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彼女と妖精の騎士
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しおりを挟むソレと出会ってから数か月。
ある日の気まぐれで、あるいは飼い主の責任としてソレにいい加減名前をつけてやることにしました。
「ペチュニア」
名前を呼ばれたソレ…もといペチュニアは今日もニコニコとこちらに寄ってきます。
ペチュニアは何度も私がその名を呼ぶうちに「ペチュニア」が自分の新しい名だと理解していったようで、呼ぶと嬉しそうにこちらに寄って来るようになりました。
エルフは、いえ、正確に言うのであれば私たちが住んでいた地域に住むエルフは、植物から名前を借ります。それにならい、私はソレに<ペチュニア>という花の名をつけました。
躾通りこちらにやってきたことを褒めるべく頭を軽く撫でると、ペチュニアはまさしく破顔という表現に相応しい表情を私に向け、しばらくすると「どうしたのか?」と尋ねるように首を右に傾ける。
「…なんでもないですよ」
言葉では伝わるわけもないので、そのまま頭を撫で続けるとペチュニアはやがて諦めたように目を閉じ、私の膝の上に軽く腰掛けました。
「UIte7ubsw@m?」
ペチュニアはまた意味不明の音の羅列を吐く。意味不明、でも、心配していることはわかる。
この頃になると、ペチュニアがなにを考えているのか、なにを伝えたいのかが動作や他の諸々で概ねわかるようになっていました。そしてそれはペチュニアの方も同じようでした。
今彼女が私を心配している様子なのもおそらく、私が無意味に彼女の名を呼ぶときは大抵何か外で不快なことがあった時だと理解しているからでしょう。
「別に大したことはないのです」
ただ、いつも通り人間となにも理解し合えなかった…というだけで。
勝手に憧憬を向けられて、勝手に畏怖されて、勝手に遠いものとされる。無下に扱われるわけではないが、隣の席に座れるわけではない。勝手に私だけ机の上に立っていることにされる。「上」として扱われることに不満はありませんが、こうも「べつの存在」として扱われるのも不快です。
「…大したことはないと言っているでしょうが」
大したことはないと言ったにも関わらず、慰めるように腕に抱きついてくる彼女にそう声をかけるが、伝わるわけがないことに気づき思わず苦笑する。
笑った私を見て嬉しそうに微笑んだペチュニアは何か勘違いしたのでしょうか。腕だけでなく肩にまで手を回して全身を包むように抱き着いてくる。
その様子を見て…なんだか私は全てがどうでもよくなってしまいました。
もうなんでもいいやと全身の力を抜くと、ペチュニアもそれに気づいたらしく、大人しくなった私の肩やら腕を真剣な顔で勝手に右に左に動かし始める。そして、しばらくそれをやったあと、彼女は満足したように頷きながらすっぽりと私の腕の中に納まりました。遊んでいるのかと思っていましたが、どうやら居心地の良いポジションを探していたようです。
「v@d@9zwi6emv@d@9uyq@…」
しばらくペチュニアは子猫が甘えるように私の肩に顔をすりつけていましたが、やがて動くのをやめました。
やっと満足したかと顔を覗き込むと、ペチュニアは半目で、さらには半開きの口からよだれを垂らしながら爆睡していました。そして、そのよだれは私の服に…
「…はぁ」
よくもまぁこの私によだれなんて。こんな光景をラボの人間たちが見れば卒倒するでしょう。
気分はよろしくはないですが、でも…悪いと言い切れるほどのものでもありません。少なくとも、このあわいぬくさと規則正しい呼吸は……
うとうととぬるい微睡に足を取られながらも、はたと目を開き状況を確認する。
明かりのついたままの室内、明るくなりかけの窓の外、腕の中の温もりと確かな重さ、痺れた足。
…どうやら私はいつの間に眠りに落ちていたようです。
最近では薬を飲まなければまともに眠れなかったはずなのに。珍しいこともあるものです。
寝落ちたのはこれのせいかと腕の中を見てみれば、服の上のよだれの池が寝る前よりもさらに広がってこれはもう池の氾濫どころの騒ぎではありません。誰がいったい私の上に大海原を作っていいと言いましたか、と頬をつつけば「ん~」と声をもらしながら、よだれの垂れた頬をもっと擦り付けてくる。もう笑う他ありません。
「…もう」
一回ぐらい引っ叩きたい気分ですが、それは彼女が目を覚ましてからでも良いでしょう。ここまで心地よさそうに眠られると、起こすのも忍びない。起床時刻まで時間もあることですし、もう少し寝かせてあげても構わないでしょう。
しかし、さすがにこのままの体勢は私が辛いので、ペチュニアを身体から剥がして寝床に転がしたい…のですが、これがどうにも離れない。力づくでやれば剥がれるには剥がれるのでしょうが、そこまでするとおそらく彼女は目を覚ましてしまう。
しばらく四苦八苦していましたが、本日何度目かわからない諦めの気持ちが湧いてきて、ペチュニアを体につけたまま自分のベッドに行くことにしました。人がついているという時点で多少無理のある体勢にはなりますが、ソファの上よりは楽になるでしょう。
運ぶ際にはそれなりの揺れなどがあったはずですが、それでも目を覚まさない彼女のそれはもはや才能と言って構わないのではないでしょうか。というより、あれでも目を覚まさないのであれば、無理やり引き離したところでそのまま寝ていたような気すらします。
「ふぅ」
ベッドの上に横たわると、先ほどまで無理な体勢で眠っていたのが祟ってか身体の節々に痛みを感じる。
…でも、これもやはり嫌ではない。
不思議なものです。いつもの私は諦めることも誰かのために私が被害を被ることも嫌いです。なのに、今は仄かな満足感すらある。
彼女といれば、研究者として生きるようになってから一度も満たされたことのない心が、少しだけ満たされる。彼女といれば、常に私を内から焦がす学問と探究への渇望も和らぐ気がするのです。
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