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15話「もっと泣いて」
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寝不足の顔ではダメだと、少し冷たいシャワーを浴びてから空澄は出掛ける準備を始めた。ほとんど眠れなかった空澄の顔を見て、希海は困った顔を見せながら「大丈夫か?」と、頭を撫でた。それには返事が出来ず、準備してもらった朝食を半分も食べられずに空澄と希海は家を出た。
昼間に出掛けるのはほとんどなく、買い出しをするくらいだった。いつもならば、仕事に行っている時間なので、少し不思議な気分だったけれど、空澄は緊張の方が勝ってしまい、ただ下を向いて歩いていた。
「タクシーで向かうか?」
「………ううん。歩きたい…………」
「わかった」
ただ車に乗って居るだけだといろいろ考えてしまうような気がしたのだ。
2人は昼間の空いた電車に乗り警察署まで向かった。
その間、空澄と希海の間に会話はほとんどなかった。
「お待ちしておりました」
「………よろしくお願い致します」
案内された部屋に居たのは、いつもの軍服に身を包んだ小檜山だった。魔女対策部の部屋にある応接室に通された空澄と希海、小檜山と向かい合うようにしてソファに座った。
「さっそくですが、DNA鑑定の結果です」
封筒に入った紙を取りだし、空澄に差し出した。いろいろと細かく書いてあるが、空澄はその文字が頭に入ってこなかった。先程から、ドクンドクンと鼓動が大きくなり、思考を邪魔してくるのだ。
そんな様子を隣で見ていた希海が心配してか書類を覗き込んだ。
そして、「この一致というに記載されているのが多いというのは………遺体が璃真のものだったという事ですか?」と変わりに質問してくれた。
その言葉にハッとして、空澄は小檜山の方を向いた。彼はいつも通りに冷静にこちらを見ており、その後書類に目を落としながら説明を始めた。彼の白くて長い指が書類に落とされる。
「こちらの一致という項目が示しているものは白骨と髪の情報がほぼ同じだった事を意味しています。そして、その項目がほぼ一致しています」
そこまで言った後、小檜山は手を戻し、太ももの上で手を組んだ。
そして、まっすぐと銀色の澄んだ瞳で空澄を見据えた。
「そのため、新堂璃真さんの遺体だと断定されました」
その言葉はとても重く感じられた。
空澄はまっすぐ彼を見ているはずなのに、視界が歪みゆらゆらと揺れているように感じられた。信じられない、悲しい。そう思っているはずなのに、涙も声も出ずに、ただ固まってしまったかのように、小檜山を見ることしか出来なかった。
「死亡推定時期は大体ですが10年前です。状態が非常に良い事から、どこかに保管されていたと考えられます。そして、あの公園に置かれた。犯人の目星は全くついておりませんので、今後捜査していきます。また、ご遺体は白骨のまま発見されたのでそのままお返しする事にしますが、葬儀会社に連絡をしてお引き取りをお願いします。また、新堂さんの死亡届けについてですが………」
淡々と話しを進める小檜山の声。
それを聞いているようで、空澄はただその言葉を浴びているように何も考えられなかった。
ただ突きつけられた「璃真が死んだ」という現実を受け止めようと必死だった。
けれど、体が震えて寒さを感じ、空澄は俯いた。
そんな様子を見て、小檜山は1度言葉を止めたが、希海が「はい。わかりました。手続きは………」と、返事をした事で小檜山は話す対象を空澄から希海へと変えた。
その後、2人で何かを話した後、2人はほぼ同時に立ち上がった。
それを見て、空澄もフラフラと立ち上がり、希海の隣を歩いた。前を歩く小檜山のヒールの音が廊下に響く。その音とヒールが動くのをボーッとしながら見つめていた。
気づくと、空澄はタクシーに乗っていた。隣りには希海が居た。そして、彼の手は空澄の手を握っており、そして、空澄の手を彼の手を握りしめていた。
「………希海………」
「どうした?」
「なんか、ボーッとしちゃってて……私、タクシーに乗ってるの今気づいたの。何か変なことしてなかったかな?」
「大丈夫。そんな事してない」
「そっか、よかった」
笑顔で彼に返事をしたはずなのに、彼の表情は曇っていた。それでも、彼が手を握ってくれる感触だけが、空澄を安心させてくれ、隣に居れば大丈夫と思えた。
家に着いてから、空澄は自分の部屋に戻ろうとしたけれど、それでも希海は手を離してくれなかった。空澄はその繋がれた手を見つめながら、希海に話しかけた。
「もう家に着いたから大丈夫だよ。ありがとう、希海」
「………大丈夫じゃないだろ?」
「……ごめんなさい。今は一人にさせて」
彼の手を離れようと、優しく腕を引いたけれど希海はがっしりと手を掴み離してくれなかった。
空澄は困った顔を見せながら、「希海、ふざけないで。本当に、一人になりたいの。だから、離して」と、少し強い口調で彼に言うが、希海は空澄をじっと見つめたまま動かなかった。
空澄はまた、「離して」と言おうとした瞬間、彼に腕を引かれあっという間に彼の腕の中に閉じ込められた。
希海に抱きしめられている。それがわかり、空澄は体を固くさせた。
「き、希海?いきなり、何して………」
「…………」
「ねぇ、離して。後で、魔力は約束通り渡すから」
「そうじゃない!」
希海は怒り口調でそう言うと、強く抱きしめたまま言葉を紡いだ。
「………おまえ、一人で泣くのか?」
「……え………」
「あいつが死んだってわかって、どうして我慢するんだ。今泣かないで、一人になった瞬間泣くなら………俺が傍にいるから。顔も見ないから。一人で泣くなんて、悲しいことするな」
耳元で優しい声が響いた。
希海の語りかけるような声。そして、優しい言葉。外に出ている時は、気持ちを殺して我慢していた。けれど、璃真との思い出が詰まったこの家に帰ってくると思い知らされるのだ。璃真は帰ってこない。死んでしまったのだ、と。
彼の言葉と全身を包む、温かい体温。
そして、「一人で泣くな」という、言葉。
璃真を失ってしまった悲しみと、安心出来る存在。それがそれを同時に感じる事で、一気に悲しみが押し寄せてきた。
「………っっ…………璃真が死んじゃった………いなくなっちゃった………」
「………あぁ。そうだな………」
「ずっと一緒だと思ってたのに………一緒だったのに……璃真がいなくなっちゃったよ………」
「…………うん…………」
「っっ…………どうして……どうして、璃真が…………」
その後は言葉も出ないほど泣いた。
嗚咽になり、ゴホゴホッと咳き込むと、希海が背中を擦ってくれた。それでも涙がこぼれ続けても、頭を撫でてくれたり、強く強く抱き締めたり、「うんうん」と相づちをうってくれたり。子どももあやすように希海はずっと空澄の傍に寄り添ってくれたのだった。
一人で泣く時間も必要かもしれない。
けれど、こうやって誰かが傍に居てくれる。自分を受け止めてくれる。そんな人が居ると思えるだけで、思いきり泣ける。
それは、一人で泣くよりも長く泣けるものなのだと、空澄はこの日初めて知った。
どれぐらい泣いたのだろうか。
ずっと目を瞑り泣いていたのかもわからなくなった。
今、目を開いたら現実に戻る。
璃真が死んでしまったという真実を、自分は受け止め切れるのだろうか。
そう思いながら、空澄がギュッと強く目を閉じた。
「ん………」
すると、すぐ傍で低い声が聞こえた。
そう言えば、希海にずっと抱きしめてもらっていたのだと思い出し、空澄はゆっくりと目を開けた。
すると、目の前には希海の顔。しかし、彼は横になり、すやすやと寝ていた。そして、自分自身も体を横にしているのに気づいた。
「………え……私、寝ちゃってたの………」
驚きを隠せずに、体を動かそうとするが、彼に抱きしめられたままでうまく体を起こせなかった。目だけで回りを見ると、そのは自分の部屋で夕暮れ時なのか、真っ赤な光りが窓から差し込まれて、部屋は赤く染まっていた。
泣きつかれて眠ってしまっていたのだろう。
目を覚ましても、目が開きにくく感じるのは、きっと腫れているからだとわかった。
目の前にある彼の寝顔をじっと見つめる。
希海の艶のある長い睫毛と髪の毛。そして、形のいい唇。この唇にいつもキスをされているのだと思うと少しドキッとしてしまう。けれど、今は彼の存在がとてもありがたい。突然自分の元に舞い降りた黒い鴉。そんな不思議な彼が自分の隣に居てくれてよかったと心から思った。唯一の家族であった幼馴染みを泣くし、一人でこの家に帰ってきて泣いて過ごす日々を想像すると、胸が苦しくなった。
そして、彼と居ることで璃真がいなくなったという傷を癒そうとしてしまっている自分にも、情けなくなった。
「ん………あぁ……起きたのか」
しばらくすると、希海が目を覚ました。
寝起きの顔も、いつものように穏やかだった。
「うん………その……好きなだけ泣いて、勝手に寝ちゃうなんて、ごめんね。もしかして、しがみついたまま離さなかった?」
「まぁ、そうだな。だから、仕方なく一緒に寝た」
「そっか………ありがとう、希海。それに、魔力の譲渡もしてなかったし。疲れたでしょ?」
「いや、今日は大丈夫だ」
そう言って、彼は苦笑した後、いつものように顔を近づける。「大丈夫」と言っても、やっぱりキスはするのか、と思わず目を瞑る。
すると、唇にいつもの濡れた感触はなく、その変わりに目の下に冷たいぬるりとした感覚を感じた。
「ぇ………ちょっと、今………もしかして、舐めた……………?」
自分がまた泣いてしまっていた事。そして、彼がその涙を舐めた事。その両方に驚き声を上げる。狼狽してしまう空澄に希海は優しく微笑んだ。
「涙は魔力の元だからな。いくら泣いてもいいぞ。それは俺の力になるから」
「………何それ……普通だったらただのいじめっこみたいだよ」
「我慢してほしくないだけだ。泣いた後はまた普通になっていくさ。ゆっくりな……」
思いきり泣いて、悲しんで、少しずつ笑えばいい。
彼の言葉は、そんな風に思えて空澄は少しだけ微笑む事が出来たのだった。
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