときて目をひらく。
「いった~…」
そしたら、目の前でなんだか見たことがある気がする顔が、キュッと顔の部品をまんなかに寄せてる。
これ、どこで見たんだっけ?思い出せそうでおもいだせない。
えーっと、あーっと、あ、
「うめぼし!」
「は?」
そっかうめぼしかぁ~と思いつつ、立ち上がろうとすると地面にふしぎな感覚。
「わー!私のお腹の上で立ち上がっちゃだめ!」
うめぼしの必死な顔と声に、あらためて足元をみてみる。すると地面だとおもってたものは、うめぼしのおなかだったみたいだった。
なぜかわたし、いつの間にかあおむけで寝転がってるうめぼしの上にのっかってたみたい。不思議だな。さっきまでは地面に座ってたし、その前はふわふわにひっつきながら地面に寝てたとおもったのに。
あ、そうだ。
「だっこ」
たしかに声は__うめぼしと同じ声をしたあれは、わたしを抱っこではこぶって言ってた。
「え?」
「だっこ」
別にわたしは森で夜をすごしてもぜんぜん大丈夫だけど、夜には寮に帰らないとおこられちゃうし。おこられるのはいやだけど、でももう歩きたくないし。
「…えぇ~」
「さっき約束したよ」
「でも、今はもうキミ起きてるし…」
「わ~うそつき~」
そういうと、もうあんまりうめぼしっぽくないうめぼしは、ちょっとばつの悪そうな顔をして「わかったから一回どいてね」とわたしに言う。
「わ~やったぁ~!」
その言葉に、足にぐっと力をいれて地面からぴょんとジャンプして地面に下りる。
「うっ!」
地面の上から地面に下りる?あれ?変かな?
…ま、いっか!地面に下りられたし。
「もう…!」
なぜかうめぼしはぷんぷんとすこし乱暴な動き立ち上がり、服の汚れを手でぱたぱたとはらう。
そして、「ほら」と口をへの字にしたまま両腕をひろげる。「わーい!」とわたしがその腕に飛び込むと、その腕がぎゅっとわたしの体に回されてそのまま持ち上げられる。
「あっ」
そして、その瞬間に気づく。
「ふわふわ…」
そっかそっか。ふわふわの正体、うめぼしだったんだぁ~。
「ふわふわ?」
「うん、ふわふわ」
「…なに言ってるのかよくわからないけど。…その…こわくない?大丈夫?」
「こわい?」
「いや、私、あんまり小さい子を抱っことかしたことないから…持ち方とか変でこわくないかなって」
「たしかに持ち方へん~」
「えっ」
「うそだよ」って笑うと「この…」と、うめぼしだったころの面影があんまりなかったうめぼしの顔にうめぼしがすこし戻って来る。
しわしわでおもしろいなぁ。
「…それでさ、」
「うん」
「キミはどうしてこんな森の中にいたの?」
「いたかったから」
「そういうことじゃなくて」
「いたいから森の中にいたよ。うめぼしはいたくないのに森にいたの?」
その質問にうめぼしはちょっと固まったあと変な笑顔で、
「…その<うめぼし>って…もしかして私のこと言ってる?」
と聞いてきたので、笑顔で「そうだよ」と答えてあげる。
「…なんで?」
「しわくちゃだったから」
ちゃんと答えてあげたのに、うめぼしはまたちょっと固まったあと笑顔を消し、遠い目をしてぶつぶつとなにか呟き始める。「え、いつの間にそんな皺増えてた?」「大学生ってもう皺気にしないといけないの?」とかぶつぶつぶつぶつ。
最初はおもしろいなって思ってみてたけど、ずっとやってるからだんだんあきてきて、うめぼしの首にかぷっとかるく噛みついてみる。
「いたっ!」
ぐらっと体がゆれるけど、すぐに元通りになって、あのうめぼし顔に戻ったうめぼしとぱちんと目が合う。 わたしのこと見てくれた~ってうれしくって笑うと、うめぼしは「この…」と言ってしわしわを増やしていく。
それが面白くてケラケラと笑っていると、とつぜん目のはじっこの方でなにかが動くのが見える。
なんだろうと思って目をこらすと、ぴんと立った長い耳、しなやかな足、くりくりの目…
__うさぎだ!
うさぎは楽しそうにぴょーんぴょーんと森の中を軽快にそしてすごいスピードで跳ねている。
その姿を見ていると、なんだかわたしもいっしょに森の中を走りたくなってしまう。ふわふわのうめぼしから離れるのはちょっとさびしいけど…でも…
あ、そうだ。うさぎもふわふわだ。じゃあ、いっしょに森をはしったあと捕まえてさわれば問題ないね。
__よし!
一瞬体をすごくちいさくして、うめぼしの腕の中からすり抜ける。
「えっ!?」
「だっこありがとう!いろいろたのしかったよ!じゃあね!うめぼし~!」
「あ、ちょっと待って!あぶないよ!」
体の大きさを元に戻しつつ、少しだけ身体をうめぼしの方にむけて「ばいばーい!」と腕を左に右に大きくふりながら、うさぎの方に走る。
ああ!見失わないようにいそがなくちゃ!
「うめぼし」が白い部屋であったあのちいさい生き物だったことに気づいたのは、うさぎのふわふわをいっぱい楽しんで、おいしく食べたあとのことだった。
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