Kが意識不明の重体らしい

君影想

文字の大きさ
25 / 49
彼女と妖精の騎士

3

しおりを挟む



 ソレと出会ってから数か月。
 ある日の気まぐれで、あるいは飼い主の責任としてソレにいい加減名前をつけてやることにしました。

「ペチュニア」

 名前を呼ばれたソレ…もといペチュニアは今日もニコニコとこちらに寄ってきます。
 ペチュニアは何度も私がその名を呼ぶうちに「ペチュニア」が自分の新しい名だと理解していったようで、呼ぶと嬉しそうにこちらに寄って来るようになりました。
 エルフは、いえ、正確に言うのであれば私たちが住んでいた地域に住むエルフは、植物から名前を借ります。それにならい、私はソレに<ペチュニア>という花の名をつけました。

 躾通りこちらにやってきたことを褒めるべく頭を軽く撫でると、ペチュニアはまさしく破顔という表現に相応しい表情を私に向け、しばらくすると「どうしたのか?」と尋ねるように首を右に傾ける。

「…なんでもないですよ」

 言葉では伝わるわけもないので、そのまま頭を撫で続けるとペチュニアはやがて諦めたように目を閉じ、私の膝の上に軽く腰掛けました。
 
「UIte7ubsw@m?」

 ペチュニアはまた意味不明の音の羅列を吐く。意味不明、でも、心配していることはわかる。
 
 この頃になると、ペチュニアがなにを考えているのか、なにを伝えたいのかが動作や他の諸々で概ねわかるようになっていました。そしてそれはペチュニアの方も同じようでした。
 今彼女が私を心配している様子なのもおそらく、私が無意味に彼女の名を呼ぶときは大抵何か外で不快なことがあった時だと理解しているからでしょう。

「別に大したことはないのです」

 ただ、いつも通り人間となにも理解し合えなかった…というだけで。
 勝手に憧憬を向けられて、勝手に畏怖されて、勝手に遠いものとされる。無下に扱われるわけではないが、隣の席に座れるわけではない。勝手に私だけ机の上に立っていることにされる。「上」として扱われることに不満はありませんが、こうも「べつの存在」として扱われるのも不快です。

「…大したことはないと言っているでしょうが」

 大したことはないと言ったにも関わらず、慰めるように腕に抱きついてくる彼女にそう声をかけるが、伝わるわけがないことに気づき思わず苦笑する。
 
 笑った私を見て嬉しそうに微笑んだペチュニアは何か勘違いしたのでしょうか。腕だけでなく肩にまで手を回して全身を包むように抱き着いてくる。

 その様子を見て…なんだか私は全てがどうでもよくなってしまいました。

 もうなんでもいいやと全身の力を抜くと、ペチュニアもそれに気づいたらしく、大人しくなった私の肩やら腕を真剣な顔で勝手に右に左に動かし始める。そして、しばらくそれをやったあと、彼女は満足したように頷きながらすっぽりと私の腕の中に納まりました。遊んでいるのかと思っていましたが、どうやら居心地の良いポジションを探していたようです。

「v@d@9zwi6emv@d@9uyq@…」

 しばらくペチュニアは子猫が甘えるように私の肩に顔をすりつけていましたが、やがて動くのをやめました。
 やっと満足したかと顔を覗き込むと、ペチュニアは半目で、さらには半開きの口からよだれを垂らしながら爆睡していました。そして、そのよだれは私の服に…

「…はぁ」

 よくもまぁこの私によだれなんて。こんな光景をラボの人間たちが見れば卒倒するでしょう。
 気分はよろしくはないですが、でも…悪いと言い切れるほどのものでもありません。少なくとも、このあわいぬくさと規則正しい呼吸は……





 うとうととぬるい微睡に足を取られながらも、はたと目を開き状況を確認する。
 明かりのついたままの室内、明るくなりかけの窓の外、腕の中の温もりと確かな重さ、痺れた足。
 
 …どうやら私はいつの間に眠りに落ちていたようです。

 最近では薬を飲まなければまともに眠れなかったはずなのに。珍しいこともあるものです。
 寝落ちたのはこれのせいかと腕の中を見てみれば、服の上のよだれの池が寝る前よりもさらに広がってこれはもう池の氾濫どころの騒ぎではありません。誰がいったい私の上に大海原を作っていいと言いましたか、と頬をつつけば「ん~」と声をもらしながら、よだれの垂れた頬をもっと擦り付けてくる。もう笑う他ありません。

「…もう」

 一回ぐらい引っ叩きたい気分ですが、それは彼女が目を覚ましてからでも良いでしょう。ここまで心地よさそうに眠られると、起こすのも忍びない。起床時刻まで時間もあることですし、もう少し寝かせてあげても構わないでしょう。
 しかし、さすがにこのままの体勢は私が辛いので、ペチュニアを身体から剥がして寝床に転がしたい…のですが、これがどうにも離れない。力づくでやれば剥がれるには剥がれるのでしょうが、そこまでするとおそらく彼女は目を覚ましてしまう。
 
 しばらく四苦八苦していましたが、本日何度目かわからない諦めの気持ちが湧いてきて、ペチュニアを体につけたまま自分のベッドに行くことにしました。人がついているという時点で多少無理のある体勢にはなりますが、ソファの上よりは楽になるでしょう。
 運ぶ際にはそれなりの揺れなどがあったはずですが、それでも目を覚まさない彼女のそれはもはや才能と言って構わないのではないでしょうか。というより、あれでも目を覚まさないのであれば、無理やり引き離したところでそのまま寝ていたような気すらします。

「ふぅ」

 ベッドの上に横たわると、先ほどまで無理な体勢で眠っていたのが祟ってか身体の節々に痛みを感じる。
 …でも、これもやはり嫌ではない。
 不思議なものです。いつもの私は諦めることも誰かのために私が被害を被ることも嫌いです。なのに、今は仄かな満足感すらある。
 彼女といれば、研究者として生きるようになってから一度も満たされたことのない心が、少しだけ満たされる。彼女といれば、常に私を内から焦がす学問と探究への渇望も和らぐ気がするのです。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。

由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...